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1) 発端は、よくある婚約破棄

ご覧いただき、ありがとうございます。

新規の、短期集中連載、全9話です。本日は第3話まで投稿予定です。よろしくお願いします。

「犯人は現場に戻る、というのは本当ですのね」


 私の声は、薄暮につつまれた静寂を破るように、思いの外響いた。



 *****


「君との婚約を破棄してほしい。僕は真実の愛に出会ってしまったんだ」


 そう言って、五年の婚約期間を、それがさも当然かのようになかったことにしようとしている。

 それが私の婚約者、カルロス・モントレーヌ公爵令息だ。

 定例の、公爵家での婚約者交流のお茶会の席で言うことか?という、根本的な疑問すら受け付けません、みたいな言い様に、少々面食らう。


「真実の愛、ですか。」


 へぇ~、それはそれは。と言いたいところを、ぐっと!ぐっと堪えた。

 そんな私は、淑女マナー科の鬼教官から「さすがに秀は与えられませんが、よくよく頑張っていますね」と、伯爵家の娘としては破格の『優』を頂いた、猫かぶり上級者だ。

 公、侯爵家の娘が時おり『優』を頂く、と、聞いて以来、婚約者の公爵令息に見合ったマナーを身に付けたと認めてもらいたくて、この科目は首席で通してきたのに。


 唐突に湧いた『真実の愛』とやら。

 それは、不貞を感じのよい何かでくるんだ表現のひとつ。

 と、いうか、いゃっほ~う!と叫びたいのを堪える方が難しかった。


 いや、唐突ではないか。

 目の前の男が、どっかの女子生徒と学園で懇意にしているのは、学年が一つ下の私でも知っていることだったし。

 期間限定の遊びみたいなものかとたかをくくっていた、と言えば、そのとおりで。私の危機管理能力不足のせいでもある、のかもしれない。


「レーナは健気で、僕が守らなければ不幸になってしまう。だが、君は違うだろう?」


 レーナとやらの不幸はさておき。

 五年も婚約関係だった相手が他に乗り換えたいから、と、お払い箱にされる中堅貴族令嬢が不幸でないとは、笑止千万。

 結婚適齢期目前の十七才で婚約を破棄された傷物令嬢に、いったいどんな幸せがやってくるというのか。

 しかも相手がかなり格上の公爵家ときたら、噂話の工作すら踏み潰されてしまいかねない。


 だけど。


 そんなことすらわからないほどに、視野が狭くなることが『真実の愛』なのかな、と、さほど頭が悪いと思ったことのない婚約者……元婚約者の顔をぼんやりと眺めていた。


『真実の愛』


 この言葉の意味を知らぬとは。

 公爵家、教育どうなってんの?とは、思ったが。


「パトリシア、パティ、そんな……泣かないで」


 私の方へと手を伸ばしてくる。


 いや、泣いておりませんが。

 と、すぅ、と上体をそらせて彼からの距離をとる。

 どさくさに紛れて触ろうとするな。

 それに、もう婚約者じゃないのだから、名前で呼ぶな、阿呆が。

 とは、言えないので(相手が格上だと、本当、タチ悪い)ここもぐっと!ぐっと堪える。なんならお望みどおりに涙目になるように瞬きも我慢してやった。


「君の気持ちに応えられない僕を許してくれ」


 完全に酔っている。酒精を伴わないのに酩酊状態だ。付き合いきれない。


「わかりました。モントレーヌ公爵令息、今までありがとうございました」


 先生!この礼は『秀』相当ではありませんか?

 と、ばかりに気合い十分に優雅に淑女の礼をとり、視線を合わせないまま、軽く伏せた睫毛の隙間から

 、ソファに座る公爵令息の様子を伺う。

 何か心に刺さるものでもあったのか、子細は不明だが、相手は自分の胸元に手を当て、苦しそうに眉間に皺を寄せている。


 心の臓の発作かな?


 もちろん。そんなわけはないのは百も承知だ。

 そのまま儚くなれば、この先の面倒はないのだが、十八の健康な男性がそう簡単にはぽっくりんとならないだろう。

 あれは恐らく、彼に恋する(と、誤解されているであろう)『美 (重要)』少女たるわたくしめが、切なくも凛とした姿で、淑女の矜持を失わずに去り行く姿を、あたかも「あぁ、罪作りな僕をゆるちて……」てな具合で酔いに酔いまくっているところでしょう。

 まだ何かドラマティックに語り出しそうな元婚約者を振り返ることもなく、伴の侍女を後に引き連れてさっさと部屋を辞した。

 廊下を歩く私の後をオロオロと追い、何か取りなそうとする公爵家の使用人に愛想笑いの一つも見せず、私は公爵邸を後にした。



 ****


「と、言うわけで、婚約破棄だそうです。『真実の愛』と仰いました。先方有責ですので、そのように、きっちり取り計らってくださいませ」

「そうか……そうか、うん、わかった……」


 そういいながら、兄は、婚約契約書をじーっと眺めている。

 人はいいが押しの弱い兄が当主で、我が伯爵家の先行きはやや心許ないところだ。

 だが、これでも兄は頭はいいのだから、なんとか持ちこたえるだろう。腹黒い腹心でも見つけられれば万々歳なのだが。

 亡き父も押しが弱いなりにそこそこにやってこれたのだから、兄も何とかなるだろう。多分。


「頑張ってくださいよ、兄さま。ほら、ここですよ、特記1、あきらかな有責側がある場合、ってありますでしょ?」


 私は五年前に婚約した際の契約書を、揃えた指で指し示す。


「う、うん。そうだね。あきらかな有責……」

「だって兄さま、『真実の愛』ですわ。必要であればアリサだって証言してくれます」


 そう言って、私の斜め後ろに控える、専属侍女に視線を送る。

 先ほどの公爵家で繰り広げられた三文芝居……もとい、婚約破棄宣言とそれに関わるあれこれをきっちり目撃してくれている。


「でも、相手は公爵家なんだよ?僕なんてまだまだ若輩者だし……こう、多少の譲歩の姿勢を……」


 ったく!弱気の虫が大きすぎる!


「譲歩!なにをどう、譲歩しようと仰いますの?えぇ、えぇ、わかりました。兄さまはわたくしが傷物だとバカにされる未来に対して、なにもしてくれないと!そういうことでよろしゅうございますね?」

「よろしくない!よろしくないから。大丈夫、我が家はアポティ家、公爵家であろうとも邪険にはできない……多分」


 私の語気に誘われるかのように強気で返事をしてくれたものの、やはり尻すぼみになるのが兄だ。

 私は呆れて大きなため息をひとつ、わざとらしくついた。


 我が家は代々、薬草栽培と調剤を生業にして繁栄してきた。大きく権力を握って活躍する、というよりも、堅実に信頼を築く、という家風だ。

 当主となる直系は、研究者肌のおっとり生真面目なタイプが多かったのだろう。祖父も、父も、兄もそんな、よく似た気質だ。

 わたしのような跳ねっ返りは、これは完全に亡母に似たのだろう。


「そもそも、どうしてうちが公爵家なんかと縁付いてたんだ?」

「お祖父様世代の下らない男のロマンとやらに巻き込まれた、不幸な事故ですわ」


 私は、五年前の、元婚約者のカルロス・モントレーヌ公爵令息との初対面の出来事を思い返していた。


続きは、本日、午後3時過ぎに投稿できればと思います。

よろしくお願いします。

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