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29.癒しのあの場所 観光ツアー編1

こ、この子はアルフリードの馬?

なんで今日は馬車じゃないの?


しかも顔がこのガンブレッドって呼ばれた子の唾液でベトベトなんですけど……


「エミリア、覚えているかい? 初めて会った日にこいつに乗せたことを」


あー! そうだ、あの日会場からアルフリードに抱えられて、その俊足でしばらく運ばれた後、馬に乗せられて移動したんだった!


あの時はだいぶ暗くなってたし、気づいたら上に乗せられてたから、よく見えなかったけど、前から見るとこんな姿だったのね〜。


オス馬らしく大きな体つきだけど、筋肉が引き締まっていてサラブレッドのよう。

茶色い体がテカテカしていて、触り心地がとっても良さそうだし、焦茶色のたてがみや尻尾は光沢があって、しっとりしてそう。


素人の私から見ても、手入れが行き届いていることが一目瞭然だった。


アルフリードは颯爽とガンブレッドから飛び降りた。


こちらに歩いてきたかと思うと、私の両脇に下から手を差し入れて体を持ち上げられた。

ふわっと浮いた体はけっこうな高さまで上昇して、ガンブレッドの背中に乗っている鞍の上に横向きに下ろされた。


「アルフリード、これはどういうこと? 今日はこの子に乗って皇城へ行くの?」


彼は手にはめていた黒い手袋を手首側から引っ張ってはめ直すと、再び颯爽とガンブレッドに飛び乗って、私の後ろに座った。


「エルラルゴとソフィアナは1週間、皇家の所有している別荘に行ったよ。だから君も1週間お休みだよ」


そんな急に……! 早く王子様に作った話を渡してしまいたかったのに。しかもその間に彼に何かあったらどうしよう。

そんな心配をしていたら、後ろから腰にきつく手が回されてきて、横向きに座っている私の右頬に温かくて平たい、固い感じのものが当たってきた。

それは言うまでもなく、アルフリードの筋肉に覆われた胸板だ……。


少し上を向くと、彼は満足そうな表情を浮かべて私を見ていた。


初めて会った頃は、皇女様を想うようになるはずの彼が私のことをそんな風に見るのはやめて欲しかったけど、最近は彼がそれで嬉しいのならいっかな……なんて思ってしまう。



「エミリア、今日は帝都を案内してあげるよ。ガンブレッドに乗ってれば、馬車で通れない所にも行けるし」


そういえば、この世界にきてから4ヶ月近くになるけど、私が行った所といったらこのエスニョーラ邸と皇城とヘイゼル公爵邸、あとは王子様の歓迎式があった、ここから程近くにある狩場の迎賓館、4箇所だけだ!


改めて考えるとビックリするわ。


「じゃあ、しっかり掴まってるんだよ。セイヤッ」


アルフリードは私をまた一際強く抱きしめると、大きな掛け声を出してガンブレッドを走り出させた。


この日はすごくいい天気で、エスニョーラ家の出入り口の鉄城門に向かって道の両脇に並んで生えているイチョウみたいに黄色い葉っぱをたくさんつけた木々と、青空のコントラストがすごく綺麗だった。


閉じられていた門は、ガンブレッドが減速することもなくタイミングよく開け広げられて、勢いよくエスニョーラ家の外の世界へと飛び出した。


門を閉めている騎士団の門衛とは、もう顔見知りだ。

ほんの3週間前までは、彼も私の事を知らなくてその目を欺いて王子様の歓迎会へ乗り込んだのが、すごく昔のことみたいに感じる。


ところで、ガンブレッドに舐められた顔の部分が風を受けてバリバリに乾燥し始めてきたんだけど。

拭きたいけど、手を離したら落ちそうで怖いし……


「アルフリード……顔を洗いたいんだけど」



そして、こんな心躍るような帝都の観光ツアーでまず連れてこられたのは、ギリシャ神話に出てきそうな神殿風の建物。


中に入るとやはり神殿の中みたいに全体が白くて広い空間になっていた。


所々にベンチが置かれていて、大理石でできた床が歩いている私とアルフリードの姿を写すみたいにピカピカに磨かれている。


「お嬢様? この間のお嬢様ではありませんか?」


声がしてみると、白い白衣みたいな服を着て髪を結い上げた若い女性が出てきた。


この方は、ついこの間どこかで見たような……


「先日のパーティーのお支度でエルラルゴ様にお供して綺麗にするお手伝いをしたエステティシャンのアリスです」


あ! おとといの披露会の準備の時に、王子様が連れてきていたアシスタントさんの1人だ!


エステティシャンって事は、ここはもしやエステサロンなの?


「ここは帝都に湧き出る温泉を利用したスパだよ。ここでサッパリさせてもらえばいいよ。僕は終わるまでひと泳ぎしてくるから」


何それ! 初耳!! 最高!!!

ここに癒しの源、温泉があるなんて……


ひと泳ぎってことは、プールみたいのもあるのかな?


一瞬、さっきガンブレッドに乗せられた時にずっと寄っかかっていた彼の胸板の、服が剥ぎ取られた筋肉質な裸が頭に浮かんできて……


ちょっとエミリアさん? 何考えてるの!!


私は頭をブンブン振り回して、よからぬ妄想を追い出そうとした。


「エミリア様? やっぱりお顔の肌の調子が良くないみたいですね。赤みが出てしまってます」


そういう風に勘違いしてくれるの?

おかしな妄想をしてたのがバレなくて、良かったけど。


「披露会のお疲れもまだ十分取れていないようですね。フェイスを中心にケアしていきますので、こちらへどうぞ! 」


ニコニコしているアルフリードに見送られながら、私はアリスに別室に案内されていった。

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