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はざまの中の僕らの話(短編集)  作者: むらくも
β×Ω(1年目)
4/15

はじめてのバレンタイン【β×Ω】(4)/完

 放課後。

 そわそわしながら帰り支度をして廊下に出ると、宣言どおりに恋人が待ち構えていた。

 行動が早すぎるだろ。ホームルーム途中で脱走してないかこれ。

「行こう」

 色々と頭にはツッコミが思い浮かんだけど、微笑みながら手を取られて何も言えなくなってしまった。


 そのまま廊下を抜けて校舎を出る。どうやら真っ直ぐに寮へ向かっていってるみたいだけれど。

「あ、あれ、生徒会は?」

 生徒会役員は毎日放課後に集まって何かの会議をしている。サボったりしたら副会長あたりに詰められそうなのに。

「今日はない。皆配りもので忙しいからな。藤桜司(とうおうじ)なんて何日かかるのやら」

 生徒会長を務めるβ様の第二性別はβだけれど、副会長の藤桜司先輩はαだ。この学校に通うαにとっての王様は、受け取る贈り物の数が段違いらしい。

 いつも余裕綽々なザ・お坊ちゃんも、こういう時は必死な顔してるんだろうか。


 

 どこかざわついてる寮の廊下を抜けて、目的の部屋にたどり着いた。通された部屋の中はいつも冬弥からする匂いがふんわりと漂っている。

「お、お邪魔します」

 もう何度も来てるはずなのに、こんなに緊張した事はないかもしれない。

 鞄の中には今朝入れたチョコレートがそのまま居残っている。このまま渡すべきか。配り物として認識されてるんなら、いっそしまったままにするべきか。

 同じことをずっと考えてる間に、リビングのソファに座るようにだけ言って部屋の主は奥に引っ込んでいってしまった。

「春真。これを」

 声をかけられて視線を上げた先にあったのは、黒に近い茶色の包み紙に金のリボンが巻かれた四角い何か。

 ……よく見ると包み紙にうっすらロゴみたいなものが入っていた。高級品だなんだって騒いでた朝の配り物より、だいぶ値段がヤバそうな気配がする。

 

 恐る恐る受け取って贈り主を見るけど、「開けてみてくれ」と微笑みを浮かべた顔がひとつ頷くだけ。結局渡されたものの正体は不明のまま、若干びくつきながらリボンを解いた。

 開けた箱の中には少しずつ色の違うチョコレートが四つ。しかもなんか繊細な模様や飾りがついていて、スーパーで見た物とは明らかに出来が違う。

「こ、これ、は……一体誰から……」

 こんな高そうな物を庶民に撒くのはやめて欲しい。何だか怖いから。

 強いて言うなら副会長あたりからだろうか。だとしたらまだ、良いもんやるからガンガン働けって意味合いに取れるからマシかもしれない。どっちにしても食ったが最後って感じがして怖いけど。

「もちろん俺からだ」

「え。副会長じゃなくて?」

 もう頭の中で副会長にこき使われる想像を膨らませてたせいで、ついその一端が口から出てきてしまった。

 

 間抜けな返答を聞いた瞬間、機嫌良さそうにしていた目の前の顔が渋いものに変わっていく。

「何故そこで籐桜司が出てくるんだ」

「いや、何か……こういう配りものしそうなのは副会長かなって」

「配りものじゃない」

 むっとした顔が近付いてきて、その唇が鼻先に触れた。視線が痛いくらいに真っ直ぐぶつかってくる。何だか落ち着かない。

「世間では意中の相手に渡すんだろう? だから……春真にだけだ」

 渡されたチョコレートの意味を認識させられて、一気に顔が熱くなっていく。どう返せば良いんだろう。上手く言葉が出てこない。

「あ……りが、とう……」

 しばらく無言のまま見つめ合って、ようやく喉に引っかかりながらも声を押し出した。

 

 つまるところ、今自分が見つめてるのは本命のバレンタインチョコで。

 そんなもの生まれて初めて貰った。義理チョコですら、貰うのは家族とクラス全員に配るタイプの女子くらいしか居なかったのに。

 そこでふと思い浮かぶのは、渡しそびれたままのチョコレート。

 慌てて床に放り出してた鞄を引っ付かんで、中から紙袋に包んだ例のブツを取り出す。ラッピングされた箱を差し出すと、恋人は不思議そうな顔をしつつも受け取ってくれた。

「ふ、普通の店で買ったから……貰ったやつほど立派なもんじゃないけど」

「……配りものか?」 

「んな訳ないだろ! そんな文化オレ達にはねぇし!」

 もっと言うと男子がチョコレートを買う日でもないけど。男同士でそこを考えるのは野暮だろう。

 

 開けてもいいかと尋ねられて頷くと、物凄く丁寧にラッピングを外して開け始めた。

「アンタの好みとか分からなくて……その、無難なやつ棚から選んだだけなんだ……ごめん」

「買いに行ったのか? わざわざ?」

「さすがにチョコまで通販しない。皆についてきて貰って、スーパーで選んだんだ」

 言うほど情けなさが積み上がっていく。

 けれど箱を開けた恋人は驚いた様な顔をして、ぐっと座る距離を詰めてきた。華奢な体がもたれ掛かるみたいにして体重を預けてくる。

「俺は雰囲気にのまれて、売場にすら入れなくてな。結局外商に頼ってしまった」

「がい、しょう……?」

 外商は得意先にやってくる店の訪問販売員のことらしい。なんだそれ。お坊ちゃん社会、本当になんでもありだ。


 しかも頼ったのは百貨店の外商だったっていうから、貰ったものはそこの商品だってことになる訳で。

 渡したものとの落差が凄そうだけど、もうなにも考えない事にした。貰ったものと釣り合うチョコレートなんてスーパーで買えるわけがないし。

「お前が店まで足を運んでいたなんて思わなかった。わざわざ俺のために選んでくれたのが嬉しい」

 至近距離から向けられた蕩けそうな微笑みに、言葉も考え事も全部吹っ飛んでしまった。


 ……可愛い。

 なんだそれ。その顔は反則すぎる。

 

 甘えるようにすり寄せられる頬。それはほんのり赤くなっているように見えた。思わず手を伸ばして触れると、薄い茶色の瞳が瞬いて。

「来年は一緒に選びに行こう。俺もお前の好きなものが知りたい」

 甘えるような声。甘ったるい言葉。

 喉の奥へ引っ込んだ言葉が出てくる気配は少しもなく。ぎこちない動きで、たった一度頷くだけで精一杯だった。

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