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はざまの中の僕らの話(短編集)  作者: むらくも
β×Ω(2年目)
8/15

君に首輪を【β×Ω】(3)

 首輪のオーダーから1ヶ月。

 

 品物が完成したと連絡があったので春真と日程を合わせて店に訪れていた。

「お待たせいたしました。こちらがお申し付けのお品です」

 音もなく置かれた布張りの箱。二つの輪が収まっている内の一つを持ち上げて、ついまじまじと見てしまった。

 手に取った方は見本通りの首輪。もう一つはそれよりも細身だ。ということは自分が持っている方が春真用のものなのだろう。

 深い青みの茶色に銀の装飾がきらきらとしていてるが、細く繊細な細工で遠目にはとても控えめに映る。派手な主張はしないが確かにそこにある。

 遠目だとβにしか見えなかった春真みたいだなと考えて、首輪に何を投影しているのかと流石に少し恥ずかしくなってしまった。

 揺れているロケットを開くと細かい装飾のついている文字が繊細に刻まれていた。細い線のような部分も途切れることなく、滑らかに流れるような軌跡を描いて光を反射している。嵌め込まれた宝石に負けず劣らずきらきらと輝いていた。

「うん……綺麗な細工だな。ありがとう」

 想像以上の出来に少し呆けながら輪を戻す。

 すると店主はにこりと微笑みながらもう一つの細身な輪を手に持った。


 やはり自分用だったらしく、店主の手が恭しくこちらへのばされる。

「坊っちゃんの方は細身のチョーカーにいたしました。華奢な坊っちゃんではまさに動物の首輪になりそうでしたので」

 こういうことを、この店主は平然と言う。

「……ひとこと余計じゃないか?」

「理由を申し上げたまでです」

 商人の顔から知人の顔になった店主は、ほほっとにこやかに笑いながらとぼける。他の人間に言われると腹が立つ事でも、この老紳士に言われるとムッとする程度で終わってしまうと知っているのだ。

 睨みながらチョーカーを受け取ってバックルを外す。春真のものより少し装飾の多いベルトを首に沿わせて金具を留めると、涼しげな音を立てて装飾が揺れた。


 不意に感じた視線。

 そちらを向くと、じっと様子を見ていたらしい春真と目が合う。その瞬間逃げるように視線が外れていってしまった。

「なぁ。春真もつけてみてくれ」

「えぇっ、と……」

 視線を逸らしたまま固まる春真の肩に触れるとぴくっと揺れた気配がする。

「ほら、春真」

「……うん……」

 おずおずと向き合った春真の首に首輪をかけた。

 うずいた悪戯心に従って喉仏の下に唇を当てて吸い上げると、あっ、と小さく声をこぼしてぴくんと春真の体が跳ねる。少し跡が残った所に重ねるようにバックルを持ってきて首輪を留めると、銀のチェーンとロケットがしゃらりと音を立てて揺れている。

 自分の贈った首輪をつけて、春真は少し落ち着かない様子でこちらを見つめている。

「……いいな、可愛い。よく似合ってる」

 恥ずかしそうに顔を赤らめる春真に、じわりと高揚感が滲み出てきた。何だか背中がぞくぞくする。まるで……抱き合う前のような。

 

「坊っちゃん、お顔が欲情した狼になっておられますよ」


 油断していた所へ耳にねじ込まれた台詞。

 あまりにも直球でぶわっと全身の血が沸騰したような感覚に襲われた。

「なっ……何て喩えをしてくれるんだ!」

 見透かされたような言葉に、やましさもあってつい声が大きくなる。しかし小さい頃から世話を焼かれてきた店主にはそれもお見通しだったらしく。特に動揺する様子もなく、ほほっと軽くあしらうようにまた笑われて終わった。

「見たままを申し上げたまでです。このような店で、だらしがありませんよ」

 図星のど真ん中を突き破られて反論や言い訳が何も出てこない。にっこりと微笑む店主の顔を見ていられなくて、慌てて春真の手を引いて店を後にした。

 ……あの態度はないだろうと春真に後で叱られて、確かにそうだと詫びの連絡を入れたけれど。あまり一人で盛り上がりすぎないようにと笑いを含んだ声で釘を刺されてしまった。

 遊ばれている……そういう冗談が言える歳になったと喜ぶついでに、遊ばれている……。



 あれから、作ったチョーカーをして登校するようになった。あまり装飾品を着けることがなかったせいか周囲から盛大に驚かれた事もあって、校外への対応が必要な時や式典の時は外すけれど。

 ついには俺が実はΩだったらしいなんて馬鹿げた噂まで出てきて、聞いた瞬間に大笑いしてしまった。こんな細身のチョーカーで一体何が守れるというのか。

 しかしその影響で春真への注目が少し逸れてきているし、これは好都合かもしれないと否定はせずにおく事にした。

 これなら変な注目は俺の卒業と一緒に連れていくことができる。ただ……噂を信じてしまった奴らから色の混ざるじっとりした視線を向けられるのは正直なところ気色悪い。今までβだからと無縁で居た種類の視線だったのもあって、余計に。

 αもΩも、第二性別一つで変な視線を向けられるものだと思うと大変だなと心底染みる。

 仁科儀のαである秋都(しゅうと)はさぞ苦労したんじゃないだろうかと、長年コンプレックスを抱き続けている弟にすら同情する程だ。今度菓子でも差し入れてやろうか。


 そんなこんなで視線をかわしながら過ごし、満を持して春真を連れ込んだ空き教室。ドアに施錠をしカーテンを閉めて、ゆっくりと恋人の体を抱きしめた。

 首輪を作ってすぐに春真がヒート休暇の期間に当たってしまって出て来られずに居たから、こうして学校で抱き合うのは久しぶりだ。

 まぁ、寮の部屋には普通に上がり込んで毎日触れては居るのだけれど。こういう時はβだと便利だ。ヒートのΩ相手でも理性が残っているから世話も介抱もしてやれる。

「……なぁ、春真……この間の首輪はどうした?」

 ふれ合わせていた唇を離してふと視線を落とすと、そこにはいつも春真がしていた首輪があった。黒いベルトに、黒いメッキが施されたバックルの。確か通販で買ったと言っていたか。

 二人で作った贈り物が無かったことにされてしまったようで、寂しい。自分はあの日からそわそわした気持ちでつけているというのに。

「あんな高そうなのつけてたら、目の敵にしてくれって言ってるようなもんだろ」

「そ、れは……」

 

 しまった。そこまで考えが及んでいなかった。

 

 かつて人前で目立つように追いかけたせいで、春真は一部の生徒から快く思われていない。逃げている時の自分への反論や反抗的な態度が気に食わなかった者、βですら色で落とすΩだと蔑む者、仁科儀の家にすり寄っていると嫌悪する者、それぞれだ。

 その対象が急に自分と揃いの首輪をすれば、俺を籠絡して買わせたと取る者が居てもおかしくはない。たとえ自分が押し切って贈ったものであっても。

 指輪と違って目立つ物だけに、せっかく外れてきた春真への注目が戻ってしまう可能性が高い。

「アレは冬弥と一緒の時に着けることにしたんだ。だから」

 何も言えなくなってしまった俺に気付いたのか、春真がするりと抱きついてくる。

「もっと……オレと一緒に居ろよな」

「っ!?」

 甘い囁きに思考も体も一瞬で硬直してしまった。すりすりと触れてくる春真の頬が耳を撫でてきて、かあっと頬が熱くなってくる。

 ……籠絡は……ひょっとしたらされているかもしれない。自業自得だけれど。

 

 そんな事を思いながらされるがままに抱き締められていると、急に体を離して春真がじっと顔を覗き込んでくる。

「お顔が欲情した狼になっておられますよ、坊っちゃん?」

 馴染みの店主が言ったいつぞやの言葉を持ち出して、にーっと悪戯っ子のように笑う。

「くそ、からかうんじゃない」

「早く教室行けよな、狼さん」

 凄んではみたがあまり効いていない。にやにや笑う春真に完全にからかわれている。

 悔し紛れに唇と目蓋にキスを落として見つめると、開いた瞳がじっと見つめてきて。際立って大きな瞳ではないけれど、何だか吸い込まれてしまいそうだ。

「……今夜は覚えてろ……寝かさないからな」

「ん……待ってる」

 少し恥じらうように微笑んだ春真に、きゅっと喉が狭まって一瞬息が止まる。呆然と見つめる俺の口元に軽く口付けてさっさと部屋を出て廊下を歩いていってしまった。

 

 しばらく動けないまま廊下を見つめていたが、予鈴の音がしてはっと我に返る。

「っ、ぁあ゛ー……これじゃ首輪をかけられたのは俺じゃないか」

 まるでお預けを食らっている犬の気分だ。

 今すぐ春真に触れたいのに、まだ昼休みが終わったばかり。よりによって今日は放課後に生徒会の会議も待っていて一日が長い。

 頭を抱えながら肺の中の息を吐き出して、どうにか湧いて出る欲求を抑えながら教室への道を早足で戻った。

 

 その夜はいつもよりだいぶ盛り上がってしまったのは……仕方ない、と思いたい。

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