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前編  中二病な私と独裁者と幼馴染

私の名前は明日香。どこにでもいる中学生だ。ちょっと変わっているところがあるとすれば、ちょっぴり、中二病なところかな。


手に包帯を巻いて、ファンタジー世界の傭兵になりきり「古傷が疼くぜ!」なーんてなりきりごっこをしたりして学校でも楽しんでいた。でも、おイタばかりしていると、クラスの目立つ女子に目をつけられ、いじめを受けるようになった。


上履きを隠され、机の中には水を入れられ、周囲に訴えるも相手にされない。証拠がないので先生に訴えようもない。


そっか。ちょっと、やっちまったかな。我ながら、痛い青春を送ってるぜ。夕日がまぶしい。


学校に行きたくなくなってきたな。完全に不登校になるのも負けたみたいで嫌なので、とりあえず、部活だけをサボり、図書館に入り浸る。こんなことしたら内申点減っちゃうかもしれないけどね。


『黒魔術大全』


図書館の奥深く、分厚い辞書コーナーにその本はあった。1922年にドイツで初版が発行され、日本では、1952年に訳書を執筆、もともと中世のグリモワールという魔術書の解説して刊行された。


近年、加筆されたとされるチャプターになるにしたがって、現代的な要素盛り盛りになってくる。UFOやポルターガイスト、ゾンビなど、映画の題材として、お馴染みのものが増えてくる。胡散臭さが閾値を超えて、あげくの果てに、異世界の霊魂の降臨方法まで載っている。


しかも、異世界といっても欧米のロールプレイングゲームに影響を与えた指輪を拾いに行くファンタジー作品や不思議な国に迷い込んだ少女がトランプの女王と口論になる作品のような古典でもなく、日本で流行りのWeb小説でありがちな、一見、コマンド式ロールプレイングを元ネタにしながらも、実は、それほどゲームに影響を受けているわけでもない中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界群だ。


異世界を支配した独裁者「クロムハイト」なる者の霊を降臨させる方法が載っていた。魔法陣の描き方、呪文の唱え方、召喚するときの太陽の角度など。あやしすぎる。あやしすぎるけど試したくなる! だって、私、中二病だもん。


貸し出し不可。コピーもおそらくさせてくれそうにない。スマホは学校に持ってこれない。授業用タブレットで撮影はできるかもしれないが、学外に持ち出せない。


どうしたもんか。仕方ない。もっとも古典的な方法で。書写だ。大学ノートじゃ書ききれないから、ロール模造紙を。美術室にこっそり忍び込み、拝借。泥棒しちゃったな。ま、いっか。


次の日、早く下校し、空き地に向かう。近々、新築の家が立つと言われている場所で資材などが置かれている。不法侵入しちゃった。


木の棒を拾うと、魔法陣を描く。円陣の中にルーン文字というやつを書く。雰囲気出ていいじゃないの。今の時刻は16時、だいぶ、太陽が斜めになっている。雲が立ち込めて、雨が降りそうだ。さて、魔術を唱えるか。


「エロイムエッサイム!フルガティーウィ・エト・アッペッラウィ!クロムハイト!」


ラテン語の呪文を3回唱える。だが、何も起きない。


「なーんてね! 何も起きないなんてわかってた。自分でも痛いことしてるのわかってる。こんなことするから学校で孤立するんだなあ」


誰に聞かせるわけでもない独り言をつぶやいたそのとき、魔法陣から煙が立ち込める。


「我が名はクロムハイト 我を呼び起こしたのは誰だ?」


地獄の底から響くような低いイケボが耳に伝わる。季節は秋なのに額に汗が滲む。圧倒されそうになるが、言葉を紡ぐ。


「私の名前は明日香。あなたの力を借りたい」


それに呼応して、クロムハイトは囁く。


「なるほど、いじめか。くっくっく」


心を読まれているだと? ちょっと、怖くなってきた。


「小さな世界のことで悩んでいるのだな。広い世界を知らないことは哀れなことだ」


これは、断られる?


「いいだろう。俺も退屈していたところだ。貴様の学園生活を薔薇色にしてやろう。契約成立だ」


煙はやがて、私の口の中に入り込む。に、苦い。胸が焼けるようだ。私は意識を手放し、その場に倒れ込んだ。


☆ ☆ ☆


目が覚めると放送室。なぜ、私がこんなところに?


『お目覚めかな? お姫様』


クロムハイトの声が頭の中に響く。


「クロムハイト、いったい、私は」


『しばらく、意識を貸してもらっていた。貴様の私生活や人間関係を勉強する必要があったのでな。なかなか、きつい言葉を浴びせる娘がいるではないか。美香と言ったか?」


対人関係まで、把握しているだと? 意識がないところで、変な言動をしていないか心配である。


『心配には及ばん。なるべく、学生の生態を真似して違和感のないように社会に溶け込む努力はしている。今以上に浮いたら、困りものだからな。クックック』


おおよそ、状況は把握できた。問題はなぜ、放送室にいるかだ。


『くだらん吹奏楽部とやらをやめ、放送部に入部することにした。この学校は、部員がいなくて、教師が昼休み中に流す音楽を決定していたそうだからな。自主的に手を上げた』


吹部の人間関係が少し嫌になっていたから、辞めるのまではいいとして、なぜ、放送部なのだろう。


『いいか。時代を支配するのはメディアだ。この世界にも、活版印刷の発明からの書籍ブーム、新聞の流通、映画、ラジオ、テレビ、挙げ句の果てまでインターネットなるものまであるな』


ずいぶんと、この世界のことを勉強しているようだ。吸収力が恐ろしい。


『時代の変わり目、独裁や誤った情報の流布の裏には常にニューメディアの影がある。魔女狩りにはじまり、あらゆる恐ろしい歴史的事件の数々の裏には、必ず情報を操る人間がいる。この時代において、校内放送というものは、どうやらオールドメディアに属するらしい。だが、学校いう名のマスに向けて情報を流せる手段があれば、利用しない手はない』


そういうと、手際良くクロムハイトは、私の体を操り、放送機材のスイッチに手をかけ、マイクを口元に向ける。


『いいか。よく見ておけ。情報の力を。俺様がこの力で学校を支配する』


ごくりと唾を飲んでしまう。


「校内の皆様。放送部の明日香です。3年前から休部だったこの部活は本日復活しました」


饒舌でいて、それでいて、中学生風の自然さも残る。クロムハイトは、予想以上に私の体をうまく使いこなせているようだ。


「また、この放送部を盛り上げていきたいので、皆様、応援をお願いします。それでは、私の大好きな曲をかけます」


そうして手際良く、CDを入れ、スイッチを入れる。


流れた曲は、アニソンだ。少年漫画が原作のアニメの主題歌、それでいて、J-POPのファンからも実力派として、絶大な支持を得ているバンドのタイアップ曲。年末の歌番組でも耳馴染みがあり、親世代も安心する。


男も女も中学生であれば、そうそう嫌いになるはずもない。そんな無難で教科書的なチョイスだ。なるほど。こういうところから、攻めていくのか。


『本当の俺の趣味は、シューベルトとかいうやつの魔王って曲だがこんなところで我を出してはいけない。大衆の味方であることを印象付けるのだ』


その日以来、クロムハイトは私の意識を保たせたまま、学校生活を送り、昼休み時間になれば、軽快なトークでDJをこなした。


「今日、教室に猫が入ってきて、数学の鈴木先生が大慌てでー」


「動画サイトでインフルエンサーの人がゲーム実況で歴史ゲームをしてて、ちょうど、この前、社会の授業で習った内容とー」


「恋のお悩み相談。葉書読みます。好きな人が居ると友達から相談されてー」


男子にも女子にも先生にも、ほどよく刺さりつつ、かつ微笑ましく健全に見えるトークを矢継ぎ早に放り込んでいく。


『メディアで人心を掴むには人間臭さを感じさせるのが大事だ。いいか、この学校の連中が、お前に人間味を感じさせたときこそが、チャンスだ』


放送がはじまって半年が経った。周囲に私を構う人間が増えてきて、いじめっ子たちはすでに私に手を出せないようになっていた。


『いいか、ここでとどめをさす』


「実は、私の周り、少し変で、上履きがどこか行ったり、習字道具の中に水が入ってたりするんです。ま、気のせいですけどねっ! それはそうとお葉書紹介ー」


クロムハイトは、和やかなトークの中に爆弾を一発放り込む。放送で、校内のみんなの心を鷲掴みにしている以上、リスナーが聞き逃さない。


「そんなひどいこと。誰がやったんだ!」


男子が言い出すとあれよあれよと女子たちは美香がやってきたことを吐き出したらしい。「らしい」というのはその現場に私が居合わせていなかったから。こうなってしまったら、自分がその場に居なくても、誰かがいじめっ子たちに制裁を加える。


あれよあれよと美香は不登校に追い詰められていった。


「ちょっと、クロムハイト。いじめはなくしてほしいとは言ったけど、ちょっとやりすぎじゃないかな。さすがに全校の力で追い詰めるのはかわいそうというか」


『貴様がいじめられているのを止めたやつはいるのか? いいか。力には力で対抗するのだ。貴様の教科書にこんな言葉があったぞ。目には目を。歯には歯を。これは、ハムラビ法典に出てくるだけの古代の野蛮な法ではない。貴様らの歴史における近代の学者、カントやヘーゲルも報復的正義を唱えているのだ』


中学では、きっと塾でも習わないであろう難しい言葉を並べてくる。まずい。この独裁者。ものすごい勢いでこの世界の叡智を吸収している。


どうしよう。怖くなってきた。私じゃなくなってしまうみたい。誰か。助けて。


『今更、後悔しても遅い。契約は続けさせてもらうぞ。次は、生徒会会長の立候補だ。この学校の支配者に名実共になるのだ』


かくして、3年の春、私は生徒会選挙に立候補した。クロムハイトは、制服のデザイン変更など、女子生徒の耳心地の良さそうな公約を掲げて当選する。恐ろしい。もうクロムハイトを止められない。


私は、必死で抵抗するが、意識は残ったまま、クロムハイトが体の主導権を奪っていく。言いたいことも言えないまま、事は進んでいく。


私を批判した人間の情報が耳に入る。そして、批判した人間に対して、校内新聞の風刺漫画のネタにして、周囲が制裁を加えるようじわじわと誘導していく。これは、完全に独裁者の手法だ。


クロムハイトの召喚のきっかけになった図書室。夕日を眺め、たそがれながら言う。


『貴様らの国の歴史は面白くて勉強になる。平家物語なる書を読ませてもらったぞ。実に興味深い。平清盛という独裁者はかむろという告げ口役を市井にばらまき、京都の都の思想を支配していたそうだな。手本にさせてもらった』


「やめて。平和な学校に戻して!」


『いい子ちゃんぶっても仕方ないぜ。俺と一緒に地獄への道を突き進むのだ。貴様はこの学校の支配者を経て、国政に出て、日本初の女性総理になり、この俺様と世界情勢を操るのだ。わははははははは!』


「待てっ!」


『だ、誰だ? なぜ、こいつの心の中に語りかけている俺の声が聞こえる!?』


図書館の扉を開いて現れたのは、子どもの頃、よく見かけた顔、中学になってからは疎遠になっていた。


「涼介!」


「明日香ちゃんを解放しろ! クロムハイト! 僕は彼女のことが小学生のときから好きだった! 告白したいと思っていた!」


な、な、何を言い出すのっ!? 私もやんちゃで少し可愛い涼介くんのことは、まんざら悪く思ってなかったけど! 悪く思ってなかったけど!


言葉を出そうとするがクロムハイトに封じられる。


「んー!」


『貴様は黙っていろ! この目障りな男をまず始末する!』


「明日香ちゃんが変わり果てた姿を見た俺は、何が起こったかを調査し、霊媒師の元で半年間みっちり修行した。クロムハイトよ! 彼女の体から去れ! 僕の大好きな明日香ちゃんを返してくれ! 食らえ!」


涼介くんは、人差し指から白いビームを放ち、私に命中する。


『うわあああああああああああ!』


男の叫び声が室内にこだまし、そして消えた。涼介の登場とともに、消えていた図書室の電気がしばらく点滅し、そして点灯する。


「涼介くん!」


「大丈夫かい。明日香ちゃん」


「怖かった。自分が自分じゃなくなってしまって」


思わず力が抜け、涙で視界が歪む。涼介くんはハンカチを差し出す。


「ありがと」


情けないが鼻水が出そうになる。


「私、学校のみんなにひどいことを」


「クロムハイトの霊がやらせてたのは僕はちゃんとわかっているさ。みんなに一緒に謝ろう。みんなとの関係の傷はそうすぐには修復できないかもしれないけど、卒業までに少しずつやれることをやろう」


かくして、私の体からクロムハイトは除霊され、平穏な日常に戻りつつある。そう思っていた。


だが、私の体の中で、クロムハイトが、密かに生き延びていたとは、まだ、誰も知る由がなかったのだ。

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