メアリー・スーの場合
「命様。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「うむ、苦しゅうないぞ創太。じゃがお主はいつまで経ってもその敬った呼び方をやめぬな」
「普段ならこんな事はないんですけど新年ですからね。神様に詣でたって事で一つどうですか。まだ信者は増えてませんけど」
「やめいやめい。妾はもう弓月命なんじゃ。強いて言えばお主たちだけの神様じゃな。空花の姿はないが」
「空花の事なら実家に帰ってますよ。俺も誘われましたけど、流石に貴方より優先する理由はないかなと思いまして……その、一応恋人ですけど」
許されざる関係と言いたいが、迫られてしまったものは仕方ない。それに許されざるというのは命様を人間として扱っているようでどうにも奇妙だ。彼女は俺にとって大切な妻であり、敬意を払うべき神様だ。勝手な言い分にはなるが、神様と人間とで関係性を切り分けているつもりである。
―――月喰に関しては言い訳の余地もないけど。
寂れた社はすっかり大御殿になっている。様々な事情あって元の家を手放すような事はないけど、ここは第二の家と言っても差し支えない。体裁を気にせずいうなら、命様と俺だけの愛の素という事になるか。
「うむ。妾の夫としての自覚があるようで何よりじゃな。御御籤も吝かではないぞ」
命様は手を虚空に翳すと二つ竹の盃を用意し、片方を俺の方へと滑らせる。御殿の縁に二人で足を並べて盃を持つと、器の底から仄かに白い液体が湧き上がってくる。
「遥か昔に比べれば成人も随分遅くなったが、最早遠慮の必要はなさそうじゃな。最早お主は立派な大人なのじゃろう? ククク♪ この時を実に、楽しみにしておったわ」
「月喰にたらふく吞まされましたけどね……酔い潰されました、見事に」
「奴めに飲み比べを挑むなどならんぞっ、あれは底なしの妖じゃ。創太では荷が重かろうて。恐らく主が呑んだのは宵闇を溶け込ませた黄泉の酒……じゃが妾は違うぞ。器の底から染み出したようにも見えるじゃろうが、かつて妾に捧げられた、米から造った御酒じゃ。神々の手を離れ俗世で仕立てられた一品が、まさか口に合わぬとは言わせぬぞ?」
「…………飲むか?」
「うんっ」
盃を黙ってもう一つ用意して、命様とは逆方向に一つ差し出す。命様が手ずから焼いた徳利から少量注ぐと、彼女は重たそうに抱えて口元まで運んだ。
「丁度神社も近いし、初詣と行きますか。命様、受付をお願いしますね」
「妾は神じゃが?」
「だって人いないじゃないですか。それともバイトを雇いますか?」
「ふむ…………今更そのような真似をするのもな。よかろう、この弓月命、いと狂おしき旦那様の為に神職を務めようではないか! じゃが幾らお主とはいえ御御籤だけは贔屓せんぞ。それであっては、意味がないからの」
「因みにそのおみくじの……御利益の程は?」
命様は扇を開くと、口元を隠すようにして微笑んだ。
「ほほほ。妾の真名をお忘れか? 森羅万象一切合切、全てはこの掌の中に常邪美命として―――全て叶えてしんぜよう」
「創太君との恋愛、か、叶うかな?」
「…………それは、神のみぞ知る、だ」
盃を掲げ、三人それぞれの様子で一口に呷る。今年がどんな年になろうとも俺の傍には最愛の神様がついているし―――俺はメアリの傍に、居続ける。