43.彼女達はあの彼女達だった
会場に到着してアルフリードの腕に腕をからませて主催の方へ挨拶すると、早速イリスが私と同じ年くらいのご令嬢が数人集まっているグループの方へ案内してくれた。
皆、それぞれの家門の騎士団の制服を着た女騎士を後ろに従えている。
「僕は少し知り合いと仕事の話をしてくるから、ご令嬢同士で楽しんでおいで。ダンスタイムになったら迎えにくるよ」
そう言って、私の手の甲に口付けするとアルフリードは行ってしまった。
「まあ、ごきげんよう。わたくし、コルバルト侯爵家のミゼットと申しますのよ」
最初に声を掛けられたのは、胸のあたりまで茶色い髪の毛がクルンクルンとカールした、ちょっと垂れ目な感じの可愛らしいご令嬢だった……
んだけど、コルバルト侯爵家のミゼット嬢といえば!!
この世界に来る前に読んでいた、この世界が舞台の小説『皇女様の面影を追って』の序盤で出てくる、アルフリードが今日みたいな舞踏会の日に出会って恋に落ちたご令嬢の1人じゃん!
そして、皇女様の幻影により、婚約まであと一歩というところで、彼に冷たく突き放され、舞踏会恐怖症に陥ってしまった可哀想なご令嬢。
小説は今から3年後の設定だから、まだ幼いんだと思うけど、小説に書いてあった容姿とそっくり!
こ、こんな可愛らしい令嬢を傷つけるなんて……小説のアルフリードはどうかしてるよっ。
「初めてお目にかかりますわ。イリス様のお知り合いなのですってね。お名前を伺ってもよろしいかしら?」
あ、ミゼット嬢はこの前の婚約披露会には来ていなかったんだ。
王子様に教わった初対面の方との社交マナーを存分に発揮しないといけない場面ね。
「どうも、ごきげん麗しゅう」
ここでドレスの端を持ってお辞儀。
「わたくし、エスニョーラ侯爵家のエミリアと申しますの。先日、ヘイゼル公爵家の長男アルフリード殿と婚約いたしましたのよ。以後お見知りおきを」
ここでニコッとスマイル。
よし完璧!
……のはずなのに、ミゼット嬢はちょっとポカンとした顔をして、小首を傾げていたけど、次第に何かを理解したような表情を浮かべた。
「まああ! この間、お呼ばれしたパーティーの時と全然違っていたから初めてお会いした方と思いましたわ!」
あ、やっぱり。王子様のメイクのせいで、同一人物と認識されてなかった。
「何を大きな声をお出しになってるの?」
今度は、長くて細かいウェーブがかかった金髪のご令嬢が声を掛けてきた。
私やミゼット嬢よりも幼そうに見える。
「こちらはテドロ公爵家のマリアンヌ嬢ですわ。先月、社交デビューしたばかりですの」
ミゼット嬢が紹介してくれた、マリアンヌ嬢。
この華やかで好奇心旺盛そうな感じのご令嬢も……原作に出てきたよ。
アルフリードとは年がけっこう離れてるから、兄弟みたいな感じでいたのが、いつの間にか恋心を抱くようになり、アルフリードもそういう対象でみるようになっていい感じになっていった矢先……
皇女様の幻影により急に無視されるようになり、年上男性を見ると蕁麻疹が出るようになってしまった、可哀想な令嬢。
やっぱり、やっぱり、こんなにいたいけなご令嬢を傷つけるなんて、酷すぎる!
「わたくし、本日のエミリア様の方が好きですわ。 前回のは近寄るのが怖いくらいでしたもの」
マリアンヌ嬢は横目ですぐそばにいる女騎士の人をチラ見しながら、私の耳元でコソコソ話をしてきた。
原型をまだとどめている今日の姿の方を気に入ってもらえて、私も何よりですし、前回のは私も怖いと思いました。
「ご挨拶が遅れましたわ。サルーシェ伯爵家のオリビアですの。どうぞ、よろしく」
次に現れたのは、長い縦ロールの髪の毛が特徴の落ち着いた雰囲気のご令嬢。
そして、もちろん……オリビア様も原作に出てきましたよ。
しかも、アルフリードのストーカーになってしまうという痛いキャラ設定なんだけど。
あれ? この方は、実際にどこかでお会いしたような……
「わたくし、この姿に似たエミリア様とどこかでお会いした気がしますわ」
あ、おんなじコト言ってる。
すると、オリビア嬢はドレスのポケットから何か紙を取り出してそれをジックリと見始めた。
「はぁ〜、先日ご入会いただいた、あのエミリア様ですわね」
にゅ、入会といえば……最近、入会したと言えば、アレか?
「もしかして、エル様ファンクラブのことですか……?」
「そうですわよ、わたくしファンクラブの会長を務めていますの」
確かにあの時、入会を半強制的にさせてきた女の子だわ!
でも、あの時はもっとキリキリした感じで、こんなに落ち着いた雰囲気ではなかったけど。
「あの時は、わたくしの早とちりで失礼いたしましたわ。わたくし、あなたのお兄様のお陰で心を入れ替えましたの」
ん? お兄様がどうしたって?
「またオリビア嬢、あの時のお話をされているのですね。わたくしもあの時期に、ドレスを仕立てようとしたらお断りされてビックリしましたのよ!」
ミゼット嬢が話に入ってきた。
「わたくしもですわ。通常7日かかるところ2日間で1人の女性のドレスを作るために帝都中の職人が店を閉めて駆り出されたのですもの」
今度はマリアンヌ嬢が、ヒソヒソと私の耳元で話してきた。
「お兄様の1人の女性を愛する姿勢に心打たれて、わたくしももっと謙虚な姿勢で、いい方に尽くしてもらえるような、そんな女性になりたいと思いましたの」
え、つまりお兄様がイリスのためにそんな事したの?
いや、普通に感動するわ。
しかもオリビア嬢の追っかけ・ストーカー気質を根本から抜け出させたんじゃないのかな。ある意味、人助けになっちゃってるし。
そんなこんなで、私にもご令嬢のお友達ができて、楽しい時間が過ぎていった。
すると、少し照明が落とされて、テンポダウンした音楽に変わった。
「エミリア、迎えにきたよ」
私は2回目のアルフリードとのダンスに臨んだ。
やっぱり…… 彼と見つめ合って踊っていると、この空間には2人きりしかいないような気分になって、体がフワフワと浮いてくるような感じがして……
気づくと、ここの会場のテラスに彼に導かれて星空を見ながら佇んでいた。
流れ星が見えて、わぁ、すごい! と思って目を見開いていた瞬間、流れ星が消えるのと同時に、私の唇がこの前と同じように柔らかいもので塞がれた。
……どうして、もうしないって言ってたのに。
「エミリア、ごめん……やっぱり、着飾ってる特別な君を見てしまうと、我慢ができない……でも、もうしないよ」
アルフリードはまた深くうなだれて、そう弁解しているけれど、私は裏切られたような気持ちと、でも少し酔っているみたいな心地良さに支配されてしまっていた。
そして、フラフラ体が揺れながら目の前が白濁して力が抜けていくのを、私は他人事にみたいに感じていた。
※お兄様のエピソードはサイドストーリー『侯爵子息ラドルフと女騎士イリスの近況報告』の「13.張り合うは俺の金」参照。
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