70.連れ去られた女騎士
皇太子様のご帰還パーティーの翌日。
私は王女様の女騎士としての試用期間、3日目を迎える。
今日1日をなんとか耐え忍び、明日の朝になれば、皇女様と姫とともに再び女騎士・派遣事務所へ赴いて、労働条件の見直しをしてもらえることになる。
シャワー代わりの冷水浴びをし、姫のお着替えと鉄壁メイクが完了した後に、朝食会場へ向かった時だった。
食卓に並んでいる光景を目の当たりにした姫は、何も言わずにクルッと向きを変えると、そのまま朝食会場を後にしてしまったのだ。
皇帝陛下がお誕生日席にいて、右の方には皇后様と皇女様、左の方には皇太子様とエリーナさんが取り囲んで座っている細長いテーブルに目を向けてみる。
そこには、じゃがバタに、かろうじてレタスみたいな葉っぱが下に敷いてあるポテトサラダ、マッシュポテトを揚げたやつに、キャラメルがたくさん絡めてある芋ケンピみたいなやつ。
そして、昨日はフルーツの盛り合わせが乗っていたテーブルの中央にある大きいお皿には、皮がついたままの蒸かしたおイモが山盛りになっている。
昨日のパーティーのお料理もそうだったけど、やっぱり昨日大量に届いて帝都を混乱に陥れた“アレ”が完全に食卓を支配していた。
皇太子様とエリーナさんは、それが目の前にあるのが何ら不思議もないといった空気感で、蒸かしイモをハグハグと召し上がっている。
しかし、陛下や皇女様のお顔は若干引きつっているし、皇后様なんかは、もろウンザリ、といったお顔をなさりながらも、それしか食べるものがないから、仕方なさそうに召し上がっている。
姫の後を追ってお部屋に向かうと、彼女のお世話を色々してくれている皇城のメイドちゃん達が慌ただしく動き回っていた。
「……もう、こんな所にはいられませんわ。あのイモ女とも顔を合わせるのも嫌ですし……」
いつもだと甲高い声 &オーバーリアクションで騒々しくなさっている姫だが、なぜか小声でつぶやきながら、自らもお気に入りの香水やアクセサリー類をワシ掴みにして、旅行カバンにポンポン詰め込んでいる。
もしかして…… “アレ”から逃げるようにナディクスへ帰ろうとしているのだろうか?
ということは…… 王女様の女騎士から解放される!?
エスニョーラ邸にも帰れるし、皇女様の女騎士へも復帰できる!!?
私は、まさかの展開にハラハラしながら、荷造りの様子を見守り続けた。
そして、荷物がどんどんと皇城の入り口に向かって運ばれて、お部屋が空になっていった。
「これは、一体何の騒ぎでしょう?」
異変に気づいたアンバーさんと、白騎士トリオさんが登場した。
皇女様達はまだ朝食が終わっていないみたいで、姫が出て行こうとしている事には気づいていないようだ。
そうして、姫が皇城の入り口に付けてある馬車に乗り込もうとしている時だった。
「女騎士! 何してるの、お前もナディクスへ行くわよ!!」
……やっぱり、帰ろうとしてるんだ。
しかも……
私まで道連れにして!!?
そんな、いくら王子様の無事を確認したいからといって、私が…… 私が直接あの恐ろしい国に乗り込むなんて、そんな革新的な考え思いつきもしなかったよ!
うああああぁぁぁ!!
頭を抱え込んだ私を白騎士トリオがとっ捕まえて、いつの間にか連れられて来ていたフローリアに縛り付けられ、到着した先は……
「いらっしゃいませ! ナディクスへようこそ!」
そこは、ギリシャ神殿風の大きな建物。
姫が大きな歯車の横に取り付けられた昇降機に乗せられて、上へ引き上げられていく中、私は長い階段を登らされていた。
そして、上まで登り切ると、白くて解放感のある、広いお部屋に辿り着いた。
白くて透けているカーテンがヒラヒラと舞っている、開け放たれたテラスの先に見えている風景は……
「まあ! 帝都の街並みが、遠くの方まで見渡せますわ!」
テラスから身を乗り出すようにしてる姫が言うように、そう。
ここは帝都の中のナディクス。
最近その事実を知った、王子様がプロデュースしたというスパリゾート内にある、ナディクス風 最高級スイートだ。
王子様って帝国文化にだけ精通してるのかと思ってたけど、実はちゃんと祖国のナディクス文化にも精通してたの?
「はぁ〜〜、やっとまともに息ができる気がしますわ。帝都にいる間は、ここに住ましていただくわ」
姫は大きくて、白い布団が掛かっているベッドの上にバタッと仰向けに倒れ込んで、放心状態になっていた。
私も突っ立ったままだったけど、しばらく口を開けて放心状態になっていた。
私の考えが暴走して1人で焦ってしまったけど、帝都にかろうじて留まることができたのだった。
「今日はスーパーエステでゆっくりしましょっと」
そんな言葉を発した姫のスイートルームに現れたのは、私もよく舞踏会の時なんかにお世話になっている人物だった。
姫がお部屋に併設されているエステルームに移動して、私もそれに付いて行こうとすると、
「エミリア様! 騎士服がよくお似合いですね、しかし……お肌の状態がひどすぎますっ」
そんな心配をしてくれたのは、ここで働くエステティシャンで、エルラルゴ王子様の弟子のアリスだ!
これからここでの生活が始まりそうな上、明日の朝、予定通り労働条件の見直しに皇城まで行けるかどうかも不透明な状態に、ものすごく不安だった私は、見知った人の存在に何か救われたような気がした。
「おとといから激務だし、まともにお風呂にも入れてないの……だけどお姫様から片時も離れられないから、仕方ないんだよ」
私はエステルームでバスローブにお着替えさせられてる姫にバレないように、小声で私語厳禁を破ってアリスに話し掛けていた。
「それはいけません! ストレスがお顔に出まくっていますよ…… 分かりました、私におまかせ下さい」
どういうことだろう?
アリスは頼もしげなセリフを残し、キリッとした顔つきでエステルームへ入って行った。
そして姫がバスルームで温泉に入浴したりして、1時間ほどがたった頃。
「グガー…… グガー……ムニャムニャ、イモ死ねっイモ……グガー」
エステルームのベッドに寝そべっている姫は、アリスのマッサージを受けながら、ものすごく気持ちよさそうにイビキと寝言を繰り返していた。
「このスーパーエステは6時間コースになります。その間、目を覚ますことはないので、エミリア様! 今のうちに好きな事をなさってストレスを発散してきて下さいませ!」
なんと、驚くべきことにアリスのスキルは、人を眠りに落として目覚めさせない、そんな所まで到達していた。
6時間もあればエスニョーラ邸にも行けるし、皇城へ行って皇女様に明日の労働条件の見直しを何としても強行して欲しいと、お願いもできる!
お風呂にも入れるし、ちょっとばかし仮眠して、夜の半覚醒状態による寝不足も少しは解消できるかも。
「アリス……ありがとう!!」
私はうなずきながらマッサージを続けているアリスに手を振って、エステルームの扉を開いた。
そこには、アンバーさんがいて、
「話は聞こえていましたよ。帝国の女騎士さんっていうのは、過酷で大変なんですね…… ここは私がお護りしてますから、休憩してきて下さい」
うわぁ、恐ろしいイメージしかない国からやってきたっていうのに、普通にいい人。
そんなお言葉に甘えて、私は勢いよくスイートルームを飛び出したのだった。
スパリゾートの1階まで降りてくると、ナディクス産のコスメグッズが売ってる売店コーナーには、白騎士トリオがいて、化粧水なんかの商品を手に取ったりして会話していた。
「このスキンケアシリーズもここで手に入るのか……」
「しかし、ナディクスより随分、高いな」
「関税が掛かってるからじゃないか?……」
そういえば、王子様もお肌のお手入れには気を使ってたな…… もしかしてナディクス族の男性はみんな美意識が高いのかも。
なんて事を思いながらも、今はとにかく自分の用事で急いでいるので、彼らを目の端にとらえながらも私は先を急いだ。
前にガンブレッドがピカピカに磨かれてた馬用エステサロンにフローリアは預けられていた。
彼女はまだ他のお馬さん達の順番待ち状態だったので、私はすぐに飛び乗り、帝都の街中を駆け抜けた。
目指すは、なんだかとっっっても遠い存在になってしまった自宅である、エスニョーラ邸。
ヤエリゼ君からの伝言を聞くのと、下着の替えを取りに行くために。