42.舞踏会へ
ワークショップで作った釜戸を片付けて帰り支度をしていた所、王子様に呼び止められた。
「エミリアちゃん、今度の舞踏会ではまた私が準備をしてあげるから、よろしくね」
髪を後ろで結わいて、サッパリした雰囲気の王子様は首を傾げてニッコリ笑った。
「舞踏会があるんですか?」
それは初耳だった。
「あれ、アルフリードからまだ聞いてなかった? 知り合いから招待されたらしくて、エミリアちゃんとまた踊りたいから返事したって言ってたよ」
という訳で、突如3日後に披露会以来、初の舞踏会に行く事になった。
ワークショップの後、火を起こして汗だくだった私は、お母様とイリスと3人で帝都の温泉スパに立ち寄った。
「その舞踏会なら坊っちゃまも招待を受けてましたけど、出張中なので私は無理だと思ってました。でもお嬢様が行くなら、何人かご令嬢の知り合いがいるので私も付いてって紹介しますよ」
乳白色の露天風呂でプカプカ浮いていると、頭に手ぬぐいを置いてまったりしているイリスが話し始めた。
今、お父様とお兄様はエスニョーラ家の持つ別の領地の視察とかで屋敷にいない。
私の婚約披露会でお兄様と最悪の状態でいる姿を見せていたイリスだけど、何が起こったのか、今では頻繁に2人で舞踏会に行ってるので仲は悪くないみたいだ。
他のご令嬢かぁ。
これから私も社交の場にいつ駆り出されるか分からないし、知り合いがいた方が心強いかも。
「だけど、イリスだけで行ったらラドルフが怒るでしょ?」
確かにお母様がそう言うのも分かる……
まさかお兄様がそんな事するとは思わなかったけど、突然アルフリードと同じようにイリスのために山程ドレスとアクセサリーを買い与えるようになっていた。
それくらい尽くしてるから、もしイリスが他の男の人とダンスしたり話したなんて聞いたら激怒しそう……
シスコンとして私に向けられていた執着の矛先が、フィアンセに変わったのだとしたら、それは実に喜ばしいことではあるが。
「あ、大丈夫ですよ。お嬢様の女騎士として同行すれば何も問題ありませんから」
おお! それは名案かも!
で、当日。
エステティシャンのアリスの出張エステも受けて、ドレスも着て、王子様のメイクとヘアセットが始まった。
「なんだか、ワークショップでいつも忙しいのに、私のためにすみません……」
私の顔にクリームを塗っている王子様に私は申し訳なく思って言った。
「いいんだよ。アルフリードは僕の大切な幼馴染みだし、君は彼の大切なフィアンセなんだから。ところでエミリアちゃん、君がくれた小説読んだよ」
あ! 私が皇女様の女騎士を志願した理由になっちゃってる、捏造小説のことだ。
この前、帝都で皇女様と歩いてる所に出くわした時に渡したんだった。
考えるのが大変で、ページ数もちょっとしか書けなかったから、すぐに読めちゃってつまらなかっただろうな……
「あの中にさぁ、パラグライダー? っていうのが出てきたと思うんだけど、あれどうやって作るの?」
あ、まずい…… この世界には無いものを載せちゃってたんだ。
私が王子様に渡した内容を軽く説明すると、(架空の)皇女様が敵対している隣国の(架空の)王子様と愛し合っているというロミオとジュリエット的な設定。
王子様の所へ会いに行くまで皇女様を女騎士がお護りするんだけど、無事に引き合わせた後は、女騎士は自国に戻ることになる。彼女にも恋人がいるから。その時に自国に戻る時に使ったのが、パラグライダー。
どうやって作るって……あれってどうなってんの?
まあ、見た目通り説明すればいいか。
「ちょっと細長い感じのでっかい長方形の布を用意して、端に長い紐をたくさんつけるんです。その先にイスをくっつけて、高い丘とかから走ってそのイスに乗っかると、布が膨らんで空を飛べるようになるんです」
王子様は、頑張って頭の中でイメージを膨らまそうと唸っている。
「ふーん、そんな不思議なものが出てくる小説の夢を見るなんて、やっぱりエミリアちゃんは只者ではないね。あ! そうそう、話は変わるんだけど、ソフィから聞いたよ。ヘイゼル邸のリフォーム計画、あの2人から了承をもらえたって」
あ、話が簡単に変わった。
ふぅ……やっぱり捏造したことを、本当っぽく語るのはツラいわね……
これでもう、王子様の興味からこの小説が今後も外れていってくれるといいんだけど。
「そうなんですよ! 皇女様が陛下とお父様も巻き込んで下さって。今度、王子様のワークショップのインテリアコーディネートも受講して、リフォームの方向性の勉強もしたいなぁって思ってるんです」
「うわぁ、それはいいアイデアだね。確か、そのコースはまだちょっと空きがあったと思うから予約しておいてあげるよ。あと、賛同者で担当エリアを決めて、攻略していくなんてのも、効率的でいいかもしれない……」
そんな話をしている間に、王子様の作業はクライマックスを迎えて無事に終了した。
そして、再び鏡の前に立った私は……
まあまあ原型を留めつつも、人違いです、と言えば間違えて似た人に声掛けちゃった、と納得してもらえるくらいの別人だった。
「今日のテーマは“お友達作ろう”。近寄りやすい明るい雰囲気を出しつつも、上品で華のあるフレッシュなレディに仕上げてみたよ」
形容詞が多すぎてちょっと訳分からなくなってる説明をする王子様にお礼を言って、久々にエスニョーラの騎士服を着てるイリスと一緒に階段を降りた。
玄関を入った所でそこには手を後ろに組んで、舞踏会仕様のキリッとしたスーツ姿で待っているアルフリードがいた。
今日は、前髪は上げずに下ろしているようだった。
私の方を見た彼は、またなんとも言えない神妙な顔をすると、はぁ……と深いため息を吐くように顔を下に向けると、横を向いてその口元を片手で覆った。
??
ちょっとよく分からないリアクションだったけど、私たちはヘイゼル家の馬車に乗り込み、会場へと向かった。
この間の披露会では同年代のご令嬢とは全然お話しなかった、というか王子様のメイクで話しかけられないように仕向けられてたけど、どんな人達と会えるんだろう……