57.シークレット=新たな武器
私は自分の部屋に置いてあったヘイゼル公爵邸の間取り図を持って、夜の侯爵邸の庭をお父様たちと一緒に歩かされた。
着いたのは、男の人がいっぱいいるから立ち入りを禁止されていた騎士団の敷地内。
前にヤエリゼ君の騎士服を盗んでしまった洗濯場のある建物ではない、別の建物に入ると地下へと続く階段が現れた。
そこをテクテクと降りていくと……
なんだか、すっごく広い空間に大きなテーブルがいくつか置かれていて、騎士服を着ている人達が書物を開いたり、何か書き物をしたりしていた。
なんというか……騎士の人って、肉体派なのかと思ってたけど、こういう事務系な感じのこともしたりするの?
「エミリア、不思議だとは思わなかったか? あの貴族家マニュアルのことを」
お父様から疑問を投げかけられた。あの帝国の全貴族の情報が余すことなく書き記されている10cmの厚さ×25冊分のマニュアル本。
そして、四半期に一度はお兄様が見直しして、更新作業を行なっているっていう……
だけど、屋敷と皇城の行き来と、最近は家族サービスでたまに出掛けるだけのお兄様が、そうした作業に必要な膨大な情報をどこから持ってきてるのか、考えてみれば不思議である。
もしかして、ここにいる騎士の人達って……
「彼らはエスニョーラ騎士団の諜報部員だ。我ら祖先が代々築いてきた帝国中の情報網を使って、貴族家に限らずあらゆる情報をかき集めることができる」
はぁ、これがエスニョーラ家の秘密ですか……!
……いや、急にこんなものを見せられても、ドン引きしてしまうというか、なんだか怖い世界に足を踏み入れてしまったみたいな気がしてならないんですが。
「私どもウーリス家は、騎士団における表向きの戦闘部隊を統率するのはもちろん、裏にいる諜報部隊を取りまとめご主人様へ取り次ぐのも務めの1つとしております」
団長さんが説明をしてくれたんだけど、
「じゃ、じゃあ、ヤエリゼ君が私が初めて公爵家に行った時にロージーちゃんにお着替えさせてもらってたのを知ってたのも……」
「我々が保有する貴族家の使用人の情報網から得たものになります」
ヤエリゼ君が早口でパッと答えた。
そんな所にまで情報網が…… ま、まさか、私が下着姿でお着替えされてた所も誰かに見られて筒抜けになってるんじゃないよね!? 怖すぎる……
そうして騎士の人達がいる空間を通り抜けて、貴族家の屋敷の見取り図がたくさん置いてある部屋に連れて行かれ、持ってきたヘイゼル邸のをそこに戻した。
なんでも、これらの見取り図はさすがに最新に保つのは難しいので、建設当時の設計図の写しが保管してあるだけらしい。
「いいかエミリア、こうした組織を持っていることは皇女殿下はもちろん、陛下ですら知り得ないからな。他言は決してしてはならないぞ」
見てはいけない物を見てしまったようで気が重くなってる私に、さらに追い討ちをかけるように、お父様はこんな事を言ってきた。
「あと、この事を知るのは、うちの中でも限られている者だけだ。マルヴェナも知らないだろうし、イリスにも言ってはならないぞ」
さらにプレッシャーをかけてくる…… ポロッと変なこと言っちゃいそうだから、これからは前みたいに、お母様ともイリスとも何にも考えずに好きな事話せなくなっちゃうよ!
「という訳だから、お前も何か調べたいことがあれば、彼らに指示しなさい」
さらにさらにプレッシャーが……と思ったけど、最後の言葉はそうでもなくない?
それに私、今日気になってたことがあったんだ。
「あのー、今日アルフリードと元リューセリンヌの土地に行った時に、黒い鎧を着た騎士が何人もお城に入っていくのを見たんです。どこの家紋も記されてなくて……あの人達がなんだったのか、調べてもらうことって出来ますか?」
「もちろんですよ、お嬢様! 僕にお任せください」
張り切ってヤエリゼ君がそう言った。
「黒い鎧? それは帝国の騎士団じゃないな。威圧感が出てその家門だけ目立ちすぎてしまうから、鎧にその色を使うのは禁じられている」
お兄様の言葉から、アルフリードが現場で首を傾げてたのが正しかったって事が分かった。
はじめは、こんなエスニョーラ家の秘密に触れちゃって恐怖しか無かったけど、この情報網ってやつを使えば、王子様の危機も察知できるかな?
「あと、あと……エルラルゴ王子様の身に何か起こりそうだったりしたら、教えてもらいたいです」
「それでしたら……」
今度はウーリス団長が何か言おうとして、お父様がそれを遮った。
「まあ、帝国内のことなら知らせることは出来るが、国外のことまでは把握できかねるぞ」
ううっ…… リラックスモードの時と違って、お仕事モードの顔の筋肉が固まっちゃってるみたいな顔つきのお父様は、とっても怖くて、これ以上私には何も言えなかった。
他にも、なんでこんな有益な情報網があるのに、陛下にすら内緒にしてるのか気になったんだけど……
また教えてもらえそうなタイミングを見計らうしかないか。
そしてこの日はやっと自分のお部屋に戻ることができて、翌日の皇城にて。
「うむ、ついにエミリアにも愛馬ができたのだな。とても美しい芦毛だ」
いつからか皇女様も私のことを呼び捨てで呼ばれるようになって、初めてお会いした1年前よりもグッと距離が近くなったように感じられる。
皇女様はフローリアの鼻頭を優しい表情でナデナデした。
皇女様の白い愛馬グランディナちゃんもフローリアに顔を寄せてご挨拶しているようだった。
この日は、フローリアの初登城で慣れさせてあげるのが目的だったから訓練はせずに、皇女様と一緒に彼女達に乗って皇城内のいろんな場所を散策して回った。
昨年、香水作りのワークショップをした離れの方に行くと、私が石と木を集めてきて釜戸を作ってた庭先に丸いテーブルが並べられていて、貴婦人が何人も座っていた。
彼女たちの視線の先には、綺麗な胸まで伸びた金髪の王子様がいて、何か説明しているみたいだったけど、私と皇女様の姿に気づいて大きく手を振っていた。
皇女様はそれに微笑んで軽くうなずき、私は大きく手を振り返した。
ワークショップ中の王子様のお邪魔をしないように、私と皇女様はそのまま離れを横切って別の場所へ移動した。
やっぱり……この精神性が高く、お互いを認め合っているようなお2人と過ごすほのぼのとした日常を守って、無事にナディクス国で結婚して幸せになってもらいたい。
エスニョーラ家の情報網っていう武器も昨日ゲットしたし、相棒のフローリアもついにやってきたし、それらが私の気持ちをそっと後押ししてくれるような気がした。