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69.ナディクス国との通信網

「オリビア様、ご機嫌うるわしゅう。王子様が……ナディクスに戻られたのは、もうご存じかしら?」


私はつい騎士服だっていうのを忘れて、いつもの調子でドレスの端を持ち上げるような手つきをしながオリビア嬢に近づいて行ってしまった。


彼女は一瞬、皇女様がよく”可哀想な子だ”という時にする顔つきと目つきで私を見つめていたけど、もの悲しげな表情にすぐ変わって、両手を体の前にそろえた。


「ええ、わたくしの父上も皇城でお勤めになられていますから、お聞きしてますわ…… 皇太子様が戻られたら、すぐにお国に旅立たれると聞いていましたから、お別れ会の準備もしていましたのに、また前回と同じシチュエーションでここを離れられるなんて…… 残念でなりませんわ」


私が皇女様の執務室に初めて行った時、王子様はファンクラブ主催の“お帰りなさい会”でもらったという大量のプレゼントを抱えて入ってきた。


きっとお別れ会でも皆、王子様のために沢山プレゼントを用意して別れを惜しむはずだったのに…… こんな突然行ってしまうなんて、オリビア嬢もショックを隠し切れない様子だ。


「王子様が無事にナディクスにご到着されたか、ファンクラブへは何かご連絡はありましたかしら?」


騎士服を着てるというのに、王子様からマンツーマンで受けたマナー講座のおかげか、ご令嬢言葉をまた使ってしまった……と頭の隅っこで思いながら、今一番気になってる事について聞いてみた。


「おそらく、もうご到着されているとは思いますけれど…… もしエル様が知らせを出されていたとしても、帝国に届くのは1ヶ月後ですわ」


「1ヶ月もかかりますの!?」


真顔でそういうオリビア嬢に、思わず聞き返してしまった。


“王子様はもう到着してるかも”というのなら、帝国とナディクス国は、そんなに距離が離れている訳ではなさそう。


なのに、どうしてそんなに知らせが届くのに時間が掛かるの?


「ナディクス国は閉鎖的な所がありますから、今でも国外とのやり取りにはとても慎重なんですの。輸入品や郵便物は、1ヶ月に1度だけ、まとめて発送されてくるのです。前回の発送はついこの間あったばかりですから、やはり次は丸1ヶ月先ということになりますわね」


さすが、ファンクラブの会長さんなだけあって、とてもしっかりとした受け答えで、オリビア嬢は私の疑問に答えてくれた。


毒殺が横行している恐ろしい国に加えて、閉鎖的っていうキーワードが加わってしまったナディクス国。

もうマイナスなイメージでいっぱいだ……


「もし、エル様ともっと早くご連絡が取れれば、通信講座の手配もスムーズに取れますのにね……」


なんか今、オリビア嬢が思いがけない言葉を発した気がするけど……


「通信講座とは……もしかして、ワークショップの代わりの事ですの?」


「ええ、そうですの。前回、帰国なさってからの2年間、エル様には通信講座のテキストと課題を作っていただいて、やり取りをさせて頂いてましたの」


へえぇ。郵便物の送付は1ヶ月もかかって不便なのに、そういう所は便利にできてるんだなぁ。


「なんにしても、わたくしにはエル様が無事に到着されているか、知る(すべ)はございませんの。お役に立てずに心苦しいですわ……」


オリビア嬢はうなだれて、肩から縦巻きロールの長い髪が流れ落ちていった。


そんなタイミングで、私には緊急事態が訪れてきてしまった。

1日に3回ある、おトイレタイムの時間に差し掛かっていたのだ。


それなのに、今はパーティーの真っ最中。いくらダンスタイムとはいえ、姫がいつ戻ってきてしまうか全く分からない状況だ。


くっ……こんな時どうすればいいのか派遣事務所で聞いておくんだった!


会場にはチラホラと騎士服を着た女騎士さん達がいるけど、彼女たちは私とは違って、いつでも好きな時におトイレに行けるっていう契約条件で働いている。


だから皆、会場の外に普通に出て行って、ご用を足して戻ってきている。


私はチラッと、現在の主人である姫の方を見てみた。

なかなか、いい感じのムードでさっき一緒にダンスフロアへ向かった貴公子と踊っていらっしゃる。


私はただ、祈るような気持ちで猛ダッシュし、会場を後にしたのだった。



ふぅ。なんとか間に合って、手を洗って会場に戻る廊下を再び猛ダッシュしていると、向こうから最近、頻繁に行動を共にしている見知った白い鎧を着た人がこっちに猛ダッシュしてきていた。


「女騎士さん! 早く、早く来てください! 姫がダンスをやめて戻ろうとしてますよ!」


やっぱり……こういう時に限って、だいたい最悪な展開になってしまうものなんだよね……

私は迎えにきたアンバーさんと共に、ともかく脇目も振らずに会場の中へ飛び込んで行った。


「姫! 姫、お待ちください! 私の何がいけなかったのでしょう……」


見ると、さっきまで仲良さそうだったのに、ツンと冷たい表情に固めた顔を斜め上にあげて足早に歩いている姫を、一緒に踊ってた貴公子が慌てふためいて追いかけていた。


「うるさいわね!! あなた、わたくしから一瞬、目を逸らして別の事を考えていましたわよね!? そういう失礼な男は大っ嫌いですの!!」


そんな……たったそれだけの事でここまでお怒りになってしまうなんて。


さっき私の周りにいたご令嬢達は、踊る相手を探している所みたいだったけど、唖然とした表情で姫のことを見ている。


早々に、みんなにもリリーナ姫の本性がバレてしまったという訳だ。


これからしばらく帝国に滞在するというのに、ご祖国のキャルン国みたいに皆から疎まれてしまうんじゃないか……


私には、そんな心配というか哀れみみたいな気持ちが芽生えつつあったんだけど、なぜか姫の周りにはワラワラと色んなご令嬢が集まっていく。


「素敵……とてもカッコいいですわ!」


「ダンスは最後まで全うするように教え込まれて嫌な相手とも我慢していましたけれど、そんな事ないって教えられましたわ!」


みんな……どうしたっていうの?


最初に姫を見たとき、この世界で初めてみるタイプだなとは思ったけど、帝国内のご令嬢達はそんな姫にすっかり興奮してしまっているようだ。


「ご衣装もメイクもカッコよくて、憧れますわ!」


ファッションセンスも褒め称えられて、不機嫌を丸出しだった姫の気分もだいぶ宜しくなったみたいだ。



「相手に合わせるだなんて、愚か者のする事ですわ。嫌なものは嫌、自分の気持ちにはハッキリと、正直に振る舞うのは当然のことに決まってますわよ」


たくさんのご令嬢達がイスを持ってきて、姫を中心に座談会を開き始めたとき、私は素直でとってもお行儀のいい彼女たちが、自己中な姫に感化されて帝国の社交界を崩壊させる未来を本気で予想してしまっていた。


だけど……フタを開けてみると、姫はご本人なりの哲学と信念をお持ちだったらしい。


結果として、それは清々しいまでのワガママと自己中に行きついてしまうんだけど、妙に説得力を持っていて、隣りで私語を一切漏らさず職務に全うしながらも、私もつい他のご令嬢と一緒にお話に集中してしまった。



……そんな感じで、王子様の消息について情報収集しようと思っていたダンスタイムは終了を迎え、ついには皇太子様の歓迎会自体がお開きになってしまった。


会場を後にする皇太子様とエリーナ姫の後ろには、アルフリードが付いていた。


パーティーの間、チラチラっと彼を見ていたけど、皇太子様に付きっきりの様子で挨拶してくる人が誰なのか説明したりとか、何かと忙しそうにしていた。


ダンスタイムも他のご令嬢と踊ったりなんかもしていなくて……ホッとしてしまっている自分がいた。


皇女様は終始、凛とした雰囲気で、皇太子様と1度ダンスをされた以外は、お一人で過ごしていた。


皇女様やアルフリードも、王子様が出発してからの事は何も知らないんだろうか?

前みたいに彼らとお話できるようになるのも、いつになるのやら……



「はあ~~。女子達と話をするのも悪くないわね。なんだか気分が良くってよ」


姫はそう言って立ち上がると会場を後にしようとした。


私も後に付いて行こうとすると、


「おい、これ持ってけ」


ちっこい声が耳元でして何かが手に握らされた。


振り返ると、サッサと歩いている後ろ姿は……お兄様?


「何してるの? 女騎士」


姫に呼ばれて、私はすぐさま手に握らされた紙をポケットに入れた。


姫は、何かに気づいたのか分からないけど、少しの間お兄様の後ろ姿を見ていた。



姫の部屋に戻り、私もやっと騎士部屋のベッドに横になれた時、ポケットにしまった紙を取り出した。


そこには、ヤエリゼ君が私に報告したい事があるから会いたがってる、と書かれていた。


もしかして半年くらい前だけど、元リューセリンヌのお城で見た怪しい黒騎士たちを調べて欲しい、って頼んだ件のことかな?


しかし、彼に会うためにエスニョーラ邸に帰れるのもいつになることやら……


エスニョーラ騎士団の情報網で、王子様の動向が分かるか調べてもらいたい気もするけど、国外のことは分からないって聞いてるから、それは多分無理なんだろうな。


それに、私にはもう1つ自宅邸に帰りたい理由があった。


皇城に泊まることになるなんて思いもしてなかったから、下着の替えがないのだ。

2日だって同じのはあり得ないのに、それ以上だなんて……


騎士服の替えは、以前の皇女様の話では、皇族騎士団のXSサイズが近いうちに完成するはずだから、それまで我慢だ。



隣りから姫のイビキの声を聞きながら、何としても自宅邸へ1度戻らねば、と考えていた。


それが直近の私の目標になった。


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※現時点で「朝帰りした日のエスニョーラ邸 - ラドルフのひとりごと」の1話だけ追加してます。

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