63.騎士の宣誓
アルフリードと思いも寄らない一夜を過ごしてから数日。
いよいよ皇太子様の帰還まで残すところ2日となり、私も皇女様の執務室のお引っ越しのお手伝いなど、皇城にて慌ただしい日々を過ごしていた。
そんな中、以前、ヘイゼル公爵様とお父様そしてアルフリードとともに、陛下に婚約のご報告を行なった謁見室で私は1人、ひざまずいていた。
……手元から離れていたはずの、XSサイズのエスニョーラ騎士団の制服を身にまとって。
それは前日のこと。
執務室から皇太子様への引き継ぎに必要な公務以外の荷物を皇女様の自室に運び終えて、ひと段落していた時だった。
皇女様から突然、こんな話をされた。
「エミリア、そなたが私の前に現れてからのこの1年半あまり、勉学に騎士の鍛錬と本当によく頑張ったな」
皇女様はお引っ越し作業のために動きやすいように、タイトな黒いスラックスに、白シャツというラフなカッコいいお姿で、腰に片手を当てて、私に向き合っていた。
初めてこの執務室で皇女様にお会いした時、家族に溺愛されすぎてエスニョーラ邸で軟禁状態だった私は、帝国社会の事も、マナーの事も何にも知らないひ弱な14歳の少女だった。
そんな私を可哀想がった皇女様は、女騎士になりたいっていう無茶な要望まで組み込んだ上で、こんな教育プログラム&担当講師を打ち立てたのだった。
•帝国史、貴族史•••エスニョーラ家
•マナー教養全般•••エルラルゴ王子
•女騎士としての鍛錬•••ソフィアナ皇女(補佐アルフリード)
•その他知識•••アルフリード
<追加>
・槍を使った騎馬訓練・・・皇族騎士団長
・弓矢の鍛錬・・・エスニョーラ家
・護身術の習得・・・イリス
※参考話
『14.最強の講師陣による教育プログラム再発動』
『37.武器セレクトタイム』
『59.ママ先生による身を護るための授業』
「担当講師達に確認した所、そなたは十分、合格ラインに到達しているという承認を得られた」
私は動きやすいワンピース姿だったけれど、皇女様のお話をピシッとした改まった姿勢でお聞きしていた。
「ナディクスに旅立つまでのほんのわずかな時間ではあるが……そなたを、私の女騎士に正式任命しようと思う!」
お、おお! ついに、ついに夢見ていた、この瞬間がくる事になってしまった……!
当初なら来年くらいに帝国内で起こるだろう馬車事故から皇女様をお護りするために女騎士を目指すっていう計画を立てていた私。
そのため、皇女様がナディクス国へ行かれてしまったら、その計画は立ち消えになる。
だけど、たったの数日だって、皇女様の女騎士になれるっていうのは、すんごく名誉なことなんだから!
「皇女様、ありがとうございます!! そ、それじゃあ、これからは騎士服でお側にお仕えすればよろしいですか?」
実は、ちょっと憧れていた皇族騎士さん達が身につけている、白を基調としつつも、肩当てや膝当て部分、マントには青磁色が使われている洗練されたデザインの騎士服。
そんな騎士服をさっそうと着こなし、剣をぶら下げて、華やかな皇女様のお側にいつも佇んでいる女騎士……
絶対、絶対、絵になると思って憧れていたのだ。
「あ、ああ……それがだな。そなたを女騎士に任命しようと思い立った昨日、さっそく皇族騎士団の総務課に確認を取ったのだが、そなたに丁度良さそうな極小サイズの騎士服というのは特注しなければ、手に入らないそうなのだ」
そうだった、出たよ、XSの呪いが……
「急拵えしても、お兄様の帰還式には間に合わぬそうで、私とエルの出発式には間に合わせるように頼んでおいた。陛下にも話をつけておいたから、それまでは初めて迎賓館で会った時に身につけていたエスニョーラの騎士服で間に合わせておいてくれるか?」
そんな……皇族様をお護りする騎士が、別の貴族家のユニフォーム使っちゃっていいの?
まあ、陛下のお許しを頂いてるのなら、何でもありの世界みたいだから、気にしてもしょうがないか……
若干モヤモヤしながらも、極小サイズのエスニョーラの騎士服が今どこにあるのか思い起こした。
「はい、あの騎士服なら私の手元にありますよ!」
ヘイゼル邸に行って、休暇から帰ってきたばかりのメイドのロージーちゃんに確認してみると、彼女は騎士服やベルト、ブーツ一式がそろった袋を渡してくれた。
「レプリカも出来上がってしまったし、大きくなったヤエリゼ様も通常サイズの騎士服が着れるようになって、こっちのXSのは邪魔になっちゃってたんで、エミリア様にお譲りできて一安心です!」
あんなに、この騎士服はレアものだから持っていかないで!! って泣いて止めようとしていたのに、彼女はあっさりとそれを明け放した。
「あ、あとこれ、騎士記念館で買ったエミリア様へのお土産です」
そう言ってさらに渡されたのは、小さなシルバーの鋼でできたものが3つ。
チャームというお守りみたいなそれは、それぞれに皇族騎士団とエスニョーラ騎士団、ヘイゼル騎士団の紋章が掘り込まれていた。
こうして無事に手に入れた自分にピッタリサイズの騎士服をまとい、私は皇城の謁見室で騎士の叙任式に挑むことになった。
腰には、この間もらった3つのチャームをつけている。
ひざまずいている私の前に、剣を持った皇女様が現れて、その剣の先を私の肩の上に乗せた。
その様子を、陛下と皇后様、エルラルゴ王子様にヘイゼル公爵様やお父様、お兄様をはじめ皇城の中枢機関にいるお偉い貴族の方々が見守っている。
その中には、もちろん皇女様の側近、アルフリードもいる。
「わたくしエミリア・エスニョーラは、ソフィアナ皇女殿下がバランティア帝国で皇族の地位に有らせられる限り、お側にお付きし、その御身をお護りすることを、ここに誓います!」
そうして私は生涯で2回目となる、騎士の宣誓を行なった。
1回目は、皇女様と間違えて王子様に向かって、ひざまずいて剣を立て、正面を見据えて宣言するっていう、私が勝手に作ってやった間違えたやり方。
そして今回の2回目は、ちゃんと正式なものに乗っ取った正しいやり方。
黒地に、手の込んだ暗めの赤いバラがいくつも刺繍されたドレスを身に纏った皇女様は、私の肩に乗せた剣先を1度、ポンッと軽く叩いた。
この日、私は晴れて、皇女様の女騎士となった。
そして、馬車ではなくってガンブレッドに跨って迎えに来たアルフリードとともに、次の日からフローリアに乗って、お城へ女騎士としてお勤めに行くことになったんだけど……
皇城に着いていつもの抜け道を通って、皇族の方々のエリアに到着すると、そこには見慣れない真っ白な鎧に、真っ白なマントを羽織った騎士の人が何人もいて、道を塞いでいた。
「身分証明書の提示をお願いします」
そう言われてアルフリードが証明書を見せると、
「ソフィアナ皇女殿下の側近の方ですね。それではお通りください」
アルフリードは壁みたいになっている、その白い騎士の人達の向こう側へ通されて行った。
私も同じように証明書を見せたんだけど、
「あなたは……エスニョーラ侯爵家のただのご令嬢ですか? しかも騎士服なんか着て、怪しいですね。お通しできませんので、お戻りください」
私の証明書を乱暴に突き返して、隣の白い騎士とともに持ってた槍でバッテンを作って通せんぼをした。
そう、昨日、皇女様の女騎士にはしてもらったけど、証明書にその肩書きを入れる手続きはまだ終わっていなかったのだ。
だけど、一体この人達は何なの!?
先に行ってしまったアルフリードも、騎士達に阻まれて、どこにも見当たらなくなってしまっている。
私はお父様や公爵様とか別の知り合いの人がいそうな所にとりあえず行って助けてもらおうと思って一旦抜け道に戻り、そこから皇城の別の場所に出た。
長い廊下に出て十字路に向かっていると、サッと紫色がかった見慣れない長い黒髪にドレス姿の女の子が私の前を横切っていった。
誰? ここは皇城に勤めている人しか入れない場所のはず。
1年半の間ここに通って、だいたいの人の顔は分かるようになっていた。
その女の人の方を見ながら十字路に入ろうとした時、
「待って、待ってってば! そっちに行っちゃダメだよ……うわぁ!!」
高めの声がしたな、と思ったら私の右横から何かがぶつかってきて、私は弾かれるみたいにその場に倒れ込んだ。
「いってててて……」
倒れ込んだ状態でちょっと顔を上げてみると、何やら見たことのある白いエスニック調の衣装に、真っ白な肌、後ろの方でゆるく結わいてある金色の三つ編みに、丸い眼鏡をかけた若い子が倒れていた。
「あ、ああ! すみません! 大丈夫ですか?」
その人は私のことに気づくと、慌てて起き上がって駆け寄ってきた。
「ちょっと!! ユラリス、何やってるのよ!」
今度は甲高い女の子の声が聞こえてきて、そっちを見ると、さっきの黒髪の子がこちらに向かって、前の世界でいうモデル歩きをしながらやってきた。
「あの、あなた達はどなたですか? どちらからいらっしゃったのですか?」
私が立ち上がりながら聞くと、私にぶつかってきた中性的な感じのキレイな子は、ズレていた丸メガネを指で直した。
「僕はナディクス国の第2王子、ユラリスと申します。先日、父王が毒を盛られて瀕死の重体になったため、兄であるエルラルゴを連れ戻しに参りました」
……な、なんですって?
ジョナスン皇太子様ご帰還を1日前にして望まれぬ訪問者が現れてしまった。
……それは、私が自分の想いに気づき始めてアルフリードと婚約破棄しなくて済むならって、見て見ぬふりしていた、とある可能性を濃厚にした。
皇太子様の帰還前に、エルラルゴ王子様に何かが起こって、皇女様を帝国に残したまま、いなくなってしまうんではないかっていう、その可能性を。