エクス・マキナの場合
「ん…………んちゅ……んぐ♪」
「ぐお………ごきゅ……うむぐぶむ」
「ま、マキナってばな。何してるんだ!?」
新年を迎えてもうすぐ一日が経とうとしている。年末の大掃除とは無縁であり、初日の出は何の苦労もなく見られた。『清浄と汚染』の規定も『空間』の規定も他の人にはない特権だ。元旦に俺達は随分穏やかな朝を過ごしていると思った……さっきまではそうだった。
諒子が慌てふためいているように、今はそれほど穏やかとは言い難い。食事を終えてゆっくりしていたところ、マキナが不意に俺に抱き着いてきて、キスをしてきたのだ。
「式君困ってるぞマキナ! や、やめた方がいいってっ」
「だーめ! 私もニンゲンの文化を試してみたいの。出来れば有珠希とねっ! 美味しい?」
「ぐむ、うむむ……むー…………!」
「うふふ! 私も美味しいわっ。好きなヒトとのお酒ってこんな美味しいのね!」
キス自体は、そう珍しい行為じゃない。俺はマキナを、この機怪を心から愛しているし、その為に永遠である事を望んだ男だ。人間である事をやめてまで彼女の傍に居たかった。だからスキンシップ自体は常識の範疇を逸脱してよく行われている。時に諒子も巻き込まれるが、それ自体はなんら珍しくないのだ。
マキナはキスをしながら会話出来るのに、俺だけが口を塞がれてまともに言葉も伝えられない。肩を掴んで無理やり突き放すと、口元から透明な液体が零れた。
「い、いきなり飲ませるなよ馬鹿! お前は一体何処からこんな文化仕入れてきたんだ!? 俺は教えた覚えがないんだけどっ」
「リョーコ!」
「え、私じゃないぞ式君! わ、わ、私じゃない! 本当なんだ!」
「……諒子はまず何が行われてるか分かってなかっただろ。アイツにもやってやれよ」
「え?」
「うん、分かったっ!」
瞬きよりも―――或いは意図的に意識が飛ばされた刹那、諒子は俺の足の中に納まるように捕まり、マキナと唇を交わしていた。俺は何となく彼女が逃げないように腰を抱えている。
「むぐ………………!」
足をばたつかせて同じようにマキナを突き放そうとするが時間の無駄だ。抵抗なんてシチュエーションプレイにも満たない。俺がどかせたのは、所謂、永遠の恋人特権であり、諒子にその権利はないのである。
五分ばかり協力していると、諒子が顔を赤くしながら俺を責めるように睨みつけた。だが敵意よりも遥かに慰めてほしそうで、目には滂沱の涙が浮かんでいる。両手を広げると彼女は「うわあああん!」と泣きながら胸に飛び込んでくれた。
「しひくふ、こ、これえ…………お、おはえ?」
「そうだよ。誰かがアイツに口噛み酒を教えたんだ。いや、口噛み酒じゃないけどなこれは。口の中で生成してるから口内酒というべきか」
「えー? でも口噛みって事は口の中で作るんでしょ。ニンゲンは発酵に頼らないといけないけど、私ならその場で造れるんだから。味もちゃんと変えてあげたんだからリョーコには感謝してほしいくらいっ」
「わらひはれんれんはんひゃなんれ……」
「…………これもう酩酊状態だろ。どんな度数を出したんだお前」
諒子は酔うと子供みたいに甘えるようになる。よくマキナが真似をして酔ったフリで俺に甘えてくるのはそのせいだ。彼女に酔う概念がないのは言わずとも分かるだろう。どんな度数の高い酒も無機物を酩酊させる事は出来ない。
「うーん。ランダムに生成したから分かんないっ! でも貴方にはとーっても美味しいお酒になってた筈! 有珠希の事、なーんでも知ってるから♡」
マキナが視界から消えたかと思うと、背後から腕を回してきてソファ越しに密着してくる―――いや、ソファを透過して直にくっついている。セーターの生地一枚挟んで、コリコリとした先端の感触が伝わってきた。目を瞑ると、瞼の裏にマキナの笑顔が浮かんでくる。思考としてではなく、視界に映る映像として。
「あけましておめでとう、有珠希! 今年の運勢を私が決めてあげる! 大吉!」
「いつも決めてるだろ、全く。で、わざわざ諒子を酔い潰した理由はなんだ?」
「クリスマスに子宮を借りたお礼だけど? 有珠希って甘えられるの大好きなんだから!」
…………また誤解を生みそうな事を。
「今年もお前と一緒に居られて幸せだよマキナ。昨日惚れて、今日惚れ直したって感じだ」
「うふふ♪ それはわたしもーーーーーーーー!」