56.エミリアの相棒
ついに、この日がやってきた。
ここに来るのは何度目かになるのに、ガンブレッドに私とアルフリードが一緒に乗っかって来るのは、最初に訪ねた時以来になる。
平屋がたくさん並んだ一角から、立派な黒革の鞍を付けて現れたのは、芦毛色をしたスラッとしてタテガミや尻尾がサラサラとなびいている一頭のお馬さん。
その子が現れるとアルフリードが手綱を引っ張っているガンブレッドは、すぐ様そばに駆け寄って、その子の顔をペロペロした。
そう、初めて会ってから1年が経った今日、私の愛馬フローリアをお迎えに上がる日がついに来たのだった。
小さい頃から好意的にされているからなのか、側から見ていると若干しつこく感じられるガンブレッドのスキンシップにも、彼女は何の抵抗もなく応じているようだ。
「フローリア、これからよろしくね」
私は彼女の大きな真っ黒い瞳を見つめながら近づいて、ガンブレッドに舐められてない乾いてる頬のところをナデナデした。
そして、背伸びをしてその耳元で、
「一緒に皇女様をお守りしようね」
小さく囁いた。
「何、内緒話してるの?」
すかさず腰に片手を当てて、ちょっと上から目線で私を見下ろしながら、口の端を引き上げているアルフリードが声を掛けてきた。
「秘密!」
イタズラっぽく私は彼に笑いかけて、フローリアの鞍に付いてる鎧に足を引っ掛けてサッと彼女にまたがると、辺りを駆け出した。
前回、1ヶ月半くらい前にきた時は、走るのが大好きという彼女は、はしゃいでしまって駆けたりすると乗っているこちらはピョンピョン上下にものすごく揺られてバランスを保つのが結構大変だった。
でも今では、乗り手の意思を汲み取って自分の感情をコントロールして、指示通りに落ち着いた動きができるようになったみたいだった。
走り方も流れるようで、揺れが少なくなってバランスも取りやすくなってる。
すごい! すごい!
1年前には何にもできなかった細っこくて可愛かった子が、今ではどんな騎士の人が乗ってもちゃんと対応できる、とっても万能で頼もしい子に成長している。
ここまで訓練をしてくれた馬牧場の人達にお礼を言って、私とアルフリード、ガンブレッド、そしてフローリアはここを離れた。
馬牧場に来ることも今後はほぼ無さそうだから、アルフリードのお母様の故郷、元リューセリンヌにある花園に、帝都へ戻る前に立ち寄ることにした。
いつも花園に行く前に繋いでおく木陰にガンブレッドとフローリアを繋いでいると、2頭とも耳をピクピクッとさせて、同じ方向をジッと見始めた。
アルフリードは少し警戒したようにそっちを見てから私の方に目線を合わせると、手を繋いで森の奥へと進んだ。
そっちの方へ行くと、1年前にルランシア様から教えてもらった元リューセリンヌのお城が姿を現した。
私たちがいる森の先は崖みたいになっていて、お城はその下の方に聳え立っている。
お城は薄茶色した石が積み重ねられた城壁で囲まれているのだけど、多分、鉄でできている大きくて重たそうな門が開いていて、その中に向かって何やら行列ができていた。
茂みに隠れてアルフリードと私が見ているその行列はどうやら、鎧に兜を着た騎士達のようだった。
「うーん……あんな色した鎧の家門なんてあったかな」
鋭い視線を放ってアルフリードがつぶやいた。
1列で歩いている騎士の鎧は真っ黒で、普通だったら背中とか肩当てとかに家門の紋章が入ってるものなんだけど、それがどこにも見当たらない。
私たちが気づいて見に行ったのは、もう行列の終わりの方だったみたいで、しばらくすると列の最後の1人が門の中に消えて行くと、ギギギと鉄の門は閉められてしまった。
それから私とアルフリードは、公爵様と奥様の思い出の場所、秘密の花園にちょっとだけ立ち寄った。
今の季節、この場所には香水に使ったアエモギのオレンジ色の花がたくさん咲き乱れていた。
1年の間に馬牧場のフローリアに会いに来たついでに、この花園にも何度も足を通った。
そして四季折々の花や植物をここからもらってきては、ヘイゼル邸の中庭に植え替えた。
だから、ヘイゼル邸でもここと同じ四季の風景を楽しめるはず。
今度はいつ来れるか分からないこの地に別れを告げて、私達はそれぞれの愛馬にまたがって駆け出した。
私はもう、一番最初にここに来た時に、アルフリードと彼の叔母様ルランシア様が駆けていたハイスピードで走らせることが出来るようになっていた。
ガンブレッドは普段はお茶目だけど、走ってる時はもう頑丈で屈強なオスの中のオス馬って感じでスタミナもすごくありそうだけど、フローリアは多分、彼ほどの体力はないと思う。
だけど、長い間疲れずに走れるような筋肉の使い方とか、力の抜き加減とかの調節が上手いみたいで、長い間、持久力を保って走ることができるみたいだった。
そんな彼女を気に掛けるみたいにガンブレッドがそうしてるのか、アルフリードがそう指示してるのか定かでないけど、フローリアがちょっと遅くなったりすると足並みを揃えてくれて、私たちは横並びになって、いつも通る草むらなんかを駆け抜けて行った。
「明日はソフィアナとの訓練の日だったよな。早速、フローリアを連れて行って皇城に慣れさせてあげよう」
無事に帝都に到着して、エスニョーラ邸まで来るとアルフリードがそう言った。
これまで皇女様との騎馬訓練では、皇族騎士団のお馬さんをお借りしていたけど、フローリアが来た今、その訓練はようやく彼女と一緒にできることになる。
アルフリードとガンブレッドとまたね~ と別れて、この日のために準備していたウチの厩のフローリアのお部屋に彼女を案内して、新鮮なお水とご飯をあげた……その日の夜のこと。
私はお父様の執務室に呼び出された。
そこにいたのは、お父様にお兄様、エスニョーラ騎士団のウーリス団長。
そして、団長の息子というヤエリゼ君だった。
「お前は! お嬢様にとんだ粗相をして! お嬢様に謝るのだ」
ウーリス団長が隣りにいたヤエリゼ君の頭に手を当てて、下げさせようとした。
なんだろう、この状況は……
屋敷の主とその息子に、お父様でもあり所属する騎士団のトップに囲まれて責め立てられてるような感じになってしまっていて、ヤエリゼ君がなんだか気の毒だ……
「あ、謝るって一体何のことでしょう??」
「この騎士服ですよ、無くしたのをお嬢様に探させたというじゃありませんか! 主人に仕える者が、主人を使おうとするなど、あってはならんことです!」
ウーリス団長が指差すヤエリゼ君が着てる騎士服を見ると、前に着ていたダボダボなのじゃなくて、袖や裾の長さがちゃんと彼に合わせてある。
「こ、これはロージーさんがダボダボの奴を直してくれたんです……僕の本物の騎士服みながらレプリカが仕上がるまでの間、これで我慢してって……」
顔を真っ赤にして、ボソボソと喋っているヤエリゼ君だけど、ウーリス団長は呆れたような顔をしているし、お父様とお兄様は皇城にいる時のプレッシャーを感じさせるポーカーフェイスに無言の佇まいで空気が張り詰めちゃってる。
それにしても今着てるの、ロージーちゃんがお直ししてくれたヤツなんだ! ふむふむ、これを受け渡しするのにも会ったりしてるんだろうし、いつの間にか2人の間も進展してるみたい。
「そ、そんな、謝らなくっていいですよ! 元はと言えば、盗んだ私が悪かったんですから! 探すのは当然じゃないですか!」
私がこの重たい空気をどうにかしようと、ワタワタしてると、
「お前が今、着ている物のことじゃない。そのやり方が問題なんだ! 公爵家の見取り図を持ち出したそうじゃないか」
団長がガミガミとヤエリゼ君をさらに叱りつけた。
あ、やっぱり! あれを渡された時に、ここにあるのが絶対おかしい代物だったし、あったとしても、外に出したらマズいものとしか思えなかったもんね。
すると、コツコツ、という軽い音が聞こえて、その方を見ると執務机の前に座っているお父様が指で机を叩いていた。
「彼を咎めるためにエミリアを呼んだ訳ではない。ちょうどいい機会だと思ったのだ。お前も皇城に通うようになって、ゆくゆくは皇女殿下の女騎士になるというではないか。皇族という国の中枢に近しくなる者ならば、我が家の秘密も伝えておかねばならないだろう」
え……なになに、この展開?