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8)終幕・カルロス

ご覧いただき、ありがとうございます。

本日は第7話~第9話(最終話)を投稿予定です。


こちらは第8話です。よろしくお願いします。

 

「とんでもない薬だ。(にが)くて痺れるなんて、人生で初めてだ。本当に死ぬかと思ったよ」

「あら、その薬のお陰で死ななかったのですから良かったじゃないですか」


 学園は、事件の影響のために一週間の休校となった。

 公子の自殺でも十分すぎるほどに外聞が悪いのに、その公子が恋人に殺されかけたのだとわかり、尚一層の混乱が起きたためだ。

 生徒に対する聞き取り調査なども行われ、当然、当事者の一人である私は、真っ先に調査対象となった。


 例の、旧校舎で過ごした休養日の翌々日、学園で行われた個別の聞き取り調査を終えたその足で、私はモントレーヌ公爵邸へカルロスのお見舞いに寄った。

 兄は引き続き様子を見に毎日公爵邸を訪れているが、私としてもカルロスの様子が気になった。


 カルロスはベッドに横たわってはいるものの、嫌味を言える程には元気だ。


「その……薬、ありがとう。助かったよ」


 カルロスはそう言うと、私からふいっと顔を逸らせ、ベッドの天蓋に視線を沿わせる。

 まさか素直にお礼を言われるなんて思ってもおらず、私はなんだか照れ臭くなった。


「これからの治療が大変よ。まずはあの薬をきちんと飲むことですわね」


 照れてしまったことを誤魔化すように、私は敢えてカルロスに厳しめの事を言ってみせる。


「あれな、(にが)すぎて毎回気を失うんだよ。どうにかならないのか?」

「どうにかなるのなら、とっくに製品化していますわ」

「はっ、それもそうか」


 そう言って、二人で笑った。

 婚約してから五年、こんな風に一緒に笑うことなんてなかった。

 そのことに気づいたのは、私だけではないだろう。


「……領地で静養することにしたんだ。王都より静かだから」

「そうですか」

「……もう、君とこうして会うのも最後なのかな?」

「生きていれば、きっとまた会えますわ」

「そうか……そうかもな……」


 カルロスは、まだ何か言いたそうにしていた。


 ルーナの罪に対し、当事者として自分にも責任があると、減刑を求めたと聞いた。目覚めてすぐに言ったのがそれだという。


 彼女に毒を飲まされたとわかって尚、極刑に処されるであろう彼女の減刑を求めるなんて、まるで市井に溢れる娯楽小説のような展開だ。


 カルロスの心の内はわからない。

 私がそれを知る必要もない。

 ただ、それを聞いて『カルロスらしいな』と、なぜかしっくりきたのも事実だ。


「あの、ずっと言いたかったことが二つあるんです。いいかしら」

「……なに?」


 カルロスは、まだどこか切な気な雰囲気を漂わせている。

 そういうとこだ、そういうとこ。


「まずひとつ目ですわね。あなた、話し方が少々大袈裟で、こう、芝居がかっておりますの。あと、意味深に言い淀んでみたり。物事は、必要なときほどはっきりと、きっぱりと明瞭に伝えるべきですわ」


 私は、言ってやったとばかりにすっきりしていた。が、言われたカルロスはまるで意味がわからない、とばかりに、きょとんとしていた。


「え?パトリシア、何言ってるの?」


 カルロスは、心底、わからない、と伝えてくる。


「君みたいに何でもはっきり言ってばかりだと、敵を作るよ。僕はいつもそのことを心配していたのに」


 なんということ。

 これは壊滅的に相性が悪い。

 見えている世界か互いに違いすぎる。

 今度は私がきょとんとする番だった。


 ああ、先生。どんなに上位貴族に恥ずかしくないマナーを身に付けたところで、肝心要の腹芸などは簡単には身に付かないのですね。


「それで?もうひとつの言いたいことって何?とりあえずは聞くよ」


 ベッドの住人のカルロスは、身動きが取れないこともあるのか、いつもよりも聞く耳がある態度だ。


「ずーっと、初めてお会いしたときから、ずっとずーっと言いたかったのですが」


 私は、五年目にして婚約を解消して、ようやく言うことができる。


「あなたは、私と初めて会ったときに『僕と婚約した幸運な少女』と、私のことを仰いましたが、私にとってはあなたとの婚約は不運でしかなく、あなたとの結婚に価値を感じたことは一度もありませんの」

「え?そうなの?なんで?」


 カルロスは、それこそ、先程よりも一層「理解できない」とばかりに目を丸くしながら、間髪入れずに問うてきた。


「なんでって……」


 それ、私も言いたいわ。なんでそんなに自信があるのよ?


「だって、僕の婚約者だよ?嬉しくないなんて信じられない!」

「私は、どうしてあなたがご自身にそこまで自信がおありなのか、信じられませんわ」


 譲ってなるものか、とばかりに私も主張する。


「だって、公爵家の嫡男で、自分で言うのもアレだけどこんなに美男子で、一体、何が不満なのさ」

「私は『薬のアポティ』で育ち、この美貌を母から兄と共に譲り受けましたの。美形には慣れておりますし、正直、そこには何の価値も感じませんわ」


 自分で自分の容貌について『美貌』というのは羞恥心が騒ぐが、ここははっきり言わねばなるまい。


 カルロスはぱちくり、ぱちくりと目を開けたり閉めたりした後、「あーー」と声に出して呻いた。


「納得した!薬のアポティ過ぎるパトリシアにとって、公爵家は何の魅力もないな、確かに!それに、君のとこは兄妹揃って無駄に美形だ。うん、わかった。君がいつもつまらなそうにしてたのは、それか」


 無駄とか言うな。兄も私も自分の見た目を有効活用しているとは言えないが。

 でも、つまらなそうにしてたのは、しっかり伝わっていたのね。なんだか申し訳ない。


「君は……。あぁそうか、君は特別だったんだね。他の女の子の喜ぶことでは少しも喜ばないし、とても付き合いにくい子だと思っていたけれど。そうだね、友達だと思うと、ものすごく気楽に話せるよ。現に今、僕は君と話していてとても楽しい」

「そうですか。私ももっと早く言えばよかったんだな、と思っていますが、言えてよかったです」


 カルロスは思いの外、晴れ晴れとした表情で私を見てくる。


「おじい様の気持ちがわかるよ。気を使わなくて素直になんでも話せる友人は、確かに得難い。アポティ家の特殊な立ち位置があるからこそ、互いの家の立場もなく自然体で付き合えたんだな」


 そう言うカルロスの目がキラキラしている。やめてくれ。


「それ、私に求めないでくださいね。兄を頼ってください、兄を」

「君のほうが物事をはっきり言うんだよね」


 知っています。あなた、さっきそれを咎めたじゃないですか。

 何、美点のように言ってるんですか。


「兄のが優しいですよ」

「まぁね、アポティ卿は、妹を傷つけた憎いはずの僕にも、とてもよくしてくれる。彼は本当に優しいね」


 さすがのカルロスも、兄の前では恥じ入るようだ。兄は調剤師、薬師として患者に対して分け隔てなく真摯に務めているだけで、それこそが『薬のアポティ』なのだ。


「ええ、兄は優しいですよ。失恋についても慰めてくれますわ、きっと。レーナ嬢と私とで、二重に失恋したとでも言って泣きついたらいかがですか?」


 そう言って笑顔を見せれば、カルロスはわざとらしく頬を膨らませてみせた。


「君には失恋してないから」

「あらまぁ、どうかしら。それではお暇しますわ。ごきげんよう、また、いつか」


 私はふふふ、と笑って、席をたち、ひらひらと手を振るカルロスに対し、軽やかに淑女の礼をとってみせる。

 先生は「良」しかくれないだろう。でも、これが本来の私らしい礼だ。


「パトリシア、また会おうね」


 部屋を出る際にカルロスからかけられた言葉は、存外、私の心を軽くした。

 私は、彼の言葉に対し、気付かれるかどうか程に、小さく小さく頷いた。



次回で完結です。

本日の午後6時30分に投稿予定です。

よろしくお願いします。

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