30.妄想よりリアルだった 観光ツアー編2
まずアリスに連れて行かれたのは、温泉が張られた中に、薔薇の花びらが散りばめられたエステ利用者向けのバスタブだった。
服を脱がされてその中に入ると、体の芯までポカポカになるような気持ちよさで、思わず前世で1年に1度あるかないかの日帰り温泉の至福の時を思い出した。
もちろん、ガンブレッドの唾液でカピカピになった顔もしっかりと洗い流した。
「温泉成分のおかげで何もしなくてもお肌はツルツルでしっとりしていますが、もっと長い期間その状態が持続するトリートメントをしていきますね」
お湯に浸かった後はスチームサウナに入り、ようやくバスローブを羽織らされると施術台に案内された。
アリスはそういうと、仰向けに寝ている私の顔を優しくマッサージし始めた。
はぁ~ 本当に気持ちいい。
こんな技術を持っているなんて、羨ましい限りだ。
だけど、アリスはあの披露会の準備の時、王子様のアシスタントをしていたってことは、王子様の弟子ってこと?
「アリスはエステをどうやって教わったの?」
「もともとは、こうしたエステやマッサージは貴族女性しか受けられないものでした。しかし、全ての女性が美を追求する機会を均等に持つべきだと、エルラルゴ様が平民も入れるエステサロンを開こうと、エステティシャンの養成を何年か前に始められたのです」
へぇ? 王子様、店舗経営までやってるってこと?
あんなにフワフワしてるのに、やり手ね……
「当時、私は平民の孤児で読み書きもできず、その日食べるものにも苦労してましたから、体力もなく肉体労働に就くこともできず、職にありつくのもやっとの状態でした。皇女様のお口添えもあって、エステティシャンの養成には、私のような孤児を優先して技術を教え込んで下さったのです」
わわわ! またそんな急に不意打ちしないでーー!
そんな身の上話聞いたら、涙が出てきちゃうよ……
「エルラルゴ様はとても厳しかったですが、耐えて耐えて、技術を修得させて頂きました。今回、お嬢様のお支度で声を掛けて頂けた時は、もう嬉しくて、気合いが入りましたね」
アリスは私のデコルテのあたりをマッサージしながら、目の端に涙をためていた。
私も目がウルウルしてきちゃったよ。
こんな、いい話をここで聞くことになるなんて。
それにしても、王子様と皇女様すごいな。自分のやりたい事と職業支援とを繋げて、社会貢献にまでしてしまうなんて。
「本当はもっと時間をかけてお体のメンテナンスをして差し上げたいのですが、婚約者様とのデート中なのですよね? 本日は短縮バージョンで参ります!」
そう言ってアリスはボディ全体のマッサージまで終わると、服に着替えた私のメイクとヘアセットもしてくれた。
髪の毛は外出でも動きやすいように、頭の高い位置で一つに結い上げてくれて、メイクも街の中でも浮かないようなナチュラルメイクにしてくれた。
こんな帝都の観光ツアーをするとは思わず、普段通り皇城に行くつもりで準備をしていたから、ちゃんと支度を整えることができて良かった。
最初は顔なんか舐めて、なんちゅーことしてくれたんだ! って思ったけど、ガンブレッド、ファインプレーだったわね。
「ううっ……」
すると私の前に置かれた鏡越しに、アリスが急に泣き出した。
ええっ、どうしたの? また孤児だった時のことを思い出しちゃったとか……?
「これでは、エルラルゴ様に怒られてしまいます……この間のパーティーの時と全然違う!」
いや、それはそうでしょ? 王子様だって、仕上げるのに今日の数倍の時間は掛かってたから。
それに、あれはもう原型すら留めてない、別人だったから……
「わ、私は今日の方が断然好きだけどな~」
「またまた、エミリア様はお優しいのですね。私、短縮バージョンでもあのレベルに到達できるようにもっと修行しますからね!」
アリスは俄然、やる気が出たとばかりにそう言ったのだが……あの別人メイクが常態化するのは、鏡に映った自分が一番ビックリするから遠慮願いたいです。
スパ併設のエステルームから出ると、アリスがアルフリードの所まで案内してくれた。
芝で覆われたスパの公園みたいな敷地にポッカリと穴が空いていて、そこに張られた水が太陽の光を受けてキラキラしている。
ちょうどそのプールから1人の男性が這い上がってきた。
そばに置いてあったタオルで髪をバサバサと拭いて、それを肩から掛けると、近づく私のことに気づいたのか片手を振ってきた。
まさか、これはここに来た時に私が妄想していたものが、本当に再現されてしまうんじゃ……
ああ……やっぱりそうだ。
というか、私の妄想以上にすごい。
細身ではあるけど、サラブレッドみたいなガンブレッドにも負けないくらい無駄のないしなやかだけど、硬そうな筋肉が腕や胸を覆ってる。
それに腹筋の割れ方がすっごくキレイだ。
今、彼から5メートルくらいの距離にいるけど、髪から滴り落ちる水滴が引き締まった顔や、体のその筋肉に滴って滑り落ちていく。
その様は鳥肌が立ってしまうほどに、すごく色っぽい……
「ごめんごめんエミリア、久々に泳いだら引き上げるのが遅くなっちゃって。すぐに支度するから待ってて」
アルフリードは無邪気にそう言いながら、こちらに近づいてくるけど、これ以上その姿のそばに寄ったら、せっかくキレイにしてもらったのに大量の鼻血でまた顔を汚してしまう!
私はすぐさま逃げるように、アリスの元へ戻って彼の支度が終わるまで用意してもらった別室で待たせてもらった。
ようやく、2人とも準備が整ってスパから出るとアルフリードは私の手を繋いで歩き出した。
「まずは商業地区に行こう。いろんな店があるからね」
ガンブレッドは、馬用のサロンで私のついでにケアをしてもらっている。
体が大きいのでその分時間がかかるのだ。
彼のケアが終わるまでの間、徒歩での街中観光がスタートした!