65.王女様の女騎士
王子様のお見送りをした後、皇女様にアルフリード、そして突如現れたリリーナ姫と、彼女のお付きの白騎士アンバーさんと向かったのは、昨日行ったばかりの謁見室だった。
「おお、これはリリーナ姫ではないか。久しぶりだな、随分と美しくなって、健やかそうで何よりだ」
立派なイスに座っていた陛下は、わざわざ立ち上がって、かったるそうな、つまらなそうに髪をいじりながら立っている姫の方へ向かって行った。
「姫はしばらくの間、帝国に滞在するということだ。皇城内に部屋を用意させるから、アンバー殿と控えの間で待機していてもらおうと思う」
側にいらっしゃった陛下に皇女様はそう説明した。
皇城の案内役の人がやってきて、姫とアンバーさんに、こちらです、という感じで腕をジェスチャーしたけど、姫は全く動く気配がない。
それに見かねたアンバーさんが姫の方に向かって声をかけた。
「さあ、姫。こちらへ来てくださ……」
「ちょっと! 話し掛けないでくれる? わたくし、あんたみたいなブサオと一緒にいたくないんだけど!」
姫は、猫さんみたいな大きな瞳をカッと見開き、なんとも恐ろしいお顔で、冷や汗を垂らしているアンバーさんを一喝した。
“ブサオ”とは私の認識が正しければ、“ブサイ○オトコ”の略語でよろしかったでしょうか……?
そう呼ばれたアンバーさんは、どこからどう見ても整った目鼻顔立ちに、金色の髪の毛も、同じ色の眉毛もまつ毛も、全てがキラキラしていて、浮世離れした超絶美青年だ。
もしかして、この世界ではこういうキレイな人のことを逆に、そういう風に呼ぶ習慣があるんだったけかな?
私がいくら考えても、そんなシチュエーションがあったのを思い出せないでいると、謁見室の扉が慌ただしく開いて、別の家来の人が入ってきた。
「失礼いたします! ナディクス国の騎士が3名ほど、こちらに用があると申しております。お通ししてよろしいでしょうか?」
「あ、私の部下ですので、陛下、お願いできますでしょうか?」
先ほどの姫の恫喝姿に、若干尻込みしている感じの陛下の様子を窺いながらアンバーさんが尋ねると、陛下は「うむ」とおっしゃって、扉から白騎士さんが3名入ってきた。
やっぱり私の思った通り! 騎士さんは3名とも、まるで三つ子のごとく、真っ白な肌に胸まで伸びた金色の髪に、同じようなお顔をされている。
「姫がそのように言われると思い、私の部下の中でも上位の美形騎士たちを残しておいたのですよ。これなら、よろしいでしょう?」
どういうことだろう……?
アンバーさんの方が部下の人たちより少し年上には見えるけど、もはや4兄弟みたいに同じような美形顔だ。
その中でもさらに優劣があるのだろうか?
「……以前、エルが言っていたがな。姫は幼い頃からナディクスにいたから、ナディクス族の顔の見分けが付くらしい。アンバー殿は、彼らの中では好ましい顔立ちではないのだそうだ」
そんな私の疑問を察知してくれたのか、皇女様がそっと耳打ちして下さった。
確かに、同じお顔の人達ばかりに囲まれていたら、区別できないのも困るので、そういう能力も必要だと思うけど、何か贅沢な使い方だな……と思ってしまう。
すると、とてつもなくムスッとした不機嫌な表情をずっと保ったままでいる姫が、急にビシッと腕を前に伸ばして、ある1点を指差した。
……その指は、なんと、私に向かって一直線に指し示されている。
「あの子、帝国名物の女騎士よね? わたくし、あの子がいいわ」
え……? えええ!!
い、今の聞き間違いじゃないよね!?
いやだ、いやだよ!!!
お、おっとっと、つい本音が普通に出てしまった。
どうしよう、せっかく念願の皇女様の女騎士になれたっていうのに、まだ任命された昨日の半分くらいしかお勤めできてないのに……
これは、なんとしても……なんとしても、あのワガママ王女様の女騎士だけは回避しないと、皇女様より先に、アルフリードよりも先に、私の命が燃え尽きてしまう可能性大だよ!
「おお、それは妙案ではないか!」
私が心の中で凄まじい葛藤を繰り広げている中、歓喜の声を発したのは……なんと、陛下だった。
「そうだな、姫がそれで帝国で快適に過ごせるというのであれば、喜ばしい事ではないか」
そして、そんな陛下のお言葉に賛同しちゃったのは、私のご主人様である……皇女様。
「そうですか、左様でございますか! 姫、すぐにお許しが出て良かったではありませんか」
そんな帝国の最高権力者たちの対応に、嬉々としてものすっごい笑顔を振りまくアンバーさんと、微笑みながら同じタイミングで顔を何度も大きくうなずかせている美形の白騎士トリオたち。
これは……厄介な問題を皆して、私1人に背負わしにきてるんじゃないかな? この状況は、過去1番にマズい状況だ。
「……ソフィアナ、約束が違うじゃないか。僕とも一緒にいられる時間が増える、だからエミリアを君の女騎士にしたんじゃなかったか?」
ここで、口を開いた唯一の反対者。
ア、ア、アルフリード! さすがだよ、そういえばそんな話があったの忘れてたけど、今は理由はなんでもいい、私を皇女様の女騎士に戻してくれ。
すると、姫は履いている高いハイヒールをコツコツと鳴らしながら、アルフリードの方へ近づいて行った。
「ちょっと、あんた何様のつもり? 私を誰だと思ってるの?」
え……嘘でしょ、あのアルフリードと対決し出す女の人がいるなんて。
彼を見れば、誰もが優しい気持ちになって、穏やかな空気が流れるものなのに……
やっぱり只者じゃない、リリーナ姫。
アルフリードは何か言いたげにしているけど、ワガママ姫とはいえ、やっぱり一国の王女という目上の人だから、言い返すことはできないみたいで、口をつぐんでいる。
「わたくしはね、ナディクス国の元人質様よ!!」
姫は、とっても得意げな顔をして、自らのことをそう呼ばれた……
「わたくしの機嫌を少しでも損ねてごらんなさい、お前ごとき下々の者なんて、ナディクスとキャルンの総攻撃にあって一瞬でお陀仏よ!!」
……やっぱり、只者じゃなさすぎるよ。
まさか、人質って立場を逆に脅しに使ってくるなんて。
あの恐ろしそうな国、ナディクスでもこんな風に過ごしてきたんだろうか?
「まあまあ、姫、落ち着いて。いいか、アルフ、エミリア。エミリアは私の女騎士に変わりはない。これは私から下す任務なのだ、リリーナ姫を護衛せよ、というな」
皇女様……
上手く言いくるめようと……じゃなくて、ナイスフォローでこの場を収めて下さった。
皇女様を困らせるのは、私も本望じゃない。
ここは任務ということで、納得するしかないか。
姫もフーと、荒くなった息を落ち着かせている。
そして、今度は私の方にクルッと体の向きを変えてきた。
「それじゃあ、わたくしの側に付いている時は、好きなようにさせてもらって宜しいわね? これでも『伝説の女騎士』は、数え切れないほど読んでいますのよ」
さっきの皇女様のお話など瞬時に忘れてしまったかのように、私よりも15cmくらい背の高い姫は、上の方から見下ろしてきて、ほくそ笑みながら甲高い声でそうおっしゃった。
『伝説の女騎士』
前に、アルフリードにも劇で連れて行って見せてもらった、初代女騎士の物語。
そして、誰もがイメージするそのものの女騎士像。
「いいこと? わたくしが今から言う事をよくお聞きなさい」
そんな元祖イメージが完全に頭に定着しているらしく、姫は声高々に口を開いた。
「・わたくしから片時も離れないこと
・親兄弟とは絶縁したつもりで、わたくしに尽くすこと
・わたくしから何を言われても、されても耐えること
・眠る時は半覚醒状態を維持し、決して熟睡しないこと
・食事は携帯食を持参し、10分以内で食すこと
・トイレ、お風呂は毎回決められた時間に済ませること
・私語厳禁
このとおーーりに、わたくしに仕えて、行動すること
あ、あと恋愛関連も禁止よ。わたくしの護衛のみに徹すること!!」
姫がツラツラと言ったことは、確かに『伝説の女騎士』の実在モデルがいた、帝国の初期から今より20年くらい前の戦争があった時代には、女騎士さんは実際に守っていた事だった。
だけど、戦争がない今、こういった働き方は時代遅れだってことで、廃止されている。
なんとか、そのことを説得したいけど……そんなこと、この姫にできる?
「あれ……あなたは、普通の貴族のご令嬢だったのに、騎士服を着た変わった人じゃないですか?」
声を上げたのは、白騎士トリオのうちの1人だった。
変わった人って……
どうやら、皇女様の執務室へ行くのに、抜け道を出たところで身分証明書をチェックして通せんぼしてきた騎士の人だったみたいだ。
「皇女殿下の女騎士さんだったのですね。きちんと身分証明書は最新のものにしておかないとダメですよ」
ものすごく、真っ当なご忠告をして下さった。
それはそうなんだけど……皇太子様のご帰還でどこの部署も忙しいから、昨日はできなかったんです。
「それもそうだな。エミリア、姫と一緒について来なさい」
皇女様はそうして、私とリリーナ姫を引き連れて、皇城の身分証明書を発行したりする部署に連れて行ってくれた。
そこの部署の人たちは、すっごく忙しそうにしてたけど、皇女様自らのお出ましで、すぐさま手続きをしてくれた。
すると今度は、皇族騎士団の敷地の方へ皇女様は向かい始めた。
「ついでに、女騎士の派遣事務所で女騎士登録をしておこう。そうしておけば働き方の管理もしてくれるから、リリーナ姫の護衛の仕方についても調整しようと思う」
派遣事務所は騎士団の敷地の隣にある。
以前、イリスが護身術を教えてくれた時に、一緒にいた女騎士さん達はこの事務所からやってきた人達だった。
もしかしたら、ここでリリーナ姫が言ってきた時代遅れで、無茶な要求を少しはいいように変更できるかもしれない!
やっぱり皇女様は機転がきくし、私だけじゃなくって誰もが暮らしやすい帝国を作ることを念頭に置いて、行動して下さっている。素晴らしい!
私は意気揚々として、女騎士 派遣事務所の門戸をくぐった。
全く予期せぬ”王女様の女騎士生活”という名の試練が今、幕を開けようとしていた。