21.披露会の準備&前日
「エミリア、エル様がいらしてるのよ!」
その日、皇城から帰った時のこと。
見慣れない馬車が玄関前に停めてあるな、と思いながら送ってくれたアルフリードと別れて邸宅に入って行ったら、お母様が駆け寄ってきた。
はぁ?
「エル様って?」
「いつもワークショップが人気ですぐ予約で埋まってしまう、あのエル様よ!」
え、まさか王子様のこと?
「わたくしもお友達からお話を聞いて一度行ってみたいと思っていたけれど、うちから出れないエミリアを差し置いて遊び回るのは気が引けて、お会いするのはもう諦めていましたのよ……ともかくいらっしゃい!」
お母様は私の腕をほぼ無理矢理引っ張りながら、いつもは使われていない客間スペースへ連れて行った。
扉を開くと……
なに? すっごく眩しいんですけど。
目が眩むほどの瞬きが見えて、顔を思わず背けてしまったけれど、なんとか目の上に手をかざして部屋の様子を見ようとした。
なんじゃこりゃ!!
徐々に見えてきたのは、部屋一面に並べ立てられた宝石類やネックレス、ありとあらゆるアクセサリー類だった。
あっけに取られて固まっていると、
「こちらにもあるのよ」
またお母様に引っ張られて、続き部屋になっている扉に向かっていくと、貸し衣装屋かっと思うほどの豪華なドレスがズラリと並んでいた。
これはまさか……あの王道展開じゃないの?
王子様が止めたって言ってたのに、王子様がこれを引き連れて乗り込んできたっていうの?
うああぁあ 分からん!
頭を抱えて唸りそうになっていると、どこからともなく、王子様がにこやかに登場した。
「エミリアちゃん、婚約式で着る衣装を選びにきたよ」
「なんでも、ここにあるもの全部、婚約者殿からのプレゼントなのですって!! しかもどれも、帝都の有名店のものばかり……さすが公爵家は気前がいいわ〜」
お母様は全く何の疑問も抱かずに、目を輝かせてこの豪華で見るからに高級そうな品々を見回している。
「王子様……これはどのような事でしょうか? もう披露会で着るドレス類は侯爵家側で決めて、注文済みです!」
そう、今回のように重要な会で着るドレスはきちんと仕立てないといけないから、早い段階で採寸などをしてクチュールに依頼してしまっていた。
「大丈夫だよ、キャンセル料もヘイゼル家で持ってくれるから」
そういう事じゃないって!
「こういう事はやらないって仰っていたのに……」
私は目線を落としてブツブツと文句を言った。
「時と場合があるってことだよ。なんでもない日にこんな贈り物されても戸惑うだろうけど、今度のは規模が違うじゃない。なんて言ったって、君の人生で一度きりの社交界初デビューでもあり、婚約を発表する場なんだから」
面白いことになるってこういう事だったのか。
くそっ、油断させて騙したな! この小悪魔系、美少女男子め。
アルフリードもさっきの馬車の中で全然、こういう準備をしていたなんて素振りも一言もなかったし。
もうこの人たち訳が分からない……
こうなってしまっては出ていってもらう訳にもいかないし、変わるがわる王子様が持ってくるドレスやアクセサリーの着せ替え人形と私は成り果ててしまった。
お母様はワークショップの予約もちゃっかり取って、王子様は遅い時間に皇城へと帰っていった。
無論、私も一緒に予約を入れられた。まぁ、行ってみたいと思っていたから、それはいいのだけど……
そして、いよいよ婚約披露会の前日となった。
「無事に出生届は届いたし、明日はまず皇帝陛下へ謁見する」
家族が集まった晩餐でお父様が明日のスケジュールの確認を始めた。
「公爵殿と子息とエミリアの4人でだな、正式に婚約が決まったとお伝えする。そのあと、準備を始めて、18:00から公爵邸で披露会だ」
皇女様の父上である皇帝陛下にお会いするのは初めてだ。
陛下は原作では病に伏せっていて、お元気な時の描写はなかったからどのような方なのか、よく分からない。
でも、帝国中の貴族の前でとんだ騒ぎを起こしたエスニョーラ家に対して、きついお咎めも一切なかったのだから、きっとお優しい方なのだろう。
それに、幼い頃から可愛がっていたアルフリードが婚約するとなるとお喜びになるだろうな。
でも、王子様に何かが起こった場合、独り身となってしまう皇女様を想い始めるだろうアルフリードのために、婚約破棄の機会を窺っている私としては、良心がチクリと痛む。
「エミリアは婚約者殿がお迎えに上がるから、一緒に行くこと。それから私とマルヴェナは同じ馬車で向かうとして、ラドルフは……あっ」
お兄様のところでお父様は言葉に詰まった。
「俺は一緒に行く相手なんかいないので、父上と母上の馬車に同乗しますよ」
確かに、お兄様にそういった相手がいることは聞いたことがなかった。
原作の3年後では、サブキャラだったので結婚してるかどうかの身辺情報すら言及されてなかった。
「あー、いや、すっかり忙しくて忘れていたというか。まあ、ともかく明日はエミリアの晴れの舞台だ! 無事に終わるように今日は皆、早めに寝て英気を養うように」
お父様は誤魔化すように、持っていた白ワインのグラスを一度高くあげると一気に飲み干した。
でも本当に、無事に終わってくれることを祈るしかない。
やっぱり初めて会う貴族の人達からの会話や質問が一番怖いかな……
きっと私はおかしな子だと思われているだろうし、力のある公爵家とはいえ尻拭いをされて、陰口を叩かれている可能性も……
私はもう一度、お兄様の作った問題集を復習し、不安な貴族に関しては分厚いマニュアル本で確認して、ベッドへ潜り込んだ。