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それから私は現地の教会騎士団と合流するため
オストロルドの郊外へと向かった。
そこには、500騎ほどの部隊が集結していた。
この様子を見るに教会は騎士団をロルドから撤退させる気なのだろう。ともかく、これだけの数の兵士があれば帰りの道の心配はいらなそうだ。
私は胸をなでおろし、馬を気遣いながらゆっくりと
街道を南へと進んだ。
しかし、往々にして厄介ごとというのはこういう時に降りかかるものだ。私が街道を南へ一日ほど進んだ頃、その近郊の宿場町に呼び出された。
私は伝令に「私は教会の一級騎士だぞ、一体何者が私を呼び出すのだ」と尋ねると「騎士支団長殿です」と答えた。
私はそれに嫌な顔をした。騎士支長と言えば、私を呼び出すのはあの男に違いない。
しかし立場上、役職付きの彼の方が偉いので従わざるを得ない。
空が暗くなりかけて、足元がすっかり針葉樹の陰に隠れた頃
私は街道外れの宿屋にたどり着いた。此処は、街道をゆく軍隊や行商向けに馬の交換や馬具。加えて食堂まで備えている大きな商店だった。かつて、ロルドの貴族が駅伝制を整備した名残だそうな。
ロルドの街道沿いには村が少ない。
この商店は貴重な補給地点だ。
私はその主人に騎士長の場所を尋ねると、彼は怪訝そうに
宿場の二階を指さした。
私は軋む木の会談を登り、上階へと進んだ。
そこには、二つの小さな部屋と一つの大きな貴賓室があった。
奥まった貴賓室の前には気だるそうに警邏をしているサーコートの下士官が二人いた。
彼らは私を見ると、手招きして「騎士長殿ならこの中です」
と告げた。
私は彼らに一礼すると戸を叩きもせずに中に入った。
中はさらに客間と奥の間で区切られていた。
入ってすぐの客間には誰も居ない。
という事は奥の寝室にきっと彼は居るのだろう。
私は遠慮なく絨毯を踏んでずかずかと入っていき、
扉の前まで進んだ。
「あっ・・いけません、騎士長様・・・」
「何を言うか・・・体は正直だぞ・・・!」
私がドアノブをひねろうとして中から聞こえた声は
女性と男の色っぽい会話だった。
私はそれに眉を潜めた。そして遠慮なしに扉を大きく開けた。
「なんだ!?」
「キャア!!」
ベットで裸で交わっていた男女は突如として開かれた扉に驚いた。女は転げ落ち、男は枕元に置いてあった騎士剣を抜刀した。
私は手を上げて「落ち着け」と彼に言い聞かせる。
それでも彼は興奮状態の様で、剣をこちらへ向けたままゼイゼイと肩で息をしている。
彼はやっと女に宥められて剣を下ろした。
「久しぶりだな・・・・エルマー」
そう言って彼は近くにあった布を羽織った。
光に照らされた彼の顔には見覚えがあった。
彼こそロルドへの派遣騎士として私に無理難題を吹っ掛けていたアッテンボローだ。
女の方は見覚えがない。しかし、部屋の隅にもう一振りの剣と装備が置かれていて、どうやら教会の騎士らしいことは分かった。
私はやはりな、という納得感と共にまずはこの光景に怒りを覚えた。
「教会騎士ともあろうものが、任務の途中に色欲に溺れるとは何事か!」
と私は彼らに 責した。
彼はそれを机の上に置いてあったぶどう酒をあおりながら聞いた。
そして私が一通りの激情を言い終えると、グラスごとそれを投げつけた。
「黙れ!!お前のせいでこっちの計画はめちゃくちゃだ!!
それでいて、よくも俺の前に顔を見せられたな!!?」
とアッテンボローは半狂乱で告げた。
私は心の中で、呼びつけたのはそっちだろう。と毒づいたがぐっとこらえた。
アッテンボローは続ける。
「第一、お前が功名心に走っていなければ
今頃このロルドは俺たち教会の下に丸く収まっていただろうに!!」
彼は酒のせいか、興奮のせいか顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
だが私ももはや言われているだけでは我慢ならない。
「それは結果論だ!お前のめちゃくちゃな計画が元から破綻していたんだ!それに、あの時王女を仕留めなければ逃げられていたかもしれない!あれは仕方がなかった」
私が言い返すと、彼はさらに怒った様子で声を震わせた。
「ああ!腹が立つ!何故お前は俺言う通りに動かないんだ!!おかげで俺の栄達はめちゃくちゃだ!!」
アッテンボローはそう言うとボトルのぶどう酒を地面に落として
暴れた。それは常軌の行動ではないようで同衾していた女も焦りだした。
そうしたかと思えば彼は急に落ち着いて髪をかき上げた。
そうして、女の方を向いて「副官!具足!!」と呼びつけて戦支度をさせた。
私は彼の様子に少し身構えた。
彼は女にまず鎧下を持って来させて羽織った。そして次にキルティングを着込んで最後には鉄製のアーマーを被った。
そのまま、彼は副官の女に羊皮紙を持って来させた。そこには何やら仰々しい文章がしたためてあるらしい。
アッテンボローは紙をバッと広げて声高々に宣言した。
「教会騎士エルマー・ギースベルトは意図的に教会の計画を破綻させ、自らの野心故に女王を殺害した。
その過程には幾つもの怪しい点があり、あろうことか殺害対象であるアークウェット・リンドバーグと貫通に及んだとも!」
「貴様ァ!!」
私はその発言によって血の気が引いてゆくと共に、思わず激情のあまりど鳴った。
アッテンボローはそれを見て笑った。私は目をカッと見開き悪魔の様な形相で彼を睨みつける。
「・・・・・第一、そんなものは証拠もない!!お前のでたらめだろう!!」
「そうだな。だが、その反証もない。くくくっ、そうやって怒れば怒るほどらしく見えるぞ」
アッテンボローはそう言って私をあざ笑った。
私は剣の柄に手を掛けた。これでも礼儀を重んじる騎士の家系。
貫通なんぞで縛り首にされたのでは父祖に示しが立たない。
しかしアッテンボローはそれを見越したかのように私を制する。
「おおっと、ここの中で斬りあいしても構わないがどうせら外の広いところでやりあおうぜ」
「・・・・決闘か」
「そうだ。どちらの証拠もないのなら、その真偽は神前の決闘裁判で明かすしかあるまい。なぁ?信心深いエルマー君」
彼は嫌みったらしい声で私にそう言った。
私は目の下をぴくつかせながら彼の提言に従った。
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宿屋の裏手を下った先にはちょうど良い原っぱがあった。
外の気温は雪解けの季節とはいえ、まだ肌にピリピリとするほどには寒かった。
とりわけ、天気の悪かったこの日は息が白くなるほど寒さが戻っていて、
金属製のガントレット(小手)が異様に冷たく感じた。
私は剣を引き抜く。ヌらりとした刀身はすっかり冷え切っていて切っ先もやや鈍い。
「では、これより教会と主の御名において、神前の決闘裁判を行います」
先ほどアッテンボローと引っ付いていた女騎士がそうやって宣言する。
彼女はどうやら彼のお付き武官らしく、”副官”と呼ばれていた。
曲がりなりにも聖職者の端くれたる彼らがまぐわいを、それも岐路の途中で行っているというのは
真面目な私からしてみれば許しがたい事だった。何より、そういった行為をした後の口で何の気もなく神の御名を告げることができる精神に驚いた。
私は宿を出る前に女を一度激しく睨んだ。
一方、私と対峙しているアッテンボローは酒のせいかほんのりと顔をほころばせて
油断なく剣を構えていた。余裕ぶっていた。
彼は告げる。
「どうだエルマー!体は温まって来たか?」
「・・・いいや、全然」
「だろうな」
「聞こう。アッテンボロー!何故お前はそんな嫌疑を私に掛ける!?」
彼はその質問に首を振って答えない。
私は再び睨みつけて叫ぼうとした。しかしその瞬間彼は態勢を低めて、一気に下段から剣を振り上げた。
私はとっさに自分の剣を横にして防いだ。
「あー。惜しかったな!今のはいい線言ってたんだけどな」
アッテンボローがまた薄気味悪い笑みを浮かべる。
へらへらとして、どこか気だるけな彼の様子はいつも私を腹立たしくさせる。
だがそれは彼の一側面に過ぎない。彼の本性は相当の実力を持った腹黒い教会騎士だ。
私は一度息を吸って頭の血の気を下がらせた。
そうしたことで、周りが少し落ち着いて見渡せた。
彼の言う通り、私の体と筋肉はまだ温まっていない。意識したと同時に動かすなんてことはできないし、
下手すれば足元がおぼつかない。
そういう意味では、酒をあおって直前までベットの上で運動をしていた彼の方がクレーバーだ。
「おい、どうした!?へっぴり腰か?」
彼はまた私を煽る。だが私はそれにもう反応することはない。
これは罠だ。
初めから彼は恐らく、怒り心頭な私をここに呼びつけて謀殺する気だったのだろう。
そして女王殺しの手柄を自分のモノにするために。
如何にも、アッテンボローの考えそうなことだ。
私は再び深く息を吸って、中段に刺突の構えで再び彼の前に立ちふさがった。
ゆっくりと口からこぼれる息は白く、暗闇の風に流されてゆく。
しかし、その流れは均一で乱れはなかった。
「アッテンボロー、お前の前に居るのは女王殺しだぞ」
私は今度はこちらからニヤリと不敵な笑みを送り付けてやった。
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