7)真相
ご覧いただき、ありがとうございます。
本日は第7話~第9話(最終話)を投稿予定てす。
こちらは第7話です。よろしくお願いします。
カルロスに対して愛情があったのか、なかったのか。復讐心から寄り添っているうちに、何かが生まれたりしたのか、しなかったのか。
彼女の気持ちはわからない。
わかる必要もない。
だけど。
私は、ほんの少しだけ、彼女を可哀想だと思ったのかもしれない。
彼女が何を、どう思って生きてきたのかはわからない。
ただ。
王女の孫を殺そうとした。
その一点で、彼女の未来は既に潰えている。
「あのね、カルロス、死んでいないわよ」
だから、これを言ったところで何の慰めにもならない。
むしろ、復讐が完遂していないことに絶望を覚えるかもしれない。
でも、どんな理由があったとしても、カルロスは彼女に殺される謂れはないのだ。
だからこれは、私からの彼女に対する嫌がらせだ。
「カルロスね、死んでいませんわ」
もう一度、大きな声ではっきりと告げた。
揺らめく灯りの中で、レーナが目を見開き、息を飲んだのがわかった。
背後でセオドアの大きなため息と、もう少し遠くからいくつかの足音が聞こえてくる。
警備が来るのかな。
「カルロス、小説持っていましたでしょ、くだらなそうな」
「大ベストセラーよ!」
「ああそう。どうでもいいですわ。あの本ね、私が渡しましたの。中身をくり抜いて、薬瓶を仕込んでおきましたのよ」
「え……?」
レーナが、間の抜けた声を出す。
彼女は、張りつめていた気が抜けたのか、よろよろと糸の切れた操り人形のように、床へと崩れ落ちた。
「カルロス、苦しんだって言いましたでしょ。とにかく、とにかく、もう、苦いのよ、あの薬。何度飲んでも慣れないくらいに、苦いんですの。でも、効果は絶大。多少のことなら何でも治してしまうの」
私も、どうしてあんなに苦いのか、不思議でならない。良薬、口に苦し。とは言うものの、限度がある。あれは酷い。
「カルロスは初めて飲みましたから。思いもよらないほどに苦くて、のたうち回って、気を失ってしまいましたのね」
「え……?え……?」
このレーナという女、もう「え」しか言えなくなっているのかもしれない。
驚いたわよね。自分が毒で殺したと思っていた相手が死んでいないなんて。
「ですからね。町でどうこうして手に入る毒くらい、頑張って中和してしまう程には強い薬を、カルロスは慌てて飲んだんですの。まぁ、後遺症は残ると思いますし、治療も長くかかるでしょうけれど」
「え……?え……?え……?」
「え」が多い。頭での理解、ついていけてるかしら。
「私のこと、ご存じですか?カルロスの元婚約者なんですけれど」
「しっ!知ってるわよ、それくらい」
あ、「え」以外の言葉になった。よかった。聞こえてはいるのね。
「あぁそう。うちね、『薬のアポティ』って言われてますの。専門が、お薬。あなたが手に入れた、闇で流れてる毒も、元はうちが出しているの」
「え……?」
「えぇっ!」
さすがに大人しく灯り担当として話を聞いていたセオドアも、大きな声で反応した。
いくつもの足音が近づいてくる。もうここまでかな。
「当たり前ですわ。毒薬なんて簡単に作れませんし、もし失敗したり中途半端なものを気軽に廃棄すれば、周辺の土壌も汚染しますのよ。でしたら、市場に回る毒の種類をこちらが管理操作したほうが何かの時に対応できますし、安全性も高いですから」
私は、灯りを掲げるセオドアに向き直って説明をする。彼は、驚いたような、興味深そうな、端的に言うならば、楽しそうな顔をしていた。
むしろうちの本業はそちらなんじゃないか?と、思うくらいに、この国で流通する毒薬は全てが我が家が関係している。
そのため、王族や上位貴族は毒薬に多少の耐性をつけてもいる。カルロスも毒に対する耐性があったため、あらかじめ渡しておいた薬を飲むことができたのだ。うまい具合にレーナから見えないように飲んだのだろう。
飲まなくてすむのなら、使わなくてすむのなら。
本当はそうなればよかったのに。と、もう望めない『もしも』を思う。
だとしたら、彼らの愛の行方が茨の道であろうとも、応援したかもしれないのに。
「そんなわけですからね。落ちていた薬瓶の蓋は、カルロスが落としたのよ。瓶は上着の隠しに入ったいたそうよ」
今朝、兄からカルロスの容態が無事に峠を越したことの連絡があり、公爵夫妻からも感謝の連絡をもらった。
何年かは毒の後遺症に治療が必要だろうが、もう命の心配はない。
「残念ですけれど、ここまでですわね。わたくしは、請われれば今日の出来事を証言します。なので、もう逃げられませんわ」
近づいてきていたいくつもの足音は、予想通りに警備の者たちで、彼らはセオドアに会釈をすると、教室の床に座り込むレーナを左右から抱えるようにして連れ出した。
レーナも、抵抗することなく、されるがままに教室を出ていった。
入り口ですれ違う時に「ありがとう」と言われたような気がするが、それは私の希望が聞かせた幻聴なのかもしれない。
私は、連れられていくレーナの後ろ姿を、彼女が階段を降りて見えなくなるまで、ただ、みつめていた。
レーナは一度も振り返ることはなかった。
それが彼女の、最後に残された矜持だったのかもしれない。
やってきた何人もの警備の人の誰かが、セオドアにランタンを貸してくれたようで、彼の持つ灯りは、燭台の小さな蝋燭から、ランタンのホヤ全体から柔らかなあかりが広がるものに代わっていた。
「あまりに警備の動きが都合よすぎるわ。あなた、手を回したのね」
「さすがにバレますか」
セオドアは、悪びれもせずにへらりと答える。
大方、図書室で声をかけた生徒に伝言させたのだろう。
「どこから、どこまで知っていましたの?」
私の問いかけに、うーん、と、セオドアは少し迷ったように遠くを見ていたが、私が視線を逸らせずにじっと彼を見つめていることに気づいたのか、諦めたように、うん、と頷いた。
「僕が学生の頃、やはりアリシア法に絡む痴話喧嘩みたいなトラブルを起こした同級生がいてね」
セオドアは、少しだけ寂しそうに笑った。
その、同級生とは特別に親しかったのかもしれない。
「どうにかならないものかと、随分とあの賢王の逸話を調べたことがあったんだよ」
忘れ去られていた過去の、法律と呼ぶのも憚られるような、倫理観を明文化した婚姻法第5条を元に、婚約者がいるのに他の者と結ぶ真実の愛とやらは不貞のことだよ、と賢王が兄王子をやり込めた逸話のことだ。
当然だが、当事者がいる。
兄王子、その婚約者、そして、兄王子の真実の愛のお相手といわれる、平民の女性。
兄王子の婚約者であり、賢王が守ったアリシア公女の名前から、この逸話にまつわる婚姻法第5条全般が『アリシア法』と呼ばれている。
私は、学生の頃から優秀だったと評判のセオドアが、アリシア法の逸話を調べた、ということに興味を持った。
なので、セオドアが話すのを、静かに待ち続けた。
「……うーん、それでね、名前のない、真実のお相手がどうなったかを調べていてね、彼女の子孫が現代も生きていることを知ったんだよ」
すごい!秀才の執着心がすごい。
ということは、彼がどうにかと救いたかったのは同級生は平民の女性だったのかしら。
心臓が、わけもなくチクンと刺されるような痛みを感じたが、その痛みについては気にしないことにする。
「真実の愛のお相手はね、求刑されて、鉱山の下働きをしながら刑に服していたんだ。そして、賢王の婚姻時に恩赦が与えられて、市井に戻ったんだ。とはいっても、王都へは戻らずに鉱山のあった男爵領でその生涯を終えたんだけどね」
「まさかその男爵領が……」
「あたり。まぁ、王子の真実の愛のお相手になるくらいだ、見た目は良かったんじゃないか?だから、レーナ嬢の母上が、男爵のお手付きになったわけだし」
セオドアはもうあまり興味がないのか、話し終えた、といった雰囲気だ。
「それで、大叔父に声をかけられて仕事で来た家のご令嬢が揉めてる相手と、そのお相手のご令嬢の男爵家の名前を聞いて、あれ?と、思ったってわけ」
セオドアから、カルロスが嫡男を外された後、二人か揉める可能性があることを指摘されたときには、まぁ、あることかもね、と、思った。
無理心中の可能性が捨てられないからと、カルロスに例の苦薬を持たせることにしたわけだが、私からの助言をカルロスが聞くかどうかは、私にとっては勝ち目の薄い賭けだと思っていた。
しかし、そのことを相談したアリサからは、むしろなんだかんだで公子から復縁を求められかねないと言われ、それならば薬くらい持つかも、と、渡すことにしたのだ。
結果として役に立って良かった。
彼にとっては真実の愛が儚く消えてしまった、薬以上に苦い経験かもしれないけれど。
「それで、これから君はどうするの?」
セオドアは、ランタンの明かりを私に向けてきた。
「まずは、帰りましょう。疲れたわ」
カルロスから婚約破棄を告げられたのは、先週の休養日だった。
ようやく怒濤の一週間が終わろうとしていた。
続きは、本日の午前11時30分に投稿予定です。
よろしくお願いします。