6)いざ、旧校舎へ
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本日は第4話~第6話を投稿予定です。よろしくおねがいします。
こちらは第6話になります。
翌日、休養日ではあるものの、学園の一部は解放されている。許可をとれば一般の方でも入ることができる。
私は、午後から図書室で勉強をし、そのまま夕刻、セオドアと合流した。
図書委員の男性はセオドアの事を知っていたのか、彼に話しかけられて、やたらと緊張?興奮?して、頬を赤らめていた。
「彼も平民で、僕のことを知って、頑張って学園に入学したらしい」
兄よりも年上のセオドアは、今の学園生とは在席期間が重なっていないのにも関わらず、文官希望の男子学生にはその名が知られているようだ。
「有名人なんですね」
「ま、ここではね。まだ効果があるみたいだ」
数日前に、許可を取ったとはいえ、兄と二人で学園をウロウロしていたときも、周りが協力的だったらしい。
平民が不動の首席で卒業、というのは、それほどのインパクトがあった、ということだ。
淑女科では耳にすることはなかったから気にしていなかったけれど、ひょっとしたら、この人はこの学園ではとんでもない有名人、伝説の人、みたいな存在なのかもしれない。
「なに?どうかしか?」
ちらちらと見ていたのがバレたようだ。セオドアが私に聞いてくる。
「面倒見がいいな、と、思いまして」
考えていたこととは少し違うものの、これも思っていた。
セバスチャンの親戚ということで紹介してもらったセオドアの仕事は、私に有利な形で婚約を解消なり破棄なりしてもらうことで、それはもう済んだ。
つまりは、依頼は完了したのだ。
だというのに、こうして、元婚約者の事件を調べることにも付き合ってくれている。
「まぁ、結末を知りたい、というのもありますから」
セオドアはあまり気にした様子もなく、淡々と告げてくる。
歩く廊下の窓からは、茜色の空が暗くなっていく様子か見える。そろそろ日没だ。
「暗くなる前、でしょうね。警備が夜勤と交代する時が、割りと手薄になりますから」
セオドアが淡々と説明してくれる。
いったいどこでそんなことを知るのか、と、思いつつ、この人も何年か前にはここで過ごしていたことを思う。
「学生の時、こっそり忍び込んだりしたんですか?」
「旧校舎?僕の頃はまだ多少は使われていたんだよ。平民は、旧校舎で残って勉強したりしたんだ」
旧校舎の古ぼけた雰囲気が、平民には居心地がいいんだ、と、セオドアは教えてくれた。
貴族中心の学園における、平民のちょっとした息抜きの場だったのだろうか。そして、それは今も続いていたのだろうか。
各学年に数人しかいない平民の生徒が、こっそりと落ち着いて過ごす場。
そんなところなのだろうか。
私は一度も足を踏み入れたことのない、旧校舎に足を踏み入れることに躊躇した。
まるで平民の聖域を侵すような、そんな気持ちになる。
「公子がここに一人で来るのは違和感がある。誰に会っていたのか」
セオドアは、私に聞かせるでもなく、まるで独り言のように呟いた。
私もそう思う。
上位貴族の彼が、理由もなくわざわざ足を向ける場所ではない。
木造作りの旧校舎の入り口には警備がいなかった。
今は見回りをしているのか、それとも一時期的にいないのか。
「交代の引き継ぎをしてるんだよ。もう生徒も帰宅する時間だから」
旧校舎の端に警備の者が二人、割りと近い距離で何かを相談するように話している。しばらく様子を伺っていると、そのまま二人で旧校舎から離れていく。
「行くよ。お目当ての人物もきっと中にいる」
「そんなに上手くいくものかしら?」
「瓶の蓋なんかが残ってたら、そりゃ気になるよ」
まるで自分が犯人かのように言う。
え?違うわよね?
と、隣を歩く男が、急に得体の知れない人物に思えてくる。
「なに?どうかした?」
「ううん、なんでもありませんわ」
私は努めて冷静に返事をする。
どうしてここに来ることになったのだったかしら。
私、セオドアにいいように操られているの?
どうして?
え?どういうこと?そもそも、私、事件現場がどこなのか知らないわ。
ドクドクと心臓の音がうるさいくらいに身体で響くのを感じる。
この心臓の音、外に聞こえないわよね?
私はなにも言えずに、セオドアについて階段をゆっくりと、音をたてないように慎重に昇っていった。
まるで、彼の垂らす糸を手繰って進んでいるような。行く先すらも既に彼に委ねていることに気づき、私の心臓は落ち着くことはなかった。
「この旧校舎で、昼休みに逢い引きをするなら、この隣の教室だよ」
夕日も沈みきり、窓からの明かりもない、薄暗がりの中、セオドアは少し背を屈め、ひとつ奥の、扉が開いている教室を指で指し示しながら、私の耳元でささやく。
ドクン!と、それまでにないほどに、心臓が跳ねる。
「そ、そうなのね」
ドクドクと、心臓が痛いほどに鳴っている。
「パトリシア、頑張って」
初めて名前を呼び捨てにされ、そんなことでも心臓の音は更に大きくなり、私はもう、どうしたらいいのかわからなかった。
心臓のうるさすぎる音を振りきるように、私はセオドアに指し示された教室の、開かれたままの扉から中をそっと覗き込んだ。
薄暗がりの教室の中、何かが動いているのがわかる。
「犯人は現場に戻る、というのは本当ですのね」
私の声は、薄暮につつまれた静寂を破るように、思いの外響いた。
私の声に驚いたのか、影はビクリと少し動き、そして止まった。
恐らく、互いに顔は見えていない。
明かりのない校舎の中では、日が落ちた今では暗過ぎて何も見えなくなってしまった。
「大丈夫、心配しないで。僕はちゃんと用意しているから」
背後からセオドアに声をかけられ、今度は私がビクリと身を縮めた。
「何、真実を知るのが怖いの?」
そう言いながら、セオドアはシュッと音をたてる。
振り返ると、セオドアの手には、小さな燭台に乗せられた蝋燭に火が灯されていた。
「彼女がレーナ嬢、であってるのかな?」
セオドアの掲げ持つ灯りによって、教室の中がかすかに明るくなる。
何度か遠くで見かけただけなので確信はないが、ブルブルと震える様子から見て、そうなのだろう。私と同じ、制服を着た女生徒が一人、蝋燭の弱い灯りにその姿を照らされている。
「ええ、多分そうなのでしょうね」
私はあやふやなまま、よくわからずにそう答えた。
震える女生徒に向け、セオドアが声をかけた。
「やぁ、レーナ嬢。アリシア法を使って、ご先祖様の復讐を果たした気分はいかがかな?」
セオドアの言葉は、思いもよらなかった。
え?アリシア法で、ご先祖の復讐?
セオドアの言う意味がわからずに混乱した。
そう言われてよくよく考えれば、カルロスの母の母は、先々代王の娘だ。
カルロスはアリシア法のきっかけとなった賢王の血をひいている。
だったら尚更、きちんと教えておくべきよー、と、思いつつも、だからこそ、当然知ってると思ってわざわざ教えなかったのかもしれないと、王女の娘である苛烈な彼の母を思った。
「いっ!いっ!いい気味よ!ざっ!ざまーみろってのよ!賢王の血をひくとかいっても、ちょっと甘えたら簡単になびくんだもの。どこにも賢さがなくて笑っちゃう。挙げ句、なんの疑いもなく、渡した飲み物を飲んじゃうんだから。危機感とかないの?って感じよ」
レーナは、これを破れかぶれというのだろうか。
顔を引きつらせているのが、わずかな灯りでもわかる。声が震えるのをごまかすためなのか、大きな声で怒鳴るように話す。
「カルロス、苦しみました?」
私のうるさかった心臓は、レーナのどうしようもない様子を見たためか、いつの間にか大人しくなっていた。
カルロス、苦しかっただろうな。可哀想に、と、少しだけ彼に同情した。
「そっ!そうよっ!あんなに苦しむなんて聞いてないわ、静かにゆっくり……死ぬ……薬、だって……」
レーナの声は震えて聞こえなくなった。気づいたら、彼女のすすりなく声が響いていた。
続きは、明日午前7時30分に投稿予定です。
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