22.再び鏡の前へ
皇城の案内人に誘導されて公爵様とお父様、アルフリードと私の4人で、見たこともないほど大きな広間である謁見室に入った。
いつも皇女様の執務室への抜け道に行くのにアルフリードと城の裏手へ回っていたが、今日初めて正面にある正門から城に入った。
帝都の賑やかな街から少し外れた豊かな芝に囲まれた中に、広大な壁が築かれていて、白い巨大な皇城はその中に聳え立っていた。同じ壁の中には、大学のように各中枢機関が入った建物や、図書館が点在している。
中には暮らしに必要な手続きをするような窓口もあるので、身分証明書を持っていれば門戸は誰にでも開かれていた。
しばらく膝まづいて待っていると、数段高くなっている台座の左手の方から何人かが入ってくる気配があった。
「よう、お疲れさん」
低くハッキリした声が部屋に響き渡った。
ギザギザと立ったような黒い短髪で、黒髭をたくわえたガッチリ目の体格の男性がこちらに軽く手を挙げながら、中央に向かって歩いている。
その後ろには、細い体つきの胸あたりまで伸ばしたダークブロンドヘアに綺麗だけれど落ち着いた顔つきの女性が静かに歩いてきた。
皇帝陛下と皇后陛下だ。
さらに皇女様も後に続いて、3人は正面に据えられた大きな背もたれのついた椅子に腰掛けた。
「我らが輝かしきバランティアの太陽……」
急に複数の重なった声が聞こえてきて、横を見ると公爵様とお父様とアルフリードが揃って口上を述べていた。
これ、よく小説で出てくる皇帝にご挨拶するときに家臣の人が言ってる決まり文句ね!
だけど、なんで誰もそれをやるって教えてくれないのよ。私だけ浮いちゃってるじゃん……
「あっ、そういうのいらないから早く用件を言え」
陛下は肘掛けに片手をついてもたれながら、一声で制した。
うわぁ、ハッキリした物言いが皇女様に似ている。
「陛下、我が息子アルフリードとエスニョーラ侯爵の子女エミリア嬢がこの度、婚約いたしました。本日はそのご報告に参りました」
公爵様がそう言うと、お父様は懐から2枚の紙を取り出して、お城の家来の人が運んできた四角いお盆の上に置いた。
おそらく、私の出生届と婚約書だ。
謁見室に通される前にいた控室で、お父様と公爵様がお互いにその紙にサインをし合っていた。
運ばれてきたその紙にさっと目を通して、陛下は再びお盆の上に戻した。
「そうか、そなたがエスニョーラの隠された令嬢か、やっと会えたな!」
家来の人がお盆を下げていく中、陛下はその口の周りにはやした髭に似合わず笑みを満面に浮かべた。
よく『隠された令嬢』って呼ばれるけど、世間での通称になってるんだろうか?
そんなに嬉しそうにされていて、私はどうすればいいのでしょうか……
とりあえず、お返しのように笑みを向けておいた。
「ずいぶん可愛らしいのが収まったもんだ、アルフリードは幸せ者だな」
「ありがたいお言葉、いたみいります」
首を垂れて答えるアルフリードはしれっとした様子だ。
「いやあ、なぜそんな面白い現場に居合わせなかったのか、悔やまれてならんっ! なんせ、その前の騎士団の演習の観覧で席を長時間立てなかったもんだから、ちょうど催してきた所で……」
「ウウン……陛下?」
皇女様が咳払いをして、冷たく低い声で話を遮った。
その顔に貼り付いた笑みからは無言の圧力を感じる。
陛下を皇女様と挟んで座っている皇后さまは、明らかにつまらなそーな顔で横を向いている。
「おお、すまん……御令嬢の前で失礼した。それにしても縁組の話は一瞬で決まったそうじゃないか。さすがは、あの黒大熊の名コンビなだけはあるな」
「そのような大昔の話を」
公爵様はアルフリードのように首を垂れて、おどけた声を上げた。
黒大熊? なんじゃそりゃ。
横にいるお父様がフッと小さな息を漏らした。
公爵様とお父様の過去に一体何が?
私がアルフリードに連れ去られてから、公爵邸に到着するまでの1時間弱ほどの間に婚約の話は決まっていた。いや、移動時間もあるから実際はもっと短かったはず。確かに早すぎるといえばそうかも。
陛下との謁見はそうしてすぐに終わった。
3年後には病に伏しているなんて信じられない程、丈夫そうで若々しい感じの方だった。
「父上と侯爵様は今まで特別親しそうには見えなかったのに……」
謁見室を出た後、アルフリードも私と同じことを思ったらしく、独り言を呟いていた。
公爵様とアルフリードと別れて皇城を後にし自宅に着くと、王子様が待ち構えていて早速、披露会の身支度が始まった。
いつもうちにいるメイド達の他に、王子様の指示を受けてテキパキと動くアシスタント的な女性も何名か入っている。
お風呂に入れられ、マッサージや肌を磨かれて、されるがままだった。
そして、この間選んだドレスにさらにデザインにアレンジを加えてグレードアップされた衣装を着せられると、王子様自らのメイクとヘアセットが始まった。
真剣に本格的なメイク道具を操り、怖ささえ漂う雰囲気は、いつもの妖精のような軽やかさが一切感じられない。
「ふぅ……完璧だ」
数時間が経って、ようやく王子様が満足そうな声をあげた。
「さあエミリアちゃん、どう?」
この世界に来た日に、エミリアになった自分の姿を初めて見た大きな鏡の前に私は再び立った。
そこにいたのは……
「これは、誰ですか??」
なんだかすごい大人っぽい感じの別人だった!!