50.はじめての共同作業
この日、私が来たのは皇城内にある帝国図書館。
帝国で出版された全ての本に、他国の本も膨大な数が蔵書されている本棚でできてるお城のような場所。
私は王子様のインテリアコーディネートの講座で出た「自分らしい照明をデザインしてみよう」という課題のために、お部屋のランプとかシャンデリアとかそんなのが沢山載ってるような資料を探しにここに来た。
ちなみに王子様のワークショップは前に参加した香水作りみたいに1日で終わるものと、数日に分けて開催されるものがある。
インテリアコーディネートは、月に2回開催されてて1年かけてその内容を学んでいくという結構、本格的なコースだ。
デザイン関連の本が並べられている棚で、世界中の照明器具が載っている資料集を見つけて取ろうとしたんだけど……
なんで、こういうデザイン系のおしゃれな資料集って、縦横がすっごく大きくて、しかも大きいモノほど上の方の棚にあるの?
私は小さいから背伸びしても全く届かないし、仕方ないから踏み台を持ってきて取ろうとしたけど、それでも届かないんですけど……
ピョンピョン飛び跳ねて何度かトライするも、もう無理だと諦めかけた時、横から背の高い人が現れて私が取ろうとしていたデッカい本を片手で棚から取り出した。
「お嬢様、お探しのものはこちらかな」
ナイスタイミングで現れたのは、今日は他の部署との会議で朝から一緒にいなかったアルフリードだった。
私が取りたかった本を持っていない手には……ヒュッゲに関する本が抱えられている!
私は彼からカラフルなステンドグラスの傘に覆われたサイドランプが描かれた大きな表紙の本を受け取った。
踏み台に乗っているからか、いつもより近くに感じられる彼の微笑んでいる顔を見て「ありがとう」と言うと、2人で図書館の談話室へ向かった。
「よし、こんな感じでどうかな」
席について持ってきた資料を開いてそれぞれ作業をしていると、彼は1枚のスケッチを手渡してきた。
そこには、おしゃれでゆったりとしたソファや、テーブル、暖かい日差しが入ってきそうな大きな窓なんかが、まるでイラストを生業としている人のようなラフなタッチで描かれていた。
……アルフリードって絵の才能もあるの?
しかも、もしかしてこれって……
「うちの応接室のデザインを描いてみたんだけど、エミリア先生どうですか?」
彼はテーブルに頬づえを付いて、私の方を見ながら、余裕のあるような表情とポーズを取っている。
私は彼のスケッチを持つ手をわなわなと震わせて、感動に包まれていた。
や、やった……これってエスニョーラ邸での彼の美的センス教育が成功したってことだよね?
「ア、アルフリード、完璧だよ!」
「じゃあ、これで進めちゃっていいかな?」
彼は私が持っているスケッチを上からつまむようにして、持ち上げた。
「もちろん進めちゃって! だけど……公爵様の許可を頂かないと」
そうだ、あの独特の感性との衝突合いは避けることができないはず。
「ああ、それだったら父上からは全て、僕とエミリアで決めちゃっていいって了承を得てるからね」
!!
「どういうこと?」
驚きのあまり目を見開いていると、
「一応、僕は公爵家の後継ぎだから。邸宅のことは何でも管理できるようにしておかないとダメだろ。勉強がてら任せて欲しいって伝えたら父上もOKしてくださったよ」
やっぱり、原作に書いてあった通り、アルフリードってやり始めれば多分、なんでも出来ちゃう人なんだ……
そして、いろんな部門の人と皇女様との架け橋になる側近を務めてるだけあって、人との調整力がハンパない。
いわゆる“使える人”。
そんな人がやる気になってくれたんなら、もう鬼に金棒!!
本人が本人の闇落ちを防ぐという、素晴らしいサイクルだ。
そうして、アルフリードが起こしたイメージから、もっと具体的に家具とかカーテンとか壁紙なんかのディテールを私が詰める作業をすることになった。
「新品のものは、オリジナルのものを特注して作ってもらおう」
マリアンヌ嬢が紹介してくれたテドロ家御用達の業者さんにはリフォーム屋さんだけじゃなくって、木を切り出して家具を作れる木工職人さんや、私が調べてたみたいな照明を1から作れる職人さんもいたりする。
私とアルフリードは手分けして、ディテールを決めたものをそうした職人さんや業者さんにお願いして、いよいよリニューアルした応接室をお披露目することになった……
「本当にここ、あっちの世界からやって来た人が部屋の隅っこにいてもオカシくなかった、あの部屋なの……?」
扉を開けた瞬間、まだ帝国に人質として来て間もない幼い頃、足を踏み入れて以来という王子様は、信じられない物を見るような目をして呟いた。
「以前の状態は思い出すだけで気分が悪くなり頭から完全に排除していたが、これは……何度も足を運んでみたくなるような代物だな」
白いブラウスに、黒ロングのプリーツスカートを履いている皇女様も腰に手を当てて、感心されたように部屋に一歩入って中を見渡している。
最初、公爵様からダークサイドまっしぐらなお部屋の提案をされた時はどうなるかと思ったけど、アルフリードも空気を読んでくれて味方になってくれたから、本当に助かった。
それに……この部屋を作り出すのに、彼との共同作業はけっこう楽しかった。
アルフリードは私の意見も尊重しつつ、気になる所は指摘してくれるから、お互い遠慮せずに完成まで持っていくことができたし。
でも、ま、それは私に限らず彼の場合、誰とでもそうなんだろうけど。
こうして王子様も皇女様もすっかりお気に召された応接室と同様に、アルフリードがまずイメージを起こして、私がディテールを詰めて実際に施工を進めるっていうやり方で、他の部屋についても着実にリフォームが押し進められることになった。
課題を調べるのにまた図書館へ行くと、大きい資料は下の方の棚に移動されてて、踏み台も高いものが用意されていた。
やっぱり私と同じように困ってる人がいて苦情が殺到して改善してくれたのかな、と思っていたら、
「その棚の配置と踏み台ならお前のフィアンセに言われて急遽、直したんだよ」
声がして見ると、ここの図書館の上の方の役職で働いてるお兄様だった。
「ほらよ、これ。お前の分だ」
そして白い封筒を私に手渡すと、さっさとまたどこかへ行ってしまった。
なんだろう、これは?
封筒から中に入ってた紙を取り出すと、可愛いピンク色の模様で縁取られたそれは……結婚式の招待状だった。