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3)打倒!『真実の愛』

ご覧いただき、ありがとうございます。

本日は第3話までの投稿です。

この前に、第1話、第2話を投稿しています。よろしくお願いします。

 

「お嬢様、さすがに若様に八つ当たりはどうかと思いますよ」


 私の専属侍女のアリサは私が休む支度を手伝いながら、苦言を呈してくる。


「わかってるわよ」

「明日はお詫びくださいね」

「……わかっているわ」


 母も父も早くに亡くしたせいなのか、兄は私に甘い。それがわかっているから、ついつい強く言ってしまう。そんな私を受け入れてくれるおおらかな兄に、甘えている自覚はある。


「レーナ嬢は親ほど年の離れた子爵のところへ後妻に入る話があるようです」

「……アリサ、あなた、いつの間にそんなこと」

「以前より公子様のご様子が気になっておりましたので、情報を集めておりました」


 私の髪に櫛を通しながら、アリサは明日の朝食の献立でも話すかのように、淡々と伝えてくる。

 各家の使用人や出入り業者の噂話の情報網は、時には私たち貴族の情報収集に勝るとも劣らなかったりする。

 それにしても優秀な侍女だ。


「男爵家の庶子ですから、後妻とはいえ貴族に縁付けたのは恵まれているとも考えられますが、ご年齢と見た目に不満があったのでしょうね」


 アリサは既にそのお相手についても知っているようだ。

 うちの遠縁の子爵家出身のアリサにしてみれば、男爵家庶子のレーナは自分より格下の、平民に程近い存在だろう。

 アリサの言うことはよく理解できる。恵まれているけれど不満。不満に感じる理由はカルロスの存在だろう。何も親ほど年上の男に嫁がなくとも、すぐ手の届くところに同世代の公爵令息がいるのだ。


 なるほど。レーナにもたらされた縁談をカルロス、あるいは二人が『不幸』と判断したわけもわかった。

 だけど、多少見た目がよかったとしても、そんな子と公爵令息が、果たして上手くいくものだろうか、などとぼんやり思っていた。

 モントレーヌ公爵は情緒に流される甘い方ではないし、公爵夫人は、まぁ苛烈な方だ。

 嫡男がポワポワと夢見がちなことを言ったところで、受け入れられるのだろうか。そんなに甘い人たちではない、公爵家という名を大切にしている人たちだと、私は知っている。


 いずれにせよ、カルロスが『真実の愛』と言い切ったそれは、実はなかなかに茨の道なのだ。言い切ってしまったが故に、後戻りもできない。

 まぁ、私にとっては、茨の道でも花咲く小路でもどちらでも構わない。きっちりと相手有責で破棄なり解消なりしてもらい、さっさと彼らとは無関係な、新しい道を歩ければいい。


 そんなふうに考えていた私も、結局は兄に負けず劣らずの、のほほん令嬢だったと気づいたのは、それから一週間もしないうちのことだった。




 ****



 セバスチャンの紹介してくれた男性は、セオドアと言い、実に優秀だった。


 兄よりも少し年上の彼の事を、兄はよく知っていたようで、「え、先輩、セバスチャンの親戚だったの……」と、呟いていた。


 兄に聞いたところ、そこそこ裕福な平民出身のセオドアは、その明晰な頭脳をもって学園の特待生になり、不動の首席で学園生活を過ごし、卒業後は文官試験を当然のように首席で通ったという話だ。

 同級生の評価はともかく、後輩たちの間では物語のヒーローのような、そんな存在だったようだ。

 兄が「先輩、先輩」と、後をついて回っている。


 法務局に配属され、そこで激務をこなしていたが、所詮、文官職とはいえ王宮では貴族のパワーゲームがモノを言う世界だと早々に気づき、法務局の価値はコネ作りだと割りきった上で、先年、退職して法律家としてスタートしたばかりだという。

 既にいくつかの中堅貴族と顧問契約を結んでいるらしい。

 我が家の家業的にそれほど頻繁に新しい契約を結ぶこともないため、専属の法律家はいなかったのだが、兄が早速、憧れの先輩との縁を切るまいと、顧問契約を結んでいた。

 のはほんの癖に、そういうとこは手早くて感心する。


 セオドアは、兄を伴って学園の生徒に聞き込みをし、来て三日目にはモントレーヌ公爵家との話し合いを纏めてくれた。もちろん、円満なる婚約解消として。

 公爵側も『薬のアポティ』との付き合いが完全に切れることを望んでいなかったため、カルロスの有責を認めた上で、相場より多目に慰謝料を支払ってくれた。

 単純に、婚約関係を問題なく解消出来ただけでなく、その理由がカルロスとレーナの関係にあることは、あっという間に学園中に知れ渡った。


 当然だ。

 セオドアは学園で「公爵令息が個人的に付き合いのあった女生徒はいますか?」「公爵令息の噂を耳にしたことはありませんか?」と聞いて回ったのだ。

 その傍らには私によく似た兄が、実に辛そうな表情で立っていた。

 親切な、或いは野次馬根性の旺盛な者は、カルロスとレーナが親しくしていたことを話し、そうでない者も、私とカルロスの婚約があまりよい状況でないことを悟る。こそこそとせずに堂々と調査したことで、私とカルロス、そしてレーナは一躍渦中の人となった。

 公爵家が手を回す隙すら与えなかった。



「工作が凄いわ。噂、なんて可愛いものじゃないもの。皆の好奇心がすごすぎる」


 学園でのあまりの騒がしさに辟易してセオドアにチクリと嫌味を言った。


「人の不幸は蜜の味、と言いますからね。有象無象を引き付けるのですよ。こういうときこそ、人の本質が見えます。お嬢様の『ご友人』と呼ばれる方々をじっくりと見極める、良い機会ですよ」


 その言いようになんと返事をすべきか、戸惑った。

 人間の醜いところをきっちり見てきた、大人な意見に、少しだけ怖さを感じた。


「なんだかちょっと意地悪ね」

「なに、これくらいは平気でしょう。苦薬(にがぐすり)を飲み続けたアポティ卿と比べれば」


 そう言って、セオドアは皮肉げに左の頬だけをすこし上げる笑顔をみせた。


 そう。セオドアは兄に悲壮感を出させるために、私の失敗作『苦薬(にがぐすり)』を飲ませたのだ。

『苦薬』のお陰で、演技なんてできない兄でも、苦悶の表情の若き伯爵、という役どころを無理なくこなすことができた。


『苦薬』は、私が作った新しい滋養強壮薬だ。結果として効能は素晴らしいものが出来た。ただ、恐ろしく(にが)いのだ。

 おいそれと人に薦められないレベルで、苦い。舌が苦さで痺れ、しばらくはどんな味も感じられないほどに、口の中がいつまでも刺すように苦い。結果、市場に出すことが出来なかった。


 繰り返す。滋養強壮薬としては、とても効果が高い。捨て置くにはもったいないほどに。


『苦薬』が完成して以来、我が家の使用人は自己管理が素晴らしくなり、病欠するものが減ったそうだ。

 なにしろ、体調を崩したら、まず『苦薬』を飲まされるから。あの薬を飲まないよう、体調を整えることを怠らない、という話だ。解せぬ。


 一日三回、計六杯を飲んだ兄は「本当に、味さえどうにかなれば……」と呟いていた。

 味がどうにもならないから、失敗作だというのに。蒸し返されて少々不愉快になった。

 失敗作なのに効能が良すぎるのが仇となって、完全に捨てられないのが辛いところだ。




続きは、明日の午前7時30分に投稿予定です。

よろしくお願いします。

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