38.闇落ちの原点
「エミリアちゃーん!! やだ、今日は可愛い系なのね。この間の綺麗系も素晴らしかったけど、こっちもいいわ~」
ここは帝都にある高級ホテルのカフェラウンジ。
この前、アルフリードと行ったスパがあるリゾートホテルはまだ新しい建物だったけれど、こちらはシックで落ち着いた趣がある。
私とお母様はこのホテルに滞在しているアルフリードの叔母様、ルランシア様に会いにきたのだった。
「んー、だけど今日のエミリアちゃんとはどこかで会ったような気がするわ……」
王子様の歓迎会での事、やっぱり覚えてないみたい。
「あなた、あの会場にいたんでしょ? エミリアが女騎士の宣誓をしたとかいうの、見ていなかったの?」
あ! お母様ナイス、それ私も聞いてみたかった。
お母様とルランシア様は、私とアルフリードの婚約披露会で意気投合して仲良しになったらしい。
「それが、ちょうどドリンクコーナーにナディクス産の珍しいお酒がたくさんあって! つい目移りしてたくさん飲んじゃって、そんな大事になってるの知らなかったのよ~」
そうだったのね。あの時、会場に引き入れてもらった時、既に酔ってるような感じがしたのは本当に酔っ払ってらしたのかも……
ラウンジの中に移動して、私達はパフェを食べながら、おしゃべりを楽しんだ。
といっても、2人がものすごい勢いでしゃべりまくっているので、私が口を挟む暇は全くない……
この間の香水の話と、アルフリードがお母様の形跡がある所で様子が変だった事を聞きたいのに。
「そうそう、今度ね、エル様のワークショップに行くことになったのよ」
「まあ素敵ね。何をするの?」
お、よし来た! 香水の話するチャンス到来……
「それがね、こうす……」
「香水作りなんですよー!!」
お母様の早口を遮るように声を被せ、すかさず懐からこの前、王子様に借りた香水サンプルを取り出す。
「これと似てるけど、もっと爽やかな感じのを作ろうと思ってるんです。ヘイゼル家でお借りした服に付いていた香りなんですけど……ご存知ですか?」
ルランシア様はサンプルのフタを開けて
手で煽ぐように目をつぶって香りを嗅いだ。
「これより爽やかといったら……アエモギじゃないかしら?」
「もしかすると、ルランシア様の祖国の植物ですか……?」
無くなってしまった祖国の事を思い出させてしまうのは、明るいルランシア様といえ辛いことかもしれない……
私は控えめに聞いてみた。
「そうそうそう!! エミリアちゃんは物知りなのね~。オレンジ色のけっこう大きめの花なのよ。確か、お姉様が育ててたと思ったけど……」
私の懸念も吹き飛ばすように、ルランシア様はすごいテンションで答えられた。
やっぱり! さすが皇女様。予想通りです。
「じゃあ私は旦那様から用を頼まれているから、ここで失礼するわ」
ホテルのエントランスでお母様と別れると、私とルランシア様はヘイゼル邸へ向かうことになった。
私達が乗り込んだ馬車の後ろには、ルランシア様がヘイゼル邸に持って行きたかったという荷物が積まれた荷馬車が付いてきた。
屋敷の前に着くと、アルフリードが出迎えてくれた。
ルランシア様は荷馬車から邸宅の使用人達に大量のビンを運ばせていた。
「叔母上、これは何ですか?」
「この前行った街でいいお酒を見つけたから、大量に仕入れておいたのよ! 置くところがないから公爵邸でちょっと預かってちょうだい~」
ルランシア様は、両手を振ったりして使用人に指示を出しながらアルフリードを振り返りもせずに答えた。
「叔母上は旅しながらその土地のお酒を買い集めてバイヤーをやってるんだ。気に入ったものがあるとこうやって、まとめ買いして、うちに送りつけてまた旅に出てしまうんだよ。本人が直接来たのは久しぶりだけど」
アルフリードは肩をすくめてため息をついた。
酒瓶が全て邸宅に運ばれると、私とルランシア様はアルフリードの両サイドに回って、その神聖力に満たされた両手を握りしめて、色彩を欠いたお屋敷に足を踏み入れた。
「この辺に生えてたはずなんだけど、やっぱりもう消えちゃってるみたいね」
ルランシア様はアルフリードのお母様がお気に入りにしていた庭に入って、香水の原料になるアエモギを探してくれていた。
アルフリードはこの前と同じように、敷石でできた小道の上から動かずに私達を見ていた。
「あれで作った香水はお姉様の部屋にあったはずだから、行ってみましょう」
見られていそうな肖像画がたくさん掛けられた廊下を通って、すごく綺麗に整えられた一室のドアを開けた。
ルランシア様は躊躇う事なく、その部屋に入ってタンスの引き出しに手を掛けた。
アルフリードは相変わらず、部屋の手前で立ち止まっているけど、私はルランシア様の後に続いて中に入ろうとした。
けれどその時に、繋いでいる彼の手が一際きつく握られて、離すことができなかった。
私も部屋の前でルランシア様の様子を見ている事にした。
「あった! あったわ」
引き出しの中を手探りしてルランシア様は手の平に収まるくらいの小瓶を手にしていた。
しかし、その中には何も入っていないようだった。
「はぁ~ダメか。全然残ってないわ」
どうしよう、もう香水の事は諦めて、借りた部屋着は返してしまおうか……
「叔母上、その花はリューセリエンヌのあった土地に行けば見つかりますか?」
アルフリードは私の手をずっと強く握りながら尋ねた。
「ええ、そのはずよ」
ルランシア様は小瓶を元の場所に戻すと、開いていた引き出しを閉めた。
「それなら、君を今度連れて行きたいと思ってた場所から近いから、ついでに探しに行こう」
アルフリードは私の方に屈み込むようにして見つめながら言った。
連れて行きたい場所? どこの事だろう。
「帝都からも1日で帰ってこれる距離だし、それがいいわ。私もそろそろ旅に出ようと思ってたから、案内しがてら一緒に行った後、旅先に向かうわ。行く日が決まったら教えてね」
そうして私は、ルランシア様が借りてきたホテルの馬車に揺られて、自宅へ帰ることになった。
「ルランシア様、どうしてアルフリードはお母様に関係する場所に入ろうとしないのですか?」
馬車の中で、私はアルフリードのお屋敷での様子を聞いてみた。
「そうね……あの子は多分ずっと、お姉様の面影がある所には近づけないんじゃないかしら」
「それは、どういう事でしょうか……」
ルランシア様らしからぬ、陰りを帯びた様子に少し戸惑いながら私は尋ねた。
「私は自分の国が滅んでも、過ぎ去ったこととして割り切れちゃう性格なんだけど、お姉様はそうではなかったのよ。自分が育てられた王家のしきたりと同じように、生まれてすぐにアルの事は乳母に任せきりにして深く関わろうとしなかったの」
え……
アルフリードはお母様から十分な愛情を受けていなかったってこと……?
「お兄様はそれが分かっていたから、アルの事は自宅よりも皇城に連れて行って、ほとんどソフィアナ様と一緒に育てられたのよ」
これは、新たな彼の闇落ち要因が発覚したってこと?
いや……これはもう彼が生まれてすぐ、というか、生まれた瞬間から始まってたことになる。
つまり、彼は生まれた時から本来なら受けるべきお母様の愛情をもらえずに、何かが足りないまま生きてきたのかも。
同じ条件で育ったルランシア様のように、アルフリードがそんな事気にしてない可能性もあるけど、お屋敷での様子を見ていたら、彼の心にシコリがあるのは明らか。
その足りないものを補ってきたのは、公爵様と皇城の人々。
皇帝陛下やこの間お会いした皇族騎士の団長様、エルラルゴ様。
でもおそらく、1番長い時間を過ごしてきた皇女様は、特別大きな彼の足りない穴を埋める存在なんじゃないのかな。
だから原作で皇女様が亡くなった時、彼の心にポッカリ穴が空いてしまってもがき苦しんだんだ、きっと……
それから数日経ち、皇女様の執務室で勉強していた時のこと。
「ついにお兄様から知らせがきた」
封の切られた封筒を手に、陛下に呼ばれていた皇女様が戻ってきた。
アルフリードと王子様と私とで、皇女様が取り出した手紙を息を飲んで読んだ。
そこには、皇太子様がいつ戻ってくる予定なのかがハッキリと記載されていた。