死刑囚の場合
「ふー……寒い寒い」
「大丈夫ですか、雫。初日の出をみたいなんて言うから来たけどやっぱり車の中で待っていた方が良かったんじゃ?」
「年は取りたくないもんだねえ。体の節々が冷えそうだよ」
向坂雫が身体を温める先を探すように肩を寄り添わせてくる。車の中に合ったコートを引っ張り出すと、肩に羽織らせて俺達は歩き出した。年越しは多くの友人を呼んで楽しく過ごした半面、初日の出を見るとなれば話は別。季節と月に関係はあらず、一月になったからと言って突然春がやってきたりはしない。まだまだ冬の真っ只中、それも日没が早い季節では早朝と真夜中に大した違いはないのである。
「このマフラー、何だか拘束具を思い出すよ。でも君と一緒に使ってるってのは、違うね」
「そりゃ拘束具じゃありませんからね。手を繋ぎましょう。自慢じゃないですけど俺の手は温かいと思います」
「ふふ。ほんとに、それは自慢する程の事じゃないね」
海岸近くに立って空を眺める。既に多くの人が集う中で、知り合いを見つけた。うちの一人は俺を見つけるや否や、早足で近づいてくる。間違っても今の天気は晴れだが、しかしその赤いレインコートは彼女のトレードマークでもあった。
「サキサカ。来てたんだ」
「雪奈。事務所総出で見に来たのか?」
「センパイは休み。所長が凄く盛り上がっててうるさかったから、ついてきた。だけ。サキサカは…………」
視線が雫に移動して、それからすぐにまた見上げるように戻る。
「―――隣で見て、いい?」
「ああ、いいよ。雫も大丈夫ですよね」
「寒くてそれどころじゃないもの……もうすぐかなあ。どうして一分ってこんな長いんだろうね柳。こんな事ならもっと遅くに来るべきだったような」
「そしたら今度は渋滞に捕まってましたよ。十分幸運と思いましょう。一緒に見る人が多い分には別にいいじゃないですか、雪奈もそう思わないか?」
「…………私は、サキサカと一緒に見たかっただけ、だから」
昔は鳳介達と一緒に見ていたっけと感慨深くなる。何故二人が居ないのか、それは単に酔いつぶれたからだ。家に呼んでパーティをしたのは間違いだったとも言わないが、それはそれとしてあの二人も連れて行きたかった。綾子は特に、後で恨み節を残しそうだ。
「雫、動画回してますか?」
「うん。大丈夫。寒くてどうにかなりそうだけど映像は死んでも撮るよ。あ、昇ってきたね」
初日の出を生で見る時の感動は、果たして何といえばいいだろうか。言葉で表そうとすると嘘になる。それが一番ぴったりだ。テレビで見ると大したことはなく、だが生で見ると言いようのない感動がある。それはここまでくる事に苦労したからではなくて―――強いて言うなら、新しい一年の始まりをこの身で感じられるからだろうか。
「…………寒い」
俺にだけ聞こえるくらいの、独り言とも見分けがつかないような声量で雪奈さんが呟いた。開いていた手をそれとなく近づけると、ひんやりとした指先が温もりを握るように絡みついてくる。女性は寒がりが多いのだっけ。思い返すと確かに高校では冬にひざ掛けを持ってきている女子が……ってあれはスカートのせいもあるかもしれない。
「わあ、凄く綺麗……………! 頑張って起きた甲斐があったよ。お姉ちゃんにも見せたかったな」
「薬子……霖は酒に弱すぎて起きられないでしょうが。ほんっとにもう、いい加減酒に弱い事を認めたらいいのに」
「お酒は、まだ飲めない」
「無理して飲む必要もないよ。そんな病みつきになる程美味しい訳でもないからさ。でも飲めるんだったら一緒に飲もうか、その時は」
「………………約束」
「柳? 私が居るのに女の子と二人で飲む気ぃ? それって浮気だからねえ」
「それなら綾子の時点で言ってくださいよ。雫だって霖と二人で話す時間くらい欲しいんじゃないんですか? まだ俺との関係について少し困惑してるみたいですし、解決した方が良いですって
」
「それもそっか。雪奈さん、彼をよろしくね?」
日が出てからは無限に初日の出である、という話は聞いた事がない。そう呼ぶに相応しい、正に水平線を上がろうかという時、急遽カメラを設置すると二人の肩を掴んでレンズの前に身を乗り出した。
「せっかくだから撮影しましょうかっ!」
「ぎゃ、逆光で見えなくなるんじゃないのっ?」
「大丈夫! その時は……最先端技術で何とかしますよ!」
パシャッ!