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国家令嬢の場合

「神社を占領なんて聞いた事ないぞ詠奈」

「私が有する所有物が多いから、仕方ないわね。全員こんな特別な日くらいはおめかししたいでしょうし」

「…………詠奈ちゃん。私に何か言う事はなくて?」

「あかね、お疲れ様」

「貴方って人使いが荒くて嫌になるわ。ねえ景夜君? せめて貴方だけでも私を労ってくれたらそれで満足なのだけれど」

「すみません、詠奈が無理を言って…………でも無理を言って出来てしまう方にも問題があると思うんです。詠奈は、出来ない事は言わないので」

 クリスマスから大晦日、そして年始。様々な行事があると思うが、特に年末の大掃除は彼女の力にしか頼っていなかった。かつて王奉院詠奈と呼ばれた―――今はあかねの名を持つ彼女は、己の運を操作出来る。一度大掃除を彼女に任せれば現実的に不可能な確率だったとしても確実に掃除出来てしまう。部屋を綺麗にしようと思ったらどんな細かな汚れも何らかの要因で排除される。本来は多くのメイドを用いてこなされるべき掃除を、たった一人の家族に押し付けたのはこのような理由があったからだ。


 まさか神社を貸し切りにするなんて思ってもみなかったけど。


 っていうか貸し切りなんて出来ないと思っていたんだけど。

「おめかしは結構、だけどそれなら私もしたかった。景夜君、如何? 私の着せ初めの感想……ない?」

「景夜に色目を使わないで。殺すわよ」

「貴方に、私を殺せるの?」

「どうどう。二人共落ち着いて。せっかくの晴れ着姿で物騒な事言わないで下さいよ。詠奈もその桜の着物凄く似合ってるよ。可愛い」

「あら、私を褒めてくれるの? ふふ、私の夫としての自覚が芽生えたみたいね。ただ少し、下駄で歩くのに慣れていないから、エスコートして頂戴」

 カランカランと石畳を蹴る下駄は不安定で、今にも転びそうな頼りなさを醸している。詠奈の背中に手を回し、重心を支えるようにゆっくりと歩く。貸し切っているので人混みなんて事故も起きないが、はしゃぐメイド達は居住まいを正すように脇へ避けてくれた。

「そえrで一応しきたりに従うつもりなのだけれど、景夜は知ってる?」

「詳しくないけど、確か鳥居の前で一礼するんじゃなかったかな? 神様に失礼だからって」

「え、そうなの? もう潜ってしまったけど……」

 詠奈は身体こそくっつけたままだが露骨に狼狽えた様子を見せている。鳥居と拝殿を交互に見て表情こそ固いままだが焦っている。勢いのまま取り返しのつかない事をしたと後悔しているようだ。

「詠奈様。焦る必要はございません。仮にもその身分はこの国を束ねし王様ではありませんか。後継者争いは決し、その結果を我々も把握しています。神さえ敬うべきではないとの傲慢は、あって当然ではないかと」

「八束さん、着物似合ってますね!」

 諸般の事情、或いは爛れた関係により八束さんは俺の子を孕んでいる。着物を着たとしてもはっきりとその膨らみは確認でき、かつての細さは一時的に失われている。お腹に子供を宿してから八束さんの目つきは日に日に穏やかになっていくが、それでもたまにはかつての飢えた鋭さを見せる時がある。

 褒めたつもりなのに、そんな目線を向けられた。

「……ありがとう、ございます」

「……景夜に割り込まれて言うべき機会を失ったけど、その物言いはあまり褒められた気がしないわ。神を特別敬いはしないけど、だからって蔑むような真似もしない……でもまあ今更やり直そうとすると私の姿が見られそうだし、このまま行きましょう」

 どうやら流れを覚えていなかったのは最初だけだったらしい。手水舎に足を運ぶと、刺すような冷たさに怯みながらスムーズに柄杓を操り手と口を清める。こういう所作の綺麗さを見ると、まがりなりにも良い所のお嬢様なのだなと感じる。

「俺もやらないとな……って思ったけど、あかねは参加しないんですか?」

「私は、この手の行事にロマンを見いだせないの。私ってほら、運が良いでしょう。神様に願わずともその時々の意思は通じ、おみくじを引けば必ず大吉が出てしまう……ああ、一枚も入っていないなら別だけれどね? それなのに運試しなんて間抜けのする事よ。だから見守るだけで充分。着物は久しぶりに着てみたかったけどね」

 あかねは眼鏡を下にずらすと、剣呑な目線を俺に向けて、剪断するようなウインクをした。

「……もしこの空気が苦しいなら、後で二人で抜け出してもよろしくてよ。その時は、こっそり声を掛けてね」

 また眼鏡を戻すと、にこやかに微笑む。詠奈の方に視線を戻すと、彼女は手の冷たさに喘ぎハンカチを春から貰っていた。それでもまだ詰めたそうにしていたので、俺の方から手を取って握りしめる。

「冬の水って冷たくて嫌だよな。洗面所に行った時とかよく思うよ」

「……ありがとう、景夜。それじゃあ君も洗ってきて。それでまた温め合いましょう」

 普段は服の着せ替えは俺にやらせるのだが、今日という日に限っては彼女が自分でこなしている。相当気合いの入った化粧に、実を言えばずっとドキドキしている。いつも可愛いのに割り増しで可愛くて、顔を見るだけでも非常に耐え難く、開放すべきでない衝動に駆られる。すぐに清めの作法を済ませると、手を繋ぎながら拝殿の前まで歩いた。

「それで、小銭を入れるのね」

「ああ」

 たまたま視線が重なったので訳もなく接吻を交わし、それから各々小銭を入れた。ここの神社は二礼二拍手一礼だ。それで、願いを頭に浮かべればいいらしい。だが俺には叶えたい願いというものがもうない。それは詠奈と一緒に暮らすようになった時点で叶えられたようなものだ。後は精々『詠奈が健康であるように』くらいで、そんな彼女は一体何を願ったのだろうか。

「―――ふー。実はこういうの初めてで、緊張しちゃったよ。もう他の子達は済ませているみたいだし、私達もおみくじを引いてみよう。大吉が出るといいな」

「出るよ。俺達はあかねじゃないけど、今までもこれからもずっと幸せのままさ。俺はお前の所有物。望むなら幾らでも子供を作るし、何でもする。だから大丈夫だ」

「…………うふふ。子供が出来たらきっと可愛くて仕方ないだろうけど、私はいつまでも貴方にとって最高の女性よ。命令を待たずにいつでも襲ってくれていいんだから。屋敷の中を歩いている時でも、学校に居る時でも、町の中でも、お風呂の中でも―――なんて、今更言うまでもなかったわね。こんなに幸せな私達に不吉な文字が来るはずない…………不安に思う必要なんてなかった。引きましょうか。今年の運勢の大局を」



「それじゃあ、私が箱を持ってあげてもよろしくてよ?」



 口では尋ねていても既にあかねの手にはおみくじの入った箱が抱えられている。急な申し出に困惑する俺達をよそに彼女は無邪気に微笑みながらぐいっと箱を突き出した。

「私の運が良いのは、何も特殊能力なんかじゃない。私は自分を信じているの。私の考えてる事は間違っておらず、正しい。事態が思う通りに転がってくれると確信している。自分に迷いがなければ嘘も矛盾も存在する必要はない。誇れるような特殊能力なんてなくても……自分を信じるくらいなら出来る筈よ。王奉院詠奈と、私を殺してくれた貴方なら」

 二人で顔を見合わせてから、迷いもなく籤を引いた。最初は詠奈、次は俺。主従関係は弁えている。

「……どうだった詠奈。その、籤の結果は」





 その時の詠奈の表情は、春の芽吹きを思わせる微かな陽射しに阻まれて…………いいや。金色に反射する光のように絢爛で。






「………………………私は、運がいいみたい」

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