ある魔術士師匠の一日
1
魔術士師弟の朝食の話題は、もちろん魔術に関連するものばかりである。ちなみに炊事や炊事に必要な薪割りは、師弟そろっての分担制だった。今朝の朝食はラフリーの担当で、弟子のアスクが担当するより軽めの朝食となる。家事全般については、つい最近まで現役で家事手伝いをやっていたアスクに対して、悔しいが一歩──か、二歩か、三歩以上──劣る自覚はある。師匠としての威厳を取り戻す意図も込めて、ラフリーは話を振った。
「じゃ、そろそろ次ね。錠を閉める魔術もあるけど、今後のことを考えたら覚えといた方が良いのが一つ、ある」
アスクは目を輝かせながら即答する。
「空飛ぶ呪文っ!」
「夢の中だけにしてね、飛ぶのは」
呆れながらラフリーも答える。そろそろ、この突拍子もないアスクの言動には慣れてきた。
「……ひょっとして、あるのっ?」
「探したことないから知らない。
興味あるなら魔術士学校の蔵書でもひっくり返して探してみることをお勧めするけど、まずは学校へ潜り込めるようになるところから始めてね? ちゃんとした魔術士として向こうから認められれば勝手に誘ってくるわよ」
「学校、入ってないのに試験されてるの? 何それ怖い」
明らかに恐ろしいものを見たような態度でアスクが聞き返した。ラフリーとしても自分が魔術士学校から見つけられたときを思い返すと、盗み見されていた──恐らく、本当にされていた──ようで良い気はしない。しかし同時に、それが数少ない魔術士候補の発掘法であることも理解できていた。
「似たようなものだし、そのために使われているのが覚えといた方が良い魔術。魔力の流れを感覚として把握できるようになる魔術があるのよ」
「何故それを先に教えない、師匠」
急に態度の悪くなったアスクを軽くいなして答える。
「どれが魔力の流れかわからないと説明しにくかったから。
この魔術を使うと見えないものが見えるようになるし、聞こえているものが別なものに聞こえるようになったりもする。場合によっては誰かの存在を身近に感じられることもあるわよ」
「いつも一緒に? や、まだちょっと早いっていうか、ちゃんと手順を踏んでから……」
器用に全身をくねらせながら照れるアスク。控えめに言っても、気持ち悪い。
「気持ち悪く照れるな。
魔術士にとっての身近な存在って『見えざる隣人』と呼ばれてる、魔術の仲介者みたいな誰かよ? 見えないからイイ男なのかどうかは私も知らない。見かけたら、どうだったか教えてね」
「見たことある人、いるの?」
「記録上はいないらしい。経験上にもいない。まぁ、だから『見えざる』なんでしょ。呪文の冒頭お決まりな一文は、彼ら『見えざる隣人』への呼びかけよ。詳しい意味は自分で追いなさい」
「はーい……って、つまり魔術士学校の誰かが、その魔術を街中でバンバン使ってたりする訳? 世界は魔法で満ち溢れているなぁ!」
ひねくれたり素直になったりと忙しいアスクだが見ていて飽きないときと、しつこいときと感心するときが三分の一ずつ同居している感覚がある。この感情表現の豊かさは果たして魔術の習得に対して有利に働くのだろうか、とラフリーは拙い師匠目線で考えてみたりもした。結論としては、まだわからない、だった。とりあえずは師匠らしい答えを授けてみる。
「バンバン使うというか、たぶん行使し続けながら歩いてるわね。ずーっと使ってる感じ。一発で結果の判明する錠開けの魔術しか習得してないと、肌感覚としてはわかりにくいかも?
ちなみに意外といるわよ、使いっぱ。魔力を感じ取る訓練の補助として使ってる魔術士学校の生徒や、魔術士捜索の仕事を割り当てられてる魔術士が街中を使いながら巡回してたりもする。私も訓練の補助として、ちょこっとやったことはある。集中力いるから、割と面倒だったけど。でも現実には影響を及ぼさない魔術の急先鋒みたいな呪文だから、ね。隠れたい魔術士にとっては迷惑千万だけど」
「隠れたいの?」
「自分の研究を狙っている連中とかから隠れたい魔術士は割といる、らしいわね。会ったことないけど。でも研究って大抵は魔術がらみで狙ってくる連中も同じ魔術士だから、果てしない泥沼だ、って噂は聞いたことある。
私は隠れようなんて思わないかな、生きづらそうだし」
「ふむ……日記を書くだけなら魔力も何も要らないもんね」
「そうね。魔力を使わない魔術研究って分野によっては不可能だけど、私たちがやろうとしているのは、そんな問題にならないわね。魔力を使わない、は流石に無理だけど」
「書くには要らないけど、試すには要るもんね。私も使いたいし」
よし、話が戻った。ラフリーは好機を逃さない。
「そういうこと。
ということで……はい、これが魔力感知の呪文。とりあえず覚えて。私は今日、午後は丸ごと出かけるわ」
「どこいくの?」
「魔術士学校。聞いて驚け、センパイしてくる」
2
ラフリーは魔術士学校に入学したことがない。今のラフリーのような市井の魔術士に師事し、修行の末に魔術士学校から「見つけられ」た。魔術士学校の生徒とは先輩後輩の関係でもなければ、もちろん師弟の関係でもない。
今回の招聘は形こそ客員講師ではあるが、立場としては「『魔術士』という職場で働いている先輩」に限りなく近い。依頼されたのは生徒たちの前で新進気鋭の魔術士として講演と質疑応答。その後には軽食が供される懇親会と、魔術士学校の講師陣から夕食の誘いまでが付いてきた。食欲で話を受けた面は、少なからずある。
食欲以外の理由としては自分の研究にも弟子の研鑽にも役立つ、書庫に収められている蔵書の閲覧と写本作成の許可だった。ラフリー自身の研究に必要なこともあるが、弟子へ教える魔術の一つも仕入れたいし、アスクにしても「魔術士の助手」としてならば間接的に蔵書の閲覧までは許されるはずだった。もしかすると間接的な閲覧から、アスク自身が自発的に習得したいと思うような魔術に出会えるかも知れない、とまで考えている。
アスクとの買い出しの最中は、そんなことばかりを考えていた。不肖の師匠には勿体ないほどの才能を恐らくアスクは秘めている。弟子入り一週間での魔術の習得は才能以外の何物でもない、とラフリーは考えていた。
午後は出かける、ということで昼食の準備より先の日常作業はアスクに一任した。お駄賃は「持って帰れたら持ち帰るお土産としてのごちそう」だが、冷静に考えずとも持って帰れる訳がない。空手でする約束は気が軽い。
「じゃ、行ってくるわね。掃除は角を丸く掃くだけでいいし、洗濯は数日くらい困らない程度で切り上げていいから、魔力感知の呪文暗記と、やれるなら実践ね」
「あ、それちょっとお願いがある」
「ん? なぁに?」
「明らかに魔力が感じられるものって、先に教えといて」
「私の実験道具のうち、幾つかは魔力が残っているけど、はっきりしたのがあった方が良いかもね。なるほど。じゃあ……」
そう言うとラフリーは、アスクが錠開けの呪文の修行に使わせていた錠前へ魔術を施し始めた。
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Open the locks that shut your territory.
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Lock up your territory tightly.
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Open the locks that shut your territory.
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Lock up your territory tightly.
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Open the locks that shut your territory.
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Lock up your territory tightly.
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Open the locks that shut your territory.
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Lock up your territory tightly.
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Teach me the flow of power that you feel.
ラフリーの詠唱が終わるたびに錠前は音を立てて開いたり閉じたりを正確に四度ずつ繰り返し、最終的には閉じた。最後に確認として魔力を感知してみる。魔力も魔術も正常に働いた。
「……ふぅ。連発は流石に面倒だわね。でもこれでしばらくは魔力が感じられるはずだから、当座はコレでやってみて。
もしも実践まで上手くいって錠から魔力が感じられなくなった、と判断できたら、魔術で開けても魔力の影響下には入るから自分でやってみて。考えたら、それはそれで良い練習になるわ。
とゆことで、初っ端だけは私からの贈り物ってことで」
「贈り物ついでに、錠を閉める呪文も教えといて」
アスクが慌てて言葉を繋げた。ラフリーも思うところを率直に伝える。
「覚えるのは一つずつのが、混乱しなくて良いと思うけど?」
「実践したくなったときに呪文がわからないのは辛い。駄目元で教えといて。さっきのを聞き取りだけで、は厳しすぎたわ」
「もう、ある程度は読めるわよね? 錠を開ける呪文のすぐ下に書いてあるから、それ見て。読み方は……さっきの私の詠唱を思い出しながら、やれるだけやってみて。でも魔力を付着させる、という意味だと開錠の呪文だけで事足りてるから、それは忘れないで」
「魔力を込めないで、もう一回だけ聞かせて」
「……手ぇ抜いてもいいけど、ちゃんと家事もやっといてよ? じゃあ、冒頭は省略で。
Lock up your territory tightly.
えーい、おまけだ。魔力感知は、
Teach me the flow of power that you feel.」
「ありがと。まずは家事を片付ける」
「じゃ、今度こそ行ってくるわね」
「いってらっしゃい、師匠」
ラフリーを送り出した後に、さっそく聞きかじった呪文を呟きながらアスクは一人だけの昼食に取り掛かった。
3
「……要するに『出てこい』と『引きこもれ』と『ちょっと教えろ』なのよね」
昼食をあっという間に平らげて片付けも終わらせ、目についたところだけを掃除し、三日分の衣類だけを確保して洗濯を終わらせることで、アスクは夕食の準備を始める時間までを練習時間として確保した。
とりあえず魔力感知の呪文を横目に見ながら、今の自分の手が届く範囲にある魔術について再点検する。錠開けと施錠と魔力感知の呪文だ。一行目の細かい意味は「隣人ちょっと手、貸して」である、とアスクは理解していた。
二行目が隣人に対する手を貸して欲しい内容となるのだが、どうやら具体的な内容であったり抽象的であったりと様々だった。ラフリーから雑談で聞いた話と、目の前の呪文帳にある後半以降の記述によれば三行目以降がある呪文もあるようだが、これは流石に早すぎる、として見なかったことにした。
「なるほど、わかった。確かに丸暗記した方が早そうね。でも施錠の呪文の方が、やっぱり想像しやすいわ。先にこっちやっちゃお!」
アスクが口の中でもごもごと練習して始めたのは、ラフリーに言いつけられた魔力感知の呪文ではなく施錠の呪文であった。幾度か繰り返した後、食卓がわりにもなる作業台の上をなんとなく片付け、空いた空間に練習用の錠前だけを置いた。
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Open the locks that shut your territory.
錠前がカチリと小さな音を立てて開いた。アスクが最初に覚えた、覚えたての開錠の呪文である。一発で成功したことも含めて、よし、と小声で納得したアスクは、すぐさま次の呪文を詠唱する。
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Lock up your territory tightly.
閉まらない。「そうか、がっちり閉めろか」などと言いながら二度目の詠唱。
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Lock up your territory tightly.
やはり閉まらない。「戸締りは大切に」と思い浮かべ、声に出してから三度目。
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Lock up your territory tightly.
今度も開いたままだった。「そんな簡単にはいかないか」と独り言ちたアスクは作業台の錠前を放って、おとなしく施錠の呪文を覚えることに集中し始めた。言い淀みがあるのかも知れず、気楽さが足りないのかも、などと思いながら。
4
「それでは本日はよろしくお願いしますね」
そう語りかけてきたのは、魔術士学校の校長だった。いや、ひょっとすると上級組の担任講師だったかも知れない。要するにラフリーはわかりやすく、あがっていた。ラフリーにとっての魔術士学校は、巡回魔術士に見出されて連れて来られた当時から現在に至るまで一貫して緊張を強いられる場所であった。正直さっきまで忘れていた。
えいやと飛び込めばどうにかなるだろう、という無計画のまま物事へあたるラフリーの姿勢は時に良い状況を生み出すが、飛び込むだけではどうにもならない場合もある。今回がそうだった。
講演だというのに原稿の一つも用意しておらず、担任講師から感嘆と共に指摘されて初めて気づいたほどだ。そう考えると刻前四半もの間いったい何を喋れば良いのか、急に不安になってきた。
物怖じしない性格ではあるラフリーであっても、及び腰になるときはなる。今さら冗談交じりに、引き受けたのは食事目当てだった、とでも言ってみようか考えてみた。しかし、さすがに目を剥いて怒られそうなので止めた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。何か粗相をしでかしそうな気もしますが、笑って許していただけると助かります」
緊張から物言いが素直になった。「はっはっはっ、またまたご冗談がお上手ですな」と返されて背中にまた一筋、冷や汗が流れる。食事は辞退するから講演も辞退、などと言ったならば本当に怒られるだろう。えーい、と心の中で叫んでラフリーは諦めた。
「実は今日の講演は上から目線で偉そうに私が話し続ける講演ではなく、生徒の皆さんと近い立場を利用して、生徒さんからの質疑に積極的に応じていくような講演にしてみたいと思っています。
その方が生徒さんたちの興味を惹きつけることができる、と思うんです。講演の後の質疑応答は意味なくなっちゃうというか、全体が質疑応答になっちゃう感じなんですけど……大丈夫ですよね?」
「なるほど。その方が普段の講義に近い形式になりますし、馴染みがあるので聞きやすいと思います。生徒たちも自分の興味のあることを聞ける訳ですから、ラフリーさんのご都合が悪くなければ是非ともお願いします」
よし、言質とった、とラフリーはほくそ笑む。
これで講演時間のすべてを一人で話し続ける必要はなくなった。生徒から質問の二つ三つでも引っ張り出せれば、半刻ぐらいは稼げるだろう。刻四半ほどなら一つ二つの話題を捻り出すことさえできれば、どうにかなりそうだ。
あとは捻り出すだけである。一つでも質問があれば、そこから無理やり話を広げるのも悪くない、とラフリーは皮算用すら始めた。取っ掛かりの話題だけは、いきなり生徒へ振る訳にもいかないため捻り出さなければならないことに変わりない。話題一つなら、あと刻四半もあれば調達できそうだった。
「生徒さんたちの習熟度、のようなものを伺っても構いませんか?」
ラフリーは照準を上級組の担当講師に合わせて問いを発した。狙い違わず担当講師が答える。
「上級組の七名で、幾つかの魔術を習得している者がほとんどです」
「一番多い子と一番少ない子は、それぞれ幾つずつ習得しているのでしょうか?」
「多いのは断然スペリオルという女子で、四つの魔術を習得しています。苦戦しているのはインフェリオルという、スペリオルの双子の弟ですね」
話題の取っ掛かりが増えた。助かる。
「インフェリオル君が伸び悩んでいる理由に心当たりは?」
「魔力の流れについて理解が及んでいないようです。こちらとしても説明しにくい部分ではあるので、気にしないよう言ってはいるのですが……なかなか」
「それじゃあ、ちょうど平均くらいな実力の生徒さんは?」
「平均ですか……ミッドストでしょうか。実力も組での立ち位置も中庸と言える男子で、誰とも分け隔てない付き合いがあるようですね」
「よし。とりあえず三人も押さえれば、あとはどうにかなります。いま伺ったお話を講演で使わせていただいて構いませんか?」
「インフェリオルを揶揄するようなものでなければ、構いません」
「それはお約束します。私も出来の良い弟子ではありませんでしたし、棚上げして人のことなんて言えませんよ」
ここぞとばかりにラフリーは慈愛に満ち溢れた──と本人は思っている──笑顔を浮かべ、担当講師へ微笑み返す。しかし優しさや、ましてインフェリオルを慮ってのものではなく、話題が調達できたことに対する満足の笑顔だった。ラフリーの中で方針は固まった。
5
ラフリーが校長と担当講師に伴われて上級組の教室へ入ると、自由に騒ぎ立てていたであろう生徒たちは一瞬で鎮静化して、再び少しだけ騒ぎ出した。明らかに注目されていることを感じ取って、つい一刻半ほど前には詠唱していた魔力感知の呪文を無詠唱で行使した。
校長のありがたいお言葉の先触れとして、担当講師が生徒たちへラフリーを簡単に紹介する。
「こちらが今日の講演してくださるラフリー先生。詳しい話は校長からしていただくが、この若さで既に弟子を取っておられる才媛であり……」
紹介のされ方に雑さは感じたものの、今は生徒たちを観察することで忙しい。軽い会釈だけで挨拶を済ませ、文字どおりのすまし顔で校長の横に立ちながら成果を確認していた。魔力感知を使っているのが三人とは生きのいい生徒が揃っている。さすがにないとは思っていたけれども魔力隠蔽の呪文を使えるような巧者は、やはりいなかった。
いつの間にかラフリーを紹介する人間が講師から校長へ変わっていたが、ラフリーはすまし顔から魔力感知でラフリーを観察していた三人へ向けて意味ありげに笑いかけていた。もちろん意味はある。その意味とは端的に言えば、舐めるなよ、だった。
「……というように今の皆さんと立場の近しい方でもあります。今回は様々な質問へ答えていただけるとのことなので、良い講演となるであろうと確信しております。既に忌憚のない交流をされているようですし、そろそろ始めていただきますかな、ラフリー先生」
校長からの呼びかけに応じ、ラフリーは魔力感知の呪文を捨てて現実的な対応を始めた。
「担任の先生と校長先生のお二人から紹介に預かりました市井の魔術士、ラフリーと申します。それでは早速、講演を始めさせていただきます。
……で、しゃちほこばったのは私も苦手なので、ざっくばらんに行かせてもらうから、あなたたちも遠慮しないで頂戴。まずは魔力感知で観察してくれてた三人から自己紹介してもらおうかしら? そうね、まずはあなたから」
と三人のうちの一人を指名した。魔力感知の呪文を使っていたのは男子生徒が一人と、女子生徒が二人だった。指名したのは敢えて男子生徒。話す前に魔力の霧散した気配が感じられたので、黙って集中するだけで精一杯なのだろう。それでも悪い腕前ではない。
「はい。リクワイアード魔術士学校、上級組のミッドストです。ところで私たちはラフリー先生のことを何とお呼びすれば良いでしょうか?」
「先生、と呼ばれることには慣れてないので、さん付けで勘弁しといてくれると助かる。よろしく」
「わかりました。ありがとうございます、ラフリーさん。よろしくお願いします」
「じゃ、次。女の子二人だけど、そっちの子からお願い」
「はい、ラフリーさん。私はリクワイアード魔術士学校、上級組のカーサーです。不躾で申し訳ありませんでしたが、よろしくお願いします」
「不躾を謝る必要はないわ。こういう歓迎って私、好きよ? よろしくね。じゃあ、最後のあなた。お名前は?」
「はい、上級組のスペリオルです。部屋に入ってから急に魔力が立ち上がって驚きました。無詠唱ですか?」
「そうよ。習得した魔術を詠唱しているようでは、まだまだ……とは言わないわ。いつでも無詠唱が良い、とは限らないから」
「無詠唱の方が悪い局面とは、どういうときでしょうか?」
「悪い、とも言えないのよね。今みたいにこっそり使いたい時なら、もちろん無詠唱に限るけど、はったり効かせたいときなんかは外連味たっぷりに詠唱した方が効果的な場合もある。
あなたたちは魔術の習得に関しては、ひょっとすると私より優れているかも知れない。でも魔術を実践する者は、習得した先の使い方にも気を配る必要がある。その辺りの話をこの刻前四半でできればいいな、と思ってるわ。よろしくね、スペリオルさん。
で、私は他の四人の自己紹介も聞きたいな」
残る四人は発言を求めての挙手を経て自己紹介を終えた。一番最後にラフリーが水を向けて初めて自己紹介へ踏み切ったのがインフェリオルだった。どうにも自信なさげな様子は今の彼の苦境を如実に物語っているようで若干、痛ましささえ感じられた。
「……ありがとう、インフェリオルくん。そんなに緊張しないでね? さて、紹介はしてもらったけど改めて。
私はラフリー。街中で魔術士やってるわ。最近になって弟子を一人とったのは、もう先生が仰ってくださったわね。あなたたちの目論見に気がついたので無詠唱で魔力感知を使ってみました。私の行使も皆さんの行使も共に先生お二人は大目に見てくださっていることですし、交流の初手は上手くいった、ということにしておきましょ」
「でも興味があるから聞きたいんだけど、私が魔力感知に気づかなかったら、どうなってたのかしら?」
このラフリーの問いかけに、スペリオルが真正面から答えた。
「今ほど親しんだ感じでお話を伺うことはなかったかと思います」
「じゃあ、忠告を一つ。
魔力感知の詠唱については、相手に聞かせる必要ないわよね? せっかく他の四人に騒ぎ立てて貰ったまでは良かったんだから、自分たちの詠唱も小さくしよう? 行使を隠したい相手に詠唱が聞こえてたんじゃ全然、意味ないから」
同時にラフリーが考えていたのは、校長と担当講師についてだった。彼ら二人も生徒の詠唱には気づいていたはずだが、それをラフリーに教えることはなかった。そういう意味でも試されているのだな、とラフリーは気を引き締め直した。
「はい、わかりました。次の機会には、もっと上手にやります」
「次も私かどうかはわからないけど、期待はしてる。頑張って」
ラフリーは率直な微笑みを浮かべつつ、スペリオル達への忠告を締めくくった。
6
「さっそく親しくお話ができたところで、ちょっと質問してみようかな。優れた魔術士に必要なものって、何があると思う? 誰が答えてくれてもいいわよ」
間髪入れずにスペリオルが挙手する。ラフリーが発言の許可を与えると、鼻息も荒く答え始めた。
「多様な魔術を習得している必要があると思います。様々な魔術を習得してこそ魔術士本来の汎用性が保たれる訳ですから、可能な限り数多い魔術の習得が必要だと思います」
「魔術士の汎用性って言われると、ちょっと驚いちゃうけど、まぁ間違ってもいないわね。他には?」
「的確に魔術を行使するだけの器用さや素早さ、それに確実な魔力の運用や魔術行使の一形態としても汎用性の高い無詠唱へ至るための集中力ではないでしょうか」
「そうね、私も欲しいわ。そういう器用さとか、集中力とか。ありがとう、スペリオルさん。
で、そこに追加すると判断力が欲しいわね。どのような状況でも最適な魔術を選択するための判断力。でもこれ、授業だけではなかなか身に着けるのが難しいものだと、私は思う」
一呼吸おいて、ラフリーが続けた。
「では習得している魔術の数に、器用さや素早さや集中力と判断力があれば良いの? と追加で質問してみましょう」
当然のようにスペリオルが答える。
「では習得し、行使し得る魔術を悪用しない道義心でしょうか」
「人格者であることは他者には望まれるだろうけれど、ぶっちゃけちゃうと本人としては必ず求めなければならないものではないよね。人格者しか魔術を上手に使えないのなら、残念ながら世の中に少なからず存在する悪徳魔術士は見事に淘汰されてるはずよ。この状況は正されるべきだと思うけど現実がそうなってないのは、みんなも知っているとおりよね。おかげで真っ当な魔術士が割を食ってる訳だけど」
「ラフリーさんも割を食っているのでしょうか?」
「私個人が、という話だと、そうでもないわね。社会に対する私の貢献度が高くないから、って言われちゃうと弱いんだけど。
ま、それはさておき魔術士が良識を備えていれば他人は喜ぶだろうけど、必要か、という問いの答えとしては、ちょっと弱いかな」
ここでオフィシャスという生徒が口を挟んだ。
「弱いですか? 僕たちは、高潔であれ、と教えられています。魔術の腕の向上には必ずしも役に立たないかも知れないけど、決して蔑ろにはできない要素だと思うのですが」
「蔑ろにはしてないつもりだし、しちゃダメでもあるんだけど、あくまで『優れた魔術士』に必要なものであって『第三者から優れていると見られる魔術士』の話ではないのよ。もちろんみんなが目指すべきは『第三者から優れていると見られる優れた魔術士』なんだけど。
さっきの前提は、あくまで仮定ということを理解してもらえると助かるわ。校長先生の目の前で、あなたたちを扇動するつもりなんてないから。でも単に『優れた魔術士』という前提だけを満たそうとするなら、必ずしも人格者である必要は薄いのよ。社会的には必要だけど」
「でも私が想像している『優れた魔術士に必要なもの』には道義心も含まれてる、のかも。ちょっと自信ないけど」
「自信ないんですか」とは、スペリオルの言葉だ。
「もうちょっと引っ張っても良いけど、そろそろ私の持論を開陳するわね。
……私が想像している『優れた魔術士に必要なもの』って、意志なのよ。やる気、って言い換えちゃうと少し違ってくるんだけど、『必ずやってやる』みたいな確固たる意志が必要だとは思ってる。これは『魔術士になってやる』って大目的みたいな意志もそうだけど、『絶対この魔術を行使する』って狭い範囲の意志でもあるのよ」
「つまり、気の持ちよう、と言うことですか?」と、誰かが問うた。
「そうとも言う」
「ラフリーさん、ぶっちゃけすぎ!」
「でも道義心を貫こうとするためには、少なからず意志だって必要よね。誘惑に強い人ばかりじゃないわ、世の中って。そういう、よろしくない誘惑を跳ね除けるのにも意志は必要よ」
再びスペリオルが問いかけてくる。
「でも意志なんて教えてもらえるものでも、鍛えられるものでもないように思えるのですが?」
「そうよ。だからひっくるめて『素質』って言ったりもするわよね。本人の資質に由来する、という意味を込めて」
「では素質のない生徒は早々に見切りをつけて舞台から退場するように、ということでしょうか、ラフリーさん」
この言葉にスペリオルは敵意を込めているようだ。少なくともラフリーには、そう聞こえた気がした。そして恐らく間違いではない。
「いいえ、逆ね。
舞台に立とうと志すなら、まず何としてでも踊り切ることが重要なのよ。それがたとえ、どんなに下手くそな踊りでも、ね。それに舞台に立っちゃったら、踊りを期待してる観客を前に退場なんて、できないでしょ」
「自らを省みて、最初から舞台に立たない、という選択をすることはできると思います」
「その選択は手遅れね。魔術士見習いとして、もう舞台には立ってるのよ、あなたたち全員。あとは踊るだけ」
「やっぱり私には『向いていない人は最初から止めておけば良いのに』という風に聞こえます」
「向いているかいないかは、もうとっくに魔術士学校が判断してるわよ。今ここで私の講演らしき何かを聞いているあなたたちは、もう『資質があるかも、ないかも』なんて悩む必要がない、ってこと。素質は、ある。もちろん、ここにいる全員。それについては、担任の先生や校長先生が太鼓判を押してくれるはずよ」
この言葉に担当講師が慌てて頷くが、校長は静観を保っている。ラフリーとしては当初、質疑応答で逃げ切るつもりだったが少し熱くなってしまった。熱くなってはしまったが、時間稼ぎという意味では大助かりである。もう時間を稼ぐ意味がないほど、時間を費やしつつあるためだった。
7
「もう一度、言うわね。これ凄く重要だから。
少なくとも今ここにいる七人については、素質については保証されたようなものなの。心配かも知れないけど、きっと校長先生は校名を賭けてでも保証してくださるわ」
この言葉に校長先生が深く頷いた。
「だから、あとはそれぞれのやり方で頑張れば、魔術を使えるようになる、なんてことは造作ないことないのよ。問題は使い方。いつ使うか、どこで使うか、どのように使うか、誰に対して何に対して使うか、そもそもなぜ使うのか。これらを決めるのは、あなたたち一人ひとりの意志なの。
じゃあ、試しに聞いてみましょう。この中で一番多くの魔術を覚えている、と思っている人は誰? 自薦他薦は問わない」
予想に違わずスペリオルが黙って挙手する。他の生徒たちも口を挟まずスペリオルを目線で追っているので、周知の事実であり認めるところなのだろう。
「じゃあスペリオルさん。差し支えなければ、どんな魔術を覚えているのか、教えてもらえる? 私のような外部の者には隠したい、というのであれば尊重するから申し出て。それ以上は聞かないから」
「いえ、問題ありません。魔力感知、時報、開錠、施錠の四つです」
「それらを覚えるために、あなたはどんな努力をした? 努力もなしに気づいたら覚えてました、みたいな話だったら、それはそれでも良いわ」
「いきなり、どんな努力を、と言われると難しいですが……呪文の暗唱は思ったほど苦にはなりません。ですが魔力の乗せ方には努力が必要になります。確実に魔力を乗せようとすればするほど、上手に乗せられない気はしています」
「力を抜いた方がうまくいく、はウチの弟子も言ってるから、案外にそういうことなのかもね。ちなみに次に取り掛かっている魔術は何?」
「軽量化です」
「なるほど。私も、もう少し痩せたいのよね。ま、それはおいといて、ありがとうスペリオルさん……じゃ、次。
この中で覚えている魔術の数が一番少ないと思ってる人は誰? これも自薦他薦、問わないわ」
生徒たちは誰も何も反応しなかった。まさに腫れ物に触ろうとして触らない様子だ。やがて、おずおずとインフェリオルの手が上がる。
「はい、インフェリオルくん。ちなみに一個も覚えてない、とか?」
「……そう、です」
「覚えてないの? 行使できない、ではなくて、覚えてるか覚えてないか、の話。使えなくても覚えてるなら、それは覚えてる数に入れてね?」
「……あ、そういうことなら、ごめんなさい。その、間違えました」
ここでインフェリオル以外の生徒たちが顔を見合わせ始める。
「ちなみに幾つ覚えているか、聞いても良い? 覚えてるもののうち、幾つかは魔力を乗せないで詠唱してもらうけど」
「はい、八つです」
どよめきが生徒たちからはもちろん、担当講師からも漏れた。
「ちなみに、どんな魔術を?」
「魔術は魔力感知、時報、開錠、施錠、重量化、軽量化、腹話術、魔力隠蔽です。それと獣避けと遠望の呪術も文言だけなら、覚えています」
「じゃあ十個じゃないのよ。なるべく正確に話してね。呪術の話は私にはできないけど……魔力感知、開錠、魔力隠蔽の呪文それぞれを、冒頭一文を除いて詠唱してみて」
「はい。
Teach me the flow of power that you feel.
Open the locks that shut your territory.
Conceal all the flow of power that you feel.
……以上です」
インフェリオルの発音はラフリーが聞いても一言一句、正確なものであり速度も申し分なかった。形式に則って魔力も乗せれば恐らくは行使できているであろう、とも目星をつける。しばらく考えながらラフリーが反応を示さないでいると、インフェリオルは所在なさげに俯いた。
「……魔力隠蔽まで覚えてる上に、呪術まで。うん、予想以上だったけど予想どおりだったわ。ごめんね。実はインフェリオルくんが伸び悩んでいる、とは聞いていたのよ、私。でも行使できなくて伸び悩むのであれば原因は大体、魔力を乗せられないからなのよね。
で、そういう子がどういう風に努力するかというと、とりあえず覚えるのよね。使えないけど、ただ覚える。懐かしいわ、私も同じ道を辿ってるからね」
ラフリーの言葉にインフェリオルが顔を上げた。
「やることないのよねぇ、実際。何べん唱えたって効果なんて出ないし、魔力の乗せ方なんて私のときは教えてすらもらえなかったのよ。師匠が『教えにくい』とか何とか言ってくれちゃって、なんじゃそりゃー、と思ったもんよ。当時は」
一呼吸ついて、とどめを刺しにかかる。
「でも、そんな私でも、今ここで魔術士の卵相手に一席ぶち上げられる程度の魔術士にはなってるの。魔力の乗せ方さえどうにかなっちゃえば、あなたが優等生になりたいかどうかは知らないけど、なれるぞインフェリオル!
と同時に他の六人もうかうかしてると、さくっと抜かれるね。インフェリオルくんが魔力の乗せ方を体得した途端、実力に折り紙が付く訳。しかも魔術に飽き足らず呪術にまで手を伸ばしている好奇心。こういうのはなかなか褒めづらいんだけど、あんたたちにしてみれば手強い相手よ? まぁ、お互い頑張って」
担当講師が何かを告げようと動いたものの、校長が首を振って押し留めた。後で聞いたところ、この時点で一刻が過ぎていたらしい。インフェリオルを持ち上げるつもりで持ち上げることには成功したと思えるが、まだやり残したこともあった。この時点で止められなくて良かった、と後にラフリーは胸を撫で下ろした。
「さて、こういうことなのよ。ちょっと予想外だったけど、みんな努力はしてるのよね、方向が違うだけで。スペリオルさんは魔力の乗せ方に工夫を添える努力をしているようだし、インフェリオルくんは覚えられるだけの呪文を先に覚えてしまう努力をしてる。他のみんなには聞いてないけど、みんな自分で思い当たることの一つや二つ、あるでしょう?
私に言えることは、実はたった一つで、さっきも言ったんだけど『頑張って』ってことだけなのよね。言われなくても頑張ってるとは思うんだけど、それでも。ついでに一緒に努力している仲間が折角いるんだから、もっと使ったり使われたりしても良いと思うのよ。私には、そういうの、いなかったから」
「ラフリーさん。それでもやはり先ほどのお言葉は、ちょっと腑に落ちません」
そう言ったのはスペリオルだった。
「きっと私の言い方も悪かったわね。正直言うと、こういう講演なんて慣れてないし、その辺りは悪かったと思ってる。でもね。あなたたちはもう舞台に立ってる、ということはわかって欲しかった。それも上級組なんて言う、恐らくは魔術士学校の中でも優秀な組なんでしょう、この組?
だったら尚更よ。あなたたちより習熟度の高くない大勢の生徒たちにとって、あなたたちは既に舞台に立つ演者なの。四つの魔術を行使まできっちり仕上げているスペリオルさんも、八つの魔術と二つの呪術を覚え込んでいるインフェリオルくんも、上級組以外の生徒さんから見れば等しく『素質のある有能な魔術士の卵』なのよ……わかってもらえるかなー?」
「ラフリーさんの言葉は、まだちょっと納得いかないけど、弟がやっぱり優秀だと改めて気づけたことは嬉しいです」
当初より少し硬くなった様子でスペリオルは言った。
「……じゃあ、そういうことで円満に私の講演を終えようと思いますが、よろしいでしょうか?」
と、このラフリーの問いは生徒たちへ向けてではあったが、担当講師に対しても発せられていた。担当講師は頷いて応じ、校長も満足そうな笑みを浮かべている。どうやら、もう畳んでも良さそうだ。
こうしてラフリーの講演は幕を閉じた。懇親会の軽食と、講師陣との夕食が待っている。
8
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Lock up your territory tightly.
「くっそー、しまらなーい! 早くしないと帰ってきちゃうー! くやしー!」




