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89.危険な国

 扉の横で倒れ込んでいるユラリスさんに、皇女様を抱きしめているアルフリード。


 目の前の突然の光景に、ただただ動けずにいた私だったけれど、一旦、目を閉じて今の状況を整理する。


 これは……予想していたことなんだ。


 ユラリスさんが傷だらけだってことも、皇女様が気を失うなんてシチュエーションがあるってことも想像したことがなかったけど、アルフリードが変わってしまうってことは分かっていたことだ。


 そして、私はそんな彼がこれ以上、悲しまないように、この世に絶望しないために、皇女様の女騎士を志願して、彼女を死から守るためにここまで来たのだ。


 今、目の前で倒れている皇女様の事を、私も最優先すべきだ。


 私は閉じていたまぶたを開いて、皇女様の方へ駆け寄った。


「皇女様……」


 そう呼びかけてしゃがみ込もうとした目の前で、彼女の体はサッと持ち上げられて、私が追いかける間もなく、部屋の外へと運ばれて行ってしまった……


 脇目も振らずに、私のことなんか、まるで眼中に入っていないような、ずっと彼女の体を抱きかかえたまま必死になっているアルフリードによって……


 私が床にしゃがみ込んで呆然と足早く出て行った扉の向こうを見つめていると、その視界の端に平伏している白い装束の所に、人が駆け寄って行った。


「殿下! 殿下、大丈夫ですか!?」


 それまで周りの音が遮断されていたみたいに、私の耳には何も届いていないように感じていたけれど、突然、ユラリスさんに呼びかけるアンバーさんの大きな声がした。


 そうだ、ユラリスさんの方が外傷を負っている分、皇女様より重症なのは明らかだ。


 早く、お医者様を呼んでこないと……


 そう思って体勢を整えようと、別の方を向いた時だった。


 陛下のベッドの脇の椅子に腰掛けていたはずのリリーナ姫が立ち上がって、こちらを向いていた。


 そして、見開いたそのフサフサのまつ毛が付いている瞳から、ポロリ、と涙がこぼれ落ちて、次第に滝のように止まることなく流れ出した。


「わたくしが……わたくしがこの世で最も美しいと思っているモノをこんな姿にしたのは誰なの!!?」


 姫は金切り声を喉元から発すると、高いハイヒールで足元をヨロつかせながらも、ユラリスさんが倒れている方へ、長い髪の毛とボリュームのあるドレスを激しく揺らしながら駆け込んで行った。


 それから、ユラリスさんはお城の騎士達によって別室に運ばれて、お医者様もすぐに呼ばれた。


 皇女様と……アルフリードの様子も気になったけど、私は姫の女騎士として彼女のそばから離れずに行動を共にした。


 しかし、


「ユラリスと……2人きりにしてちょうだい……」


 意識がないものの、ベッドに横たわって時折痛そうに顔をしかめているユラリスさん。

 その白い腕についた細かい傷を、一つ一つ消毒液のついたガーゼで丁寧に手当てしながら姫はそう言った。


 その顔は真っ赤で、瞳にはずっと涙が滲んでいる。


「姫はナディクスにいらした時から、お綺麗なモノが大好きで、特にユラリス殿下は宝石のように大事になさっておいででした。ここは、私が付いていますから、女騎士さんは皇女様の元へお戻りください」


 姫は、婚約者としてユラリスさんのことを大事にする態度を取っているのは見たことがなかったけど、美しいモノとしては涙を流すほど大事にしていたらしい。


 ジョナスン皇太子様と、姫は同じ境遇なのに全然似ていないと思っていたけど、大事な人のために涙を流している姿は、全く一緒だった。



 こうして、私は王女様の女騎士を突如として解雇されることになった。


 だけど……本当にエルラルゴ王子様は命を……命を落としてしまったの?


 その真相は、ユラリスさんが回復して、意識を取り戻すのを待つしかない。


 さっき、皇女様を抱き上げて去って行ったアルフリードは、きっと彼女の自室に運び入れたのだろう。


 もしかしたら、彼はまだ絶望的な表情をして、皇女様の横で手を握りしめながら、その様子を見守っているのかもしれない。


 だけど、私は皇女様の女騎士だから、そんな光景が目の前で繰り広げられたとしても、そばで佇んでいなければならない。


 とても憂鬱な気分を抱えながら、皇女様のお部屋の前まで行ってノックした。


 カチャッと音がして出てきたのは、エリーナさんの事も診てくれた医者の家系のオルワルト子爵様だった。

 ちなみに、ユラリスさんのことは彼の息子のリエッツェさんが手当と診察をしてくれていた。


「皇女殿下はまだ目を覚ましておられませんが、あの方がずっと側についておられます」


 そう言われて、部屋の奥の白いカーテンのような天蓋がついたベッドの横には、私が想像していた通りだった。


 眠っている皇女様の手を握って椅子に腰掛けている人がいる。


 だけれど1点違うところがあった。

 その手を握っているのは……彼女を大事に想っている人の1人。皇后様だった。


 自分の胸が安堵して落ち着いていくのが分かる。


「あ、あのアルフリードは?」


 私は子爵様に尋ねていた。


「彼は先ほどまでこちらにいましたが、皇女殿下が公務に入れないため、仕事へ戻られましたよ」


 そ、そうだよね。

 本当だったら、抜け出せないほど皇女様は忙しくしていたんだから、その穴を埋められる人は彼しかいない訳だ。


 だけど……皇女様を抱え上げた時の、彼の必死な姿がまた脳裏に蘇ってきて、私の胸がチクリと痛んだ。


 私はこれから、どうすればいいのか……それはつまり、彼とどうやって結婚破棄というお別れをすればいいのか、方法を考えるということ。


 独り身になってしまう皇女様と、彼女を想うアルフリードが幸せになるために。


 そもそも彼と婚約したのは、皇女様の女騎士を人前で志願するような変な娘を隠していたエスニョーラ家を、貴族社会の世間体から守る後ろ盾になってもらうためだった。



 つまり、ヘイゼル家以外の新しい後ろ盾を探す、それしかない。



 それから数時間して、皇女様は目を覚ました。


 早朝でも、すぐに剣の鍛錬や、筋トレもできちゃうくらい寝起きですらキリッとしている皇女様なのに、瞳はうつろで、表情がボーッとしてしまっている。


 相当、王子様の訃報が応えているのが手に取るように分かる。


 手を握り続けている皇后様は、そんな皇女様をただ黙って見つめている。


「皇女様……お気づきになりましたか?」


 私が控え気味に声を掛けると、皇女様はしばらく一点をボーッと見つめていたけど、少し視線をこちらに移した。


「エミリアか……なぜ、ここにいる?」


 いつも芯のある力強い声は、弱々しい。


「リリーナ姫はユラリスさんとだけ一緒にいたいとのことで、私は解雇されました。……皇女様の女騎士に復帰してもいいでしょうか?」


 じっと、その答えを待っていると、


「ああ、もちろんだ。しかし、私との契約は夜は自宅で休んでもらう内容になっていた筈だから、今日はもう屋敷へ戻って良いぞ」


 皇女様は、少しツラそうに目を閉じながら、そうおっしゃった。


 (おおやけ)の仕事を(つかさど)るような中枢機関の役職の人や、アルフリードのような側近職は、忙しければ昼夜を問わず働いているけれど、女騎士の私は皇女様の希望で、健全な労働条件で働くように言われていた。


 リリーナ姫の時は、外国の要人ということで特例だったけれど。


 そうして私は、約3ヶ月ぶりくらいに、エスニョーラ邸から皇城へお勤めに通う日々に戻る事となった。



「お嬢様! お待ちしてましたよ、ご報告があるんです。すぐこちらに来てください!」


 屋敷へ戻って、フローリアを玄関前で使用人さんに引き渡していると、ヤエリゼ君が飛び込んできた。


 いつもの騎士団の地下にある諜報部員の秘密基地へ行くと、彼は最近ずっと見慣れている封筒を持って、私の方へやってきた。


「これは……王子様からの……?」


「今朝、やっとナディクス班から届けられました」


 私はすぐさま、手渡されたそれの封を開けて、中の紙を取り出した。


『エミリアちゃんへ


 やっとお父様も公務に復帰できるようになって、今週くらいには帝国に行けそうな予定だよ。


 そういえば、もうそろそろ君のお誕生日だよね?

 ということは、ナディクスに戻る前に断念していた、君の結婚パーティー兼、アルフリードの20歳の誕生パーティーのプロデュースできるよね!


 楽しみだなぁ。

 あの婚約式をやった大舞踏室も、どう飾りつけようか?

 前回は夜だったけど、もっと盛大にするなら、昼の明るい雰囲気から、夜にかけてロマンティックな雰囲気へ移り行くのを楽しんでもいいかもね。


 君のウェディングドレスもどんなテーマでいこうかな~。

 幸せいっぱいな花嫁さんだからね、アルフリードの母上のお庭で花に囲まれて佇んでる姿がよく似合うようなデザインがいいんじゃないかな。』


 私はカサカサ音を立てながら、震えている紙の上の文字を上から一字一句漏らさないように、目で追って行った。


「お嬢様、大丈夫ですか……?」


 ヤエリゼ君の心配そうな声がしたのとほぼ同時に、持っていた薄めの便箋の上に、ポタポタと水滴がこぼれた。


 私の頬に何かが伝う感触があって、初めて私は泣いていることに気がついた。


 こんなに、王子様は私とアルフリードの結婚式のことを考えてくれていたんだ……


 それに、やっぱり帝国に戻ってくるつもりでいたんだ……


 それじゃあ、その道中で王子様とユラリスさんの身に何かがあったってこと?


 手紙にはまだ続きがあったので、私は溢れてくる涙を着ている騎士服の袖で拭いながら、先を読んだ。


『そうだ、それからお父様に盛られた毒の成分がやっと判明したんだよ。


 どうやら……イモの芽の毒が主成分らしいんだ。』


 イモ? イモといえば……


『それも、キャルン産のイモらしいんだよ』


 ーー!!


 そ、それってつまり……


『どうやら、毒を盛った刺客は、キャルン国が絡んでる。そう睨んで間違いないと思うんだよね。』


 どちらかというと、毒は頻繁に盛られるし、スパイはいっぱいいるし、閉鎖的な国、ナディクスの方が危険だと思ってた。


 だけど、本当は農業大国でのどかそうなイメージのある、キャルン国の方が危険な国なの?


 それに……エルラルゴ王子様に何かがあったのも、この手紙に書いてある内容に気づいてしまったからとかじゃないよね……



 そして、その2日後。ユラリスさんは意識を取り戻し、一体何があったのか、話を聞くことができる日が訪れた。

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『皇女様の女騎士 番外編集』
本筋に関係ない短編など
目次はこちらから

サイドストーリー
連載中『ラドルフとイリスの近況報告【改訂版】』
目次はこちらから



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