67.ナチュラリスト現る
まるで神隠しのごとく消えたアルフリードに呆然としている中、姫からパワハラ全開の叱責を受けた後、私はモコモコと湯気の立つ皇族専用の温泉大浴場で騎士服を着たまま突っ立っていた。
姫は程よい温度の温泉に40分浸かった後、浴場に併設されたテラスで20分風にあたり、また40分温泉に浸かるという行為を5回繰り返した。
「次はあっちよ!」「今度はそっち!」
温泉でリフレッシュして、さらに元気満々になった姫は、待ちに待ってたとばかりに帝都のショッピングに繰り出した。
皇城の大きな馬車に姫は1人で乗り込み、その馬車の斜め前を私は槍を持って、フローリアにまたがりながらパカパカと付いて回った。
街中では、女騎士に荷物を持たせるのはカッコ悪いと、一緒に付いてきた白騎士さん達が姫の購入した大量のおしゃれグッズを抱えて運んでくれていた。
そうして、皇城でのディナーも心待ちにしていたらしい姫は、ちゃんと時間ギリギリに戻って、陛下と皇后様と皇女様と一緒に、豪華なお料理を堪能していた。
私はというと、カンパンみたいな固いビスケットを8個と、皇城のシェフさんが私のために皇女様に頼まれて作ったというドロドロの緑色の栄養ドリンクを、人目につかないように10分で食した。
その後、1日に3回あるトイレタイムがやってきて、もう我慢の限界寸前だった私は一目散にお手洗いに駆け込んだ。
一番難しいのは、“半覚醒状態で眠る”ってやつだ。
姫がベッドに潜り込んで、ガーガーといびきをかき始めた頃、クロリラさんが昔使っていたという『女騎士の手引き』という冊子の切り抜きをポケットから取り出し、その項目を読み返した。
目はつぶっていいんだけど、常に物音に気を配って神経を尖らせていないといけないらしい。
姫の部屋の隣りにある“騎士部屋”という、小さなベッドが置いてあるだけの部屋で、私は半覚醒状態を目指して目をつぶってみたんだけど……
「ぎゃーー!」
次の日の朝、私は崖から転がり落ちる夢を見て、叫びながら目を覚ました。
私はベッドの上にいたはずなのに、床の上でうつ伏せになってしまっている。
寝ていたはずのベッドの方を見ると、姫がシーツを持ってすごい形相で私を睨みつけていた。
「いつまで寝てるのよ、女騎士!! 今日も昨日の続きをやるんだから、早く行くわよ!」
どうやら……姫は寝ていたシーツを引っ張って、私をベッドから転がり落としたようだ……
朝方までは半覚醒状態ってヤツを維持できてたんだけど、いつの間にか寝落ちして、逆に睡眠不足で熟睡してしまったらしい。
姫が身支度してる間の5分で冷水を浴びて身を清め、皇族の方々と姫が爽やかな朝食を取っている間、隠れながら朝の非常食を口に詰め込み、昨日回りきれなかったお店に行くため、再び帝都を訪れた。
「今日はもう買い物はこれでいいわ。女騎士! 特別に私語厳禁を解いてあげるから、帝都を案内しなさい!」
そんなご許可を頂けた私は、以前アルフリードがしてくれたように、帝都の観光ツアーを姫に施すことになった。
姫が完全網羅したファッション街以外のところに、どんなお店が立ち並んでいるのか案内して、ちょうど上演が始まる所だった『伝説の女騎士』をオペラハウスのVIP席で鑑賞。
そうしてるうちにランチタイムになったけど、アルフリードと行った高台のレストランは、坂道を登るのは姫にはキツそうだったので辞めておいた。
代わりに、ルランシア様が泊まってた老舗の高級ホテルの高級レストランで、豪華フルコースを食してもらった。
「そうだわ、わたくし帝都にいる間に舞踏会にも招待いただくでしょうから、衣装を作らないといけませんわ!」
買い物はもういいと言ってたのに、姫は思い出したように高級ブティックに足を運び、豪華なドレスを10着以上注文して、アンバーさんに大金を払わせていた。
その後は、老舗のカフェ・シガロに行ったりもして、残りはスパリゾートのみとなった。
「ここは……ナディクスのお城にそっくりだわ。これがエルラルゴがプロデュースしたっていうスパね!」
へー、そうだったんだ。このギリシャ神殿風の建物は、確かに帝国では見かけないデザインだと思ってたけど、ナディクスのお城がモデルだったんだ。
やっぱり、長年人質として過ごしたナディクスに愛着を持っていらっしゃるんだなー、と嬉しそうにエステを受けて、さらにテカテカの肌となった姫とともに夕暮れ頃、皇城に戻った。
今日は、ジョナスン皇太子様ご帰還の日だ。
夕暮れなのに皇太子様はまだ到着していないらしく、入り口には出迎えの皇族騎士さんが群れをなすように待ち構えていた。
そんな入り口の端っこの方で、フローリアを皇城の家来さんに預けていた時のこと。
昨日のアルフリードみたいに、さっきまで、すぐそこにいた姫の姿がこつぜんと消えた。
「姫、どこですかー!?」
「返事をしてください! 姫!」
白騎士さんと共に皇城の敷地を探し回っていると、私はいつの間にか皇城の裏手にやって来ていた。
いつも皇女様の執務室に行く抜け道がある所だ。
そこは、いつもと変わらない感じで静かだった。
「すみません、ごめんください」
すると、どこからか女の人の声が聞こえてきた。
「どなたか、いらっしゃいませんか?」
その声は抜け道近くにある、固く閉ざされた裏門の方から聞こえる。
いつもは門衛の騎士がいるのだが、今日は皇太子様のお出迎えのために表に出てしまっているようだ。
私は裏門へ行って、門の端っこに設置してある顔だけ覗かせることができる小窓を開けた。
そこには、質素な身なりをした2人の若い男女が立っていた。
女の人の方は、前の世界でいう無印○品に置いてありそうな、生成りのワンピースを着ていて、見るからに癒し系な優しい雰囲気だし、お顔はスッピンだ。
男の人の方は、東南アジアっぽい感じの前開きの柔らかそうな白い綿シャツと、ゆったりしたズボンを履いているが、誠実そうなすっごく整った顔立ちをしている。
「今日はここの門は閉鎖してるので、開けられないんです。表に回って頂けますか?」
私は小窓から、その2人に向かって言った。
「そうなのですね! ジョナスン、どうしましょう……やっぱり表門から入るのはどうしても嫌なの?」
え……今、この女の人、この素朴を絵に書いたような装いの男性のことなんて呼んだ?
まさか、同姓同名の別人だよね。
も、もし皇太子様の方だったら、エルラルゴ王子様みたいに騎士に囲まれて帰ってくるだろうし……
と思ったけど、帝国から皇太子様を迎えに騎士団を出したという話は聞いたことがなかった。
じゃあ、やっぱり、もしかしてこのナチュラルテイスト満載のお2人が今日ご帰還されるっていう、あの2人なの???
ジョナスンと呼ばれた人が、女の人の耳元で何やらコショコショと内緒話を始めた。
すると、女の人が再びこちらを見て言った。
「女騎士様、彼はジョナスン皇太子殿下、私はキャルン国の第2王女エリーナです」
予想的中だ……
彼らが我が帝国を担う、将来の皇帝陛下とその妃という訳ですか!!
これまでの帝国イメージとだいぶかけ離れていらっしゃるけど。
「殿下は、目立つことがお嫌いで、こちらの裏門を使用したいとのことです。カギは植木鉢の下に置いてあるので、そちらを使うようにと、おっしゃっています」
言われた通りに門の横にある、私の背丈くらいの植物が植わっている植木鉢を少し上に持ち上げてみる。
確かに、門に取り付けられた大きな錠前のカギ穴に差し込めそうなカギが見つかった。
だけど、もし彼らが本物じゃなかったら…… 誰か立証できる人を呼んできた方がいいんじゃないだろうか。
私が植木鉢の前にしゃがみこんで、どうするべきか思案していると、
「何しに来たのよ……このイモ女!!」
昨日から散々聞いていた甲高い声が響き渡った。
私が怪訝な表情で声のする方を見ると、門の小窓に腰まで伸びた黒髪の、派手なバイオレット色したドレスを身にまとった、リリーナ姫が顔を覗き込ませていた。
ふぅ。姫が見つかって良かった、良かった。
だけど、イモ女? イモ女って、まさかあの癒しオーラを放ちまくっているエリーナさんの事だろうか?
「これはお姉様! 本当にお久しぶりです、全然キャルンに戻っていらっしゃらないから、皆心配していたのですよ」
私からは声しか聞こえないけど、エリーナさんは本心で言ってそうな感じだ。
「誰があんなイモしかない田舎くさい国に行くと思う? どこへ行ってもイモ、食事もイモ、家族もイモ!! もう、思い出したくもないわ!」
姫は忌々しそうに、イモを連発し始めた。何か、相当なトラウマでもあるのだろうか?
「お姉様、今はイモだけではなく、他の野菜もキャルンには沢山あるのですよ……」
王子様とユラリスさんは容姿は似てたけど、こっちの姉妹は見た目も性格も全然違う。
だけどリリーナ姫はこんなにご祖国の事を毛嫌いしていて、王位を継ぐことなんか出来るんだろうか。
2人の言い争いを鎮めるべく、私は門のカギを開けた。
原作でアルフリードと反りが合わないと言われていた、皇太子様。
その原因は、ワガママ姫2号の可能性がある婚約者のエリーナ姫じゃないかと予想してたけど、そんな風には見えない……
そんな中、そろそろナディクスに到着してていいはずの王子様の事も気になり始めていた。
どうにかして情報収集しなきゃ。
抜け道を通ってナチュラルな雰囲気満載の2人とリリーナ姫を引き連れながら、私は良さげな方法を考えまくっていた。