53.XSサイズの騎士服の行方
ヘイゼル邸の本館の裏手には、ひっそりと佇んでいるけれど、まあまあ大きな四角い石造りの建物、“使用人の館”がある。
公爵邸で働く使用人は数百人はいるらしいので、その人たちの住居にもなっているのだから、アパートの一種と言ってもいいのだろう。
ただ、その館には外から入れる出入り口が見当たらない。
本館とはくっついているように見えるんだけど、本館の中に入るにも、今まで使用人さん達がどこを通ってきてるのか、よく分からないでいた。
しかし、あの小さい騎士さんからもらった公爵邸の間取り図には、この使用人の館と本館の間には、いくつも隠し扉があって、そこから皆さん自由に出入りしていた事がうかがえた。
そして私がやってきたのは、公爵様やアルフリードなど主人の居室が立ち並んでいる長い廊下の一角。
壁には所狭しとヘイゼル家の祖先の肖像画が飾られている。
主人たちのプライベートエリアは後回しでいいよ、とアルフリードからも言われてしまっているので、ここはリフォームが全く進んでおらず、昼間なのに背筋にゾクっと寒気を感じながらも、私はある1つの肖像画の前に足を進めた。
その額縁を横にずらすと、周りの色とちょっと違う石が嵌め込んであって、それを押してみると、横の下の方の壁と床の一部が下にずれて、階段が現れた。
わぉ…… あの間取り図には“ここ押すと使用人部屋にすぐ行けちゃうよ”ってイタズラ書き風に書かれてたから半信半疑だったんだけど、本当だったとは。
階段は薄暗いけど向こうの方には出口があるみたいで、白く光っている。
あの小さい騎士さんが“怪しい”と言っていたスペースは、この隠し通路から行くのが一番近そうだった。
恐る恐る、でも探検してるようなワクワク感を伴いながら階段を降りると、そこには、
たくさんの部屋のドアが立ち並んでいるちょっと狭めの廊下が現れた。
だけど……その空間は、主人たちの居場所であった薄気味悪い雰囲気は全くなく、クリーム色の壁も板張りの床も汚れが見られず、真新しいかのように綺麗だった。
私は抜き足差し足で廊下を通り、十字路に差し掛かったら左の方へ向かった。
そこは廊下のどん詰まりで、何もないように見えるんだけど……
小さな穴があって、そこに人差し指を入れると床板が持ち上がって、またまたさらに下へ行く階段が現れた。ここは多分、床下収納ってやつみたいだ。
この階段は真っ暗で、このまま行っても何も見えずに終わってしまいそうだから、私は一旦、本館に戻って燭台を探してきて、再びここに戻ってきた。
一緒に持ってきたマッチを擦って、火を灯すと、階段を下っていった。
やっぱりその下にも3つくらい部屋があって、一つ一つ覗いてみた。
空っぽの部屋に、テーブルとか椅子とかが積み重なってる部屋、そして最後の部屋を開けると……前の2つより広めに出来ているその部屋に広がっている光景を見て、私は息を呑んだ。
そこにあったのは、壁にずらっと並んだ、色んな騎士団の騎士服の数々……!
同じ家紋が入ってるのでも、派手なのとか、地味なのとか正装と普段着で種類が異るのがあったり、帽子とかベルト、ブーツとか小物なんかも周りの棚に飾ってある。
そして、馴染み深いエスニョーラ騎士団のコーナーも勿論ちゃんとあって、私がまじまじと畳んで置いてある騎士服の一つを手に取ろうとした時……
「坊っちゃまのフィアンセ様! どうか……どうかご勘弁を!!」
引きつったような叫び声がドアの方からして、
へえぇ!! 誰かに侵入したのがバレた!
と思って慌ててそっちの方を向くと、号泣してるメイドのロージーちゃんがこっちに向かって猛ダッシュしているのが目に飛び込んできた。
そして、私が手に取ろうとしてた騎士服をものすごい勢いで掴み込んで、その中に顔をうずめ込んだ……
え……王子様の歓迎会でアルフリードに抱え上げられて突然のプロポーズを受けた時くらい、訳わからない状況なんですけど。
ロージーちゃんは震えながら、その騎士服をすっごく愛おしそうに見つめて、私の方を怯えたウサギちゃんのような目で見上げてきた。
「XSサイズの騎士服なんて皆、初めて見たんです……これは超、超レアものなんです!! どんなお咎めも甘んじてお受けいたしますので、どうか……私たちの癒しを取り上げないでください……」
そうして、1本のロウソクが刺さってる燭台を手にして呆然としている私の目の前で、ロージーちゃんはその場に泣き崩れたのだった。
「……了解しました。じゃあ、明日の17:00にカフェ・シガロに向かいますね」
次の日の朝、射場に現れた小さい騎士さんに事の次第を説明し、行方不明だったブツの持ち主と、それを隠し持っていた者を引き合わせる算段を私は踏むこととなった。
あの騎士服のコレクション部屋というのは、幽霊屋敷という精神衛生に著しく支障をきたす過酷なヘイゼル邸で働かなくてはならないメイドちゃん達の、癒しスポットとして昔から脈々と受け継がれてた小部屋らしい。
騎士服は、古着屋さんとかオークションなんかで出回ってるのを見つけた人が持ってきて飾ってたうちに膨大な数になってたんだとか。
そして、中でもロージーちゃんは熱狂的な騎士服フェチ。
私をテキパキとした所作でお着替えさせていた時、なんとしてもこのXSの騎士服をコレクションに加えたいと、その事ばかりを考えていたのだという。
……お着替えが終わった後、すぐに彼女を追いかけたのに、姿が見えなくなっちゃってたのは、このコレクション部屋にすぐ駆け込んで行ってたからだったんだ。
時間よりちょっと早めに私とロージーちゃんは、待ち合わせ場所に腰を下ろした。
ロージーちゃんはおもむろにカバンから茶色に金色のラインが入ったハードカバーの本を取り出して、テーブルに置いた。
「こちらが悪の経典、もとい“ヘイゼル公爵邸 使用人経典”でございます」
これまでヘイゼル家の使用人さん達は、みんな感情を一切、表に出さない機械みたいな人間だと思ってたけど、ロージーちゃんの様子から、別にそんな事はない普通の人達だってことが分かった。
だけど、そんな彼らを人間から遠ざけるように仕向けているものがあった。
その正体がこの経典なのだという。
「これにはヘイゼル家が公爵となって以来、受け継がれてきた使用人に関する掟が記されています。この掟の発動条件は、ご主人様の前と、使用人エリア以外のヘイゼル家の敷地全てでございます」
やっぱり歴史ある大貴族のおウチには、色々なしきたりがあるらしい。
私がそれをパラパラとめくっていると、急にロージーちゃんが目を輝かせて一点を集中して見始めた。
「僕、忙しいもので、早く騎士服を返してくださ……」
「その着こなし、すっごく斬新! カッコいい!!」
到着した騎士さんが、私やお兄様の前とは違う不機嫌丸出しの様子で話すのを遮って、ロージーちゃんは勢いよく立ち上がりキャッキャし出した。
もう私の中で、今までのイメージが完全崩壊してしまったんだけど、彼女はダボダボの騎士服に興奮しちゃってるようで、騎士さんの手を両手で握り始めた。
「は、はあ……」
顔を赤らめて、騎士さんは言葉を失ってしまっている。
「あ、そうだ! このXSの騎士服も着てる所、見てみたいな! ちょっとお着替えして頂いてもいいですか?」
ロージーちゃんは服の他に騎士のブーツとか一式が入ってた袋を勢いよく手渡し、彼は流されるがまま、カフェのお手洗いへ入って着替えて出てきた。
「きゃー! エミリア様が着てらした時は可愛さが際立ってたけど、殿方が着ているのはやっぱり精悍で強そうでカッコいいです」
もはや瞳を潤ませながら、ベタ褒めしまくっているけど……私から見たら別に普通のサイズ着てる騎士さんと何ら変わりないのですが。
「だけど、もうお返ししないといけないんですね……せめて、エミリア様がヘイゼル邸の隅々まで綺麗にリフォームして下さるまでは、側に置いて癒されたかったんですけど……」
ロージーちゃんは目に涙をいっぱい浮かべて、俯いてしまった。
「……いいですよ、そんなに気に入ってるのなら、お貸ししますよ」
「え? 本当に?」
ロージーちゃんが驚いて顔を上げると、その騎士さんは小さくため息をついて、
「ただし必ず返してくださいよ。僕はエスニョーラ騎士団のヤエリゼ・ウーリス。次のエスニョーラ騎士団の団長ですからね。いくらダボダボがカッコ良くても、有事の時に動きやすくない騎士服は意味ないですから」
へっ……知らなかったけど、この人、ウーリス騎士団長の息子ってこと?
だから私の事も知ってたのか。
しかし、突如現れたこの新たなカップリングっぽいフラグのためにも、私はヘイゼル邸リフォーム計画を確実に完遂する決意を固めたのだった。
そうして、XSの騎士服の件は一件落着(?)した次の日の朝。
普通にお話できるようになったメイドのロージーちゃんから、ヘイゼル邸の朝焼けが綺麗だって教わって、広大な空き地みたいな敷地をガンブレッドのママ馬・シェルラーゼを引いて朝散歩していた時のこと。
向こうの方から数頭の馬が横一列になってモヤの中から現れた。
すっごく満身創痍でクタクタの泥まみれの人達が乗ってて、ほとんどの人が背中に弓を背負っている。
朝日が昇って辺りが照らし出された時、その中の1人にアルフリードらしき姿があるのに私は初めて気づいたのだった。