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はざまの中の僕らの話(短編集)  作者: むらくも
2年目
15/17

β様と夏祭り【β×Ω】(3)

 夏祭りは、近くの神社がある小高い丘の麓で開催されている。

 昼間に神輿が街中を練り歩いて、縁日の広場に戻ってくると露店の灯りが一斉に点く。賑やかな御囃子が聞こえ始めたら縁日開始の合図だ。

「色々な店があるんだな」

 深い緑色の浴衣を着た春真に話しかけてきたのは、紺色の浴衣を身に着けた冬弥。紺色にグレーの縦縞が細かく入ったそれは春真が中学に上がった頃まで着ていたものだ。

 まさか自分の着ていた浴衣に身を包んだ恋人が隣を歩いているとは。これは母親を拝まずには居られない。

 

 きらきらとした目で縁日の風景を見回しながら、冬弥はあれは何だこれは何だと質問をしてくる。ヨーヨー釣り、金魚掬い、当て物、射的……説明がわりに目に映るものを手当たり次第に体験させてみる事にした。

 それを見越してなんだろうか。父親から貰った小遣いはいつもより金額がかなり多い。

「アンタ上手いなぁ。射的が好きなのかい?」

「いえ、初めてです」

 そんな雑談をしながらも冬弥は撃った弾を的に命中させる。

 そうやって撃ち落とされた景品がすぐ近くに山積みにされていて、店主は笑顔が引き攣っていた。ちょっと泣きそうにも見える。

「お褒め頂けるのであれば、参考にした皆さんの腕が良いのでしょう」

 キラッキラした笑顔で謙遜しても、景品の山が隣にあるせいで全然そう聞こえない。むしろ皮肉だ。

 初体験だって言いながら行く先々で好成績を叩き出すもんだから、周りから「ソイツを連れてくるな」という圧が春真に向かって飛んでくるようになってしまった。

「やっぱエリートは違うな……」

 普通、参考にしただけで六割も的に当てられないと思う。


 射的のおっちゃんから勘弁してくれと泣きが入った所で、冬弥を連れて食べ物の屋台へ向かった。

 ちなみに撃ち落とした景品は返した。持ち切れないから。光る腕輪だけ二つ貰って、パキンと曲げて光らせる。ぼんやりと緑色に光る腕輪をそれぞれつけると、それだけで祭りに来た感が上がった気がした。

「綺麗だな」

 まじまじと腕輪を見つめる冬弥は目を細めて微笑みかけてくる。ご満悦そうで何よりだ。

 ちょっと熱くなった頬を誤魔化すように手を引いて、たまごせんべいや焼きそばに食指をのばす。焼きそばはともかく、たまごせんべいみたいなジャンクフード全開の食べ物は見た事がないらしい。まじまじと渡されたものを見つめて、恐る恐るといった様子で口に運んでいた。

 塩気の後はミルクせんべいにかき氷と、デザート的なものも冬弥は平らげていく。

 二人っきりで居る時以外はβ様モードの顔を見る事が多いけど、こうして見ると普通の高校生だな。体格のせいで中学生に見えなくもないけど。

「あれは?」

「綿あめ。砂糖を綿みたいにしたやつ」

「へぇ」

 大きな袋に入った綿あめが吊られている下には、その綿あめを作る機械が置かれていた。小さい子供に混ざってザラメが投入される様子を見ていたと思ったら、出来上がっていく綿あめを見て一緒に感嘆の声を上げている。

 その様子が面白くて。

 つい売られていた綿あめを購入してしまったのだった。


  

 さすがに来てから歩きっぱなしで疲れてきた。デカい綿あめを二人で分け合いながら、休憩場所を探して歩く。

 ……半分くらい周りの子供にあげたはずなのに、全然減らないな。

「ありがとうな、春真」

「なに、急に」

「新鮮な体験ばかりだ。食べ歩きなんて出来るとは思わなかった」

 綿あめをつまみながら、冬弥は目尻を下げて微笑みかけてくる。

 行儀よく育てられたはずのお坊ちゃんに、こんな事を教えていいんだろうかと思う事もあったけれど。楽しそうに笑ってくれるとやっぱり嬉しい。

 ――けれどふと、周りを歩く人間が視界に入って。

 ちらちらと冬弥を見て興奮気味に何かを話している女子がいる事に気付いた。一人や二人じゃない。いくつかのグループが見慣れない美形を熱心に見つめている。

「……飲み物買おう」

 妙にその視線が気に障った。

 もやもやとした気持ちを振り切るように少し足早で歩いて、男性客が比較的多い飲み物の屋台に冬弥を捻じ込む。

 入った先は飲み物というよりも、ラムネの店。明るい電灯の下には大きな氷が入った水槽が置かれていて、そこにラムネの瓶が沈められていた。

「どうした?」

「何も。祭りならラムネだろって思って」

 周りの奴らがアンタを見るのが嫌だったなんて、そんな心の狭い事を言える訳もない。

 さっさと店のおっちゃんに瓶を二本注文して代金を払う。冬弥は何か言いたそうだったけれど、何も言われなった。

 

 外の作業台に移動して、買ったラムネの栓を早速開ける。

 周りがどうするのか観察したらしい冬弥はさすがの一発成功。けれど春真は噴水の様に中身が噴き出して、おまけに顔面で思いっきり受け止めてしまった。

 ラムネ歴十年は経ってるはずなのに。無念。

「あれ、春真じゃん! 帰ってきてたのかー!」

 爆笑する冬弥にハンカチで拭いて貰っていると、聞き覚えのある声が春真を呼んだ。

 日焼けした肌に、短く借り上げた髪。近所の高校にあるサッカー部のユニフォームを着たそいつは同じ中学でつるんでた友達の一人だった。

泰介(たいすけ)。ただいま」

「帰ってくるなら連絡しろよなー!」

「悪ぃ」

 そういや去年は同じ中学のグループでここに来たんだ。たらふく買い食いして、射的で競争しながら馬鹿笑いして、いつの間にか始まった花火を見て。冬弥との時間とは別の意味で楽しかったな。

 去年の事を思いながら話していると、後ろから数人の男女が合流してきた。

「あっ、行家だ! おひさー!」

「……おう」

 げっ、と声に出なかったのは褒めて欲しい。

 後からやって来た奴らの男子は殆どがいつもつるんでた面子。だけど今年は女子が混ざっていた。多分誰かの彼女が居るんだろうけど。

 春真に声をかけてきた女子は超面食いで有名な奴だ。しかも自称・恋多き女。

「やっば、めっちゃカッコいい人が居る!」

 そんな奴が、普段見かけない美形を見逃すはずがない。その鶴の一声で他の女子の視線も一斉に冬弥へ向いてしまった。

 目の色が変わった女子勢は案の定、冬弥にあれこれ話しかけて気を引こうとし始めたようだ。やんわり距離を取ろうとしている手を取り、一緒に回らないかと誘いながら腕を絡めようとする。春真の、恋人の目の前で。

 ――ムカつく。

 さっきからモヤモヤとしていた気分が最高潮に達して、はっきりと嫉妬に変わっていた。


「ありがとう。だが、今日は恋人と一緒に回りたいんだ」


 そんな声が聞こえたと思えば、腕にするりと何かが巻き付く感触がして。

「えっ、恋人って」

 驚いたような級友の視線が自分に向いてようやく、冬弥が腕を絡めて自分に寄り添っているのだと認識した。ぽかんとした顔から向けられる視線がちくちくと突き刺さってくる。

「そろそろ行こうか」

 少し強く腕を引かれて歩き出す。

 後ろの方で恋多き女が何か喚いていたけれど、具体的な内容までは頭に入ってこなかった。

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