2)幸運な少女と不運な私
ご覧いただき、ありがとうございます。
第1話を、本日投稿済みです。
本日は第3話まで投稿予定です。よろしくお願いします。
「ふぅーん、君が僕の婚約者になった、幸運な少女か」
思えばあの男は、元来、大袈裟にしゃべるところがあったように思う。
それがどうにも好きになれなかった理由かもしれない。
キラキラしい見た目は人目を惹くだろうし、同世代のご令嬢には人気なのかもしれない。
しかし私は、母と兄と、鏡の中と、わりと普段から美形を見慣れているので、彼に対してそこまでの感動はなかった。
ふーん、色の薄い金髪に青灰の眼ね。
私たち家族は蜜のようなこっくり濃い金髪に濃い翠眼よ。と、思ったのを覚えている。
そもそも、この婚約が『幸運』だと思っていないのに、そんなこと言われても嬉しくない。
私の人生設計的には、縁のある子爵家や男爵家の嫡男と結婚して、結婚後もアポティ家と関われる立ち位置を確保し、ずーっと調剤の研究をしていきたい、と思っていたのに。
公爵なんかに嫁いだら、家業と積極的に関わるのは難しくなるだろう。
少なくとも、モントレーヌ公爵夫人が調剤はできない。そんな余裕はないだろう。
上位貴族には上位貴族のやるべきことがある。
派閥を形成し、寄り子の世話をし、流行を追うのではなく流行を作る立場として君臨するべく、己とセンスを磨き。
薬草と戯れる暇があれば、お茶会を開く。
お茶をブレンドするのではなく、それを吟味して流行らせる立場だ。
それくらい、十二才でも理解していた。
そして、望んでもいないそんな未来を押し付けてきた祖父を恨んだ。いいや、女に生まれてしまったことを呪った。
ジジィどもは、学園で知り合い意気投合した。
そして思った。子どもが結婚すれば親戚じゃね?と。いい迷惑だ。友誼を結ぶのは結構だが、自分たちで完結することだけにしてくれ。
残念ながら生まれた子は互いに男の子のみ。
じゃあ次だ!と、孫に望みを託したものの、やはりどちらも男。もはやこれまでか。と、思ったところに生まれたのが私だ。二代目にしてようやく生まれた女児。それが不幸な私だ。
早々に縁を結ばれそうになったところを必死に止めたのが母だ。
まだ早い、子どもの世界を狭めるな、等々。
美貌の元侯爵令嬢には、ジジィも強く出られなかったようで、母が健在のうちは正式な婚約には至らなかった。母がまさかの流行り病であっけなく亡くなってしまった結果、私の婚約がまとまってしまったのだ。
学園に入ってからは、ほとんどの休日に、王都の公爵邸へ定期的に赴いた。
公爵家に嫁ぐためのマナーや知識などの教育を受け、終われば時折り、婚約者との交流の時間が設けられる。
『幸運な少女』と言われたことにカチンときて、心の中で反発した私は、カルロスのことを好意的に思うことはなかった。
私にとっての婚約者は、勝手に押し付けられて、私の夢を奪った象徴そのものだった。
カルロスが悪いわけではない。それはわかっている。元凶はジジィどもだし、カルロスにしても私は、押し付けられた婚約者だろう。
『お互い、じぃちゃんの勝手に振り回されて、災難ですね』てな具合にシンパシーを感じられたらよかったのかもしれない。
だが、カルロスは、自分は押し付けられた婚約だと思っているのに、その婚約を私が喜んでいると信じて疑わなかった。
なぜ!なぜなの?
なぜ自分と婚約できて幸運だ、なんて言えるの?
そこまでの価値を自分に感じられる根拠はなに?!
と、問い詰めたかった。
だがしかし。
私は齢十二にして、巨大なねこを被ることを身に付けていて。
残念なことに「お前との結婚に価値なぞ感じておりませんよ」と言ってやる機会を逸してしまった。
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「と、まぁそんなわけです」
私は兄に、お茶を傍らに婚約の経緯を話した。
モントレーヌ公爵家としても『薬のアポティ』と縁付くのは悪くない話だったのだろう。
ちょっと格差のある無理めな婚約が滞りなく結ばれたのはそんな事情もあったのだと思う。
「まぁ、あれだ。パティは美人だけど相手を選ぶタイプだから……って!いたっ!それ、やめてよ!淑女としてどうなの?」
私は、お茶請けとしてつまんでいた塩茹で落花生の殻をピンピンと指で弾いて、向かいに座る兄の額に当てる。
気分の悪い話をさせた揚げ句、まるで私の性質がよろしくないかのような言い草はなんとも腹立たしい。
「まぁ、実際、パティが望むなら、適当な子爵位くらいは用意できるから。それこそどっか適当な相手を見繕って……」
「兄さま。そのためにもわたくしには『婚約破棄された』なんて瑕疵をつけられたら困るんです。間違いなく、あちらが有責なのだと、世間に知らしめるようにしていただかないと」
全く。兄はわかってるのかしら。
『薬のアポティ』としては問題ない当主だろうけど、世渡りの部分では弱すぎる。
なんだかんだで兄は家の名に守られてきたから。
調剤師としては優秀だし、派閥争いなどとは無縁な家の特殊性故に、のほほんとしていてもなんとかなる。
緩やかに衰退しそうなところだが、本業の薬剤開発で成果を挙げて、帳尻を合わせてくるのが歴代の当主だ。祖父あたりからは一代爵位を褒賞の一貫として頂いたりしたが、もっと古い祖先は、周辺の王直轄領の一部と共に爵位を授けられることも少なくなかったため、我が家には余っている爵位がいくつもある。
私が次男なら、そのどれかを譲り受けて、家業を支えていくのが当たり前だったはずだ。
兄が言うのは、つまりはそういうことと実質同じだ。
子爵位を用意できるから、どこかの次男、三男と婚姻を結べばいい、と。女が爵位を継げない現状、そういう形でも私の貴族としての将来は確保できる。
ただし、私が公爵家に捨てられた、となると価値が下がる。
この、目に見えないラベリングされる感覚が兄にはあまりわからないんだろうな、と、未だに「でも相手がなぁ」などと呟く兄にいらっとして、落花生の殻攻撃を止められない。
トトトトと、連射で兄に弾き当てて、多少の鬱憤を晴らし、侍女に声をかけて執事のセバスチャンを呼んでもらう。
「お呼びでしょうか」
呼んだから来てもらったのだ、と、苛立ちをぶつけそうになるが、そこは堪える。セバスチャンは何も悪くない。
どんな時でも様式美を崩さないセバスチャンは、父の頃から我が家を支えてくれている。『優秀な執事の名前はセバスチャン』という、謎の都市伝説を違わせない、実に優秀な執事だ。
「今回の婚約破棄の件、兄さまだけではやはり不安なの。誰かつけてくれない?」
「畏まりました。私の親戚筋に、元法務局務めの法律家がおります。身内贔屓で恐縮ですが、これがなかなかの切れ者でして。内々に声をかけてありますので、明日にはこちらに参りましょう」
さすがセバスチャン!
「ありがとう、この件は任せるわ」
「坊っちゃんと相談して進めさせていただきます」
「お願いね」
坊っちゃんはやめて……などと嘆く兄を尻目に、私は兄の前を辞して、自室に戻った。
私が散らかした落花生の殻を片付けるために呼ばれたメイドにだけ、すれ違いざまに聞こえるように「ありがとう、ごめんなさい」と、声をかけた。
続きは、本日、午後六時過ぎに投稿予定です。
よろしくお願いします。