64.悪役令嬢っぽいの登場
ナディクス国の第2王子で、エルラルゴ王子様が兄であると名乗ったユラリスさん。
王子様の見た目に、メガネを掛けさせて、綺麗な金髪を三つ編みにしているその様は、秀才系美少女に見える。
ナディクス国の王族は、皆さんこんな感じなんでしょうか?
そして彼が王子様の弟だということは、まさか一緒にいらっしゃる、帝国でいま流行りのバリバリに濃いいメイクに、前だけ膝上まで丸出しの派手派手なドレス、何度も首を振ってやたらと髪をなびかせ、いい匂いを漂わせてるインパクト大のこの女性は……
「こんな所にいらっしゃいましたか! 殿下、すぐに控え室へお戻りください!」
ガシャガシャという音が聞こえて見ると、さっきいっぱい居た白い鎧に、白いマントの騎士の人が1人、こっちに向かって前のめりに走ってきた。
20代か、30代くらいに見えるその人は、やっぱり綺麗系のお顔で、ユラリスさんと同じように真っ白な肌に、王子様みたいなサラサラの金髪を胸のあたりまで伸ばしている。
これは、前の世界のファンタジー映画、ロー○・オブ・ザ・○ングに出てくるエルフ族みたいだ。
さっき抜け道を出た所にいた白騎士達は、兜をかぶっていて顔が見えなかったけど、他の人もこんな感じなのかな?
「アンバー、見れば分かるでしょ! 僕じゃないよ、彼女が先に出て行っちゃったんだから」
「皆様お待ちかねですから、こちらへ来てください」
どうやら、いなくちゃいけない所からこの2人は抜け出してきてしまったらしい。
「ああ! お2人を探していたら、道が分からなくなってしまった……そこの女騎士さん、第3控室まで案内していただけますか?」
綺麗系な外見に似合わず、騒がしい白騎士アンバーさんに促され、私はその部屋まで3人を案内した。
そして、その部屋に到着して私がノックすると「どうぞー」という声がしたので中を開けた。
すると、そこにいたのは皇女様に王子様、そしてアルフリードもいる。
「エミリア! よかった、はぐれたと思ったから心配してたんだよ」
立ち上がってアルフリードが私の方に寄ってきた。
私も皆さんに再会できて良かったーと思って、アルフリードが差し伸べてきた手を握ろうとした。
すると、あの紫がかったサラサラの黒髪の女の人が、私とアルフリードの腕が触れ合う寸前のところで、それを邪魔するように私たちの間を通り抜けていった。
そのまま、皇女様と王子様が座っている席と反対側のソファまでくると、
「ふん!」
と鼻を鳴らして、そのど真ん中にドスンッ! と座り、モデルさんみたいに細くてテカテカ光っている片足を高く上げて、もう片方の足に組んだ。
そして、どこからともなく手鏡を取り出し、バッチバチに長くてボリューミーなまつ毛に縁取られた大きな瞳を、これでもかと大きく開いて、自分の顔をまんべんなくチェックし始めた。
この世界に来てから、ちょっと出会った事がないタイプだと思って、ワナワナと目を見開いてその女性の事を見ていたけど、横から何かただならぬ気配を感じて私はそっちの方をチラッと見た。
そこには、光が感じられない冷徹な瞳で、ソファに座っているその女性をじっと見下ろすアルフリードがいた。
もしかして、さっき手を握ろうとしたのを遮られてキレちゃってるとか……?
ま、まさか、あの温厚な彼がそんな事で怒る訳ないよね。
「それで、一体どういうことだい。 今度は、お父様が毒を盛られただって?」
そんな、偉そう……というか堂々とした態度の女性の隣りにちょこんと腰掛けたユラリスさんに、足を組んで、その上で頬づえをついた王子様が、なんとも億劫そうに言葉を投げかけた。
「お兄様、もう時間がないんです! 詳しいことは道中でお話しますから、すぐにナディクスへ行く準備をお願いします!!」
ユラリスさんは激しい手振りで、王子様を必死に説得しようとしている。
そんな……! 今すぐに王子様を連れて行こうとしているなんて!
もし……もし、瀕死の重体だという王子様のお父様が命を落とされてしまった場合、前回、彼のお祖父様が亡くなられた時のように、喪に服すだろうから、また2年間は帝国に戻ってこれなくなってしまう。
原作で皇女様が1人で帝国にいたのは、そういうことなの……?
「ユラリス、おかしいと思わないのかい? どうして、私がソフィを連れて帰ろうとする直前になると、お祖父様も、お父様も、毒を盛られなくちゃならないんだ?」
王子様は頬づえをついたまま、鋭い視線でユラリスさんを見やった。
「そ、その辺りの事も含めて、道中お話しますから! どうしてもお兄様に来て頂かないといけないから、僕が直接ここまで来たのです。どうか、もう一刻の猶予もないんです!」
ユラリスさんは前に置いてある背の低いテーブルに手をついて、王子様の方に前かがみになった。
すると、皇女様が隣りに座っている王子様の方を向いて、その白くて細い手に、ご自身の綺麗な手を重ねた。
「エル、お父上の一大事だ。私の事は気にせず、ユラリス殿とナディクスへ向かいなさい」
王子様は一瞬、納得しかねる、という感じで目線を下に落としたけど、皇女様の指にご自分の指を絡めて、ほんの軽く皇女様へキスした。
そして、バッと立ち上がって、
「ほら、グズグズしてないで、行くよ、ユラリス」
とっても潔く、控え室のドアの方へスタスタと歩き出した。
「お兄様! ありがとうございます!」
ユラリスさんも慌てて、ドアを開けて出て行こうとする王子様の後を付けて行った。
そして、こちらを振り返って、
「リリーナ姫! さあ、行くよ!」
ソファの女性に向かって、そう呼びかけた。
……リリーナ姫。キャルン国から、王子様の祖国ナディクス国へ人質に出されたという、あの王女様だ。
そして、彼女の婚約者は、王子様の弟。つまり、目の前にいらっしゃるユラリスさんだ。
ほとんどお話することはなかったけど、一度見たら忘れられないインパクトを放っていた王女様。
次はいつ会うことになるか分からないけれど、どうぞお元気で……
なんとなく、私もアルフリードもホッとした空気を漂わせていたのも、ほんの束の間。
「いやよー。わたくし、バランティアにこのまま残るから。国王様の容態が良くなったら知らせてくださる?」
リリーナ姫は、ツヤツヤで、カラフルな模様が描かれているネイルをご自身の眼前にかざして眺めながら、全く気のない返事をユラリスさんに返した。
ユラリスさんは驚愕したように目を見開くと、
「そ、そんなこと言わないでよ! 姫! 僕は君がいないと……君がいないとダメなんだよ!」
組んで座っているリリーナ姫の足元にすがりついて、むせび泣き始めた。
え……そんなに王子様の弟君は、このワガママそうなお姫様にベタ惚れなの?
「うるさいわね! せっかく華やかで何だってあるバランティアの帝都に来れたのよ。なんで、わざわざトンボ帰りしなくちゃならないのよ! わたくしと離れたくないんだったら、あなたがここに残りなさいよ」
姫は、すがりつくユラリスさんから無理矢理、足を引き剥がして違う方を向いた。
「あ、そうそう。エルラルゴ、いる? エルラルゴ!!」
恐れ多くも、姫はあの王子様を呼び捨てし出すと、今度はご自身のハンドバックからブラシを取り出し、手鏡を見ながら髪の毛を人目も気にせずに梳かし始めた。
「えっ、なに?」
もう随分前に部屋を出て行った王子様だったけど、思いのほか姫の声が大きかったのか、すぐに入り口の所から顔を出した。
「すっかり忘れるところだったわ。前に送っていただいた帝都の品々、あれだけじゃ全然足りなかったのよ! 何度も手紙を出したのに、わざと無視してたでしょ? それもあって今回、満足するまでお買い物して、帝都ライフを楽しもうと思ってますの」
姫はそう言うと、ブラシで梳かし終えた髪の毛の毛先をいじりながら、ずっと鏡でご自身を見入っている。
私は以前、アルフリードに初めて帝都の観光ツアーへ連れて行ってもらった時に、ばったり王子様と皇女様に出くわした時のことを思い出していた。
あの時、3人くらいの従者の人に大量の荷物を持たせて、それらをリリーナ姫に送ると言っていた王子様。
……あれでも全然満足できなかったんだ。やっぱり、王族の人って普通の人と感覚が違うんだな。
ここで、私の頭にある考えが浮かんできてしまった。
今度、帝国に帰ってくるジョナスン皇太子様の婚約者は、このお姫様の妹だ。
妹君もまさか……こんな感じなの??
こんなのが2人もいたら、これまで平和だった皇城は一体どうなってしまうの!?
それに、原作でアルフリードがジョナスン皇太子様と反りが合わなかったていうのは、もしかして、そんなワガママ姫2号かも知れない皇太子様の婚約者さんのせいだったりとかしないよね……
私がそんな想像を膨らませている間に、王子様は呆れ返った表情を浮かべると、
「あ、そうかい。ほら! ユラリス、姫のことは放って置いて、もう行くよ!」
再び、スタスタと扉の外へ出て行ってしまった。
「待って! 待ってよ、お兄様!」
完全に最初と立場が逆転してしまった美少女みたいな兄弟2人。
「いいかい、姫! アンバーを置いて行くから、無茶なことだけはしちゃダメだよ!」
そう言ってユラリスさんは、すんごく切り替えの早かった王子様を必死に追いかけて行った。
本当だったら、皇太子様のご帰還の後に、ナディクス国の白い騎士達が王子様を迎えにくるはずだったのに、予定よりも早くやってきた上に、あっという間に彼らは王子様を連れて去って行くことになった。
皇城の正面口からナディクス国の白くて金色の模様が入った馬車に乗り込む王子様は、とっても凛としていて、隙が全く感じられない空気をまとっていた。
毒殺なんかが平気で横行する恐ろしい国、ナディクス国……
そこへ帰るのには、並々ならぬ覚悟がいるんだろうな、というのをその姿は物語っているようだった。
いつもとあんまり変わらないように見える皇女様は、そんな王子様をどんな気持ちで見送っているのだろう?
もしかしたら、これが王子様との最後のお別れになるんじゃないか……
徐々に、徐々に、私の中に言いようの知れない不安が広がりつつあった。