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その職務を受け継ぐ者

「これを母上が描いたの? まるで紙の中から部屋の雰囲気が溢れてくるような感覚がするよ」


 アルフリードは食卓の席で、私が見せたクロウディア様が描いたリフォームイラストを見て、感嘆の声をあげた。


「ほぉ、あの懐かしいコテージがこのようになるのか? また、あの作業も再開するのだな」


 公爵様もアルフリードからその画用紙を受け取って、しげしげと眺めていた。


 そんな和気藹々(あいあい)とした団欒を楽しみつつ、クロウディア様はあの提案をついに口にした。


「そうか……クロウディア、そなたがこの邸宅にいてくれる事実だけでも言葉に尽くせぬほど喜ばしいことであるのに、さらにこの家の中のことまで考えてくれるというのか?」


 公爵様は驚きとともに、信じられないというような戸惑いの表情を浮かべて、食事中のナイフとフォークを持った手を止めていた。


 アルフリードも同じように手を止めて、彼の父母の会話を注意深く見つめている。


「はい、これはわたくしの性分なのかもしれませんが、公爵夫人として果たすべき責務を担いたいのです。リチャード様のお許しをいただけるのなら、このお屋敷で出来ることを任せてはいただけないでしょうか?」


 クロウディア様はとても真剣な表情で、真っ直ぐに公爵様のことを見つめていらっしゃる。


 公爵様は持っていたナイフをテーブルに置いて、その手をアゴに当てると、しばらく考え込まれていた。


「クロウディアがそれを強く望むのなら、出来る限り遮るようなことはしたくないが……この公爵邸の管理については実に多岐に渡るし、強い覚悟と責任を伴う。そなたには何の気苦労もなくここで過ごしてもらいたいのが本望だが……ゴリック、お主に任せている屋敷内の職務も多い。意見を聞かせてくれるか?」


 ふーむ……こんなに公爵様が悩んでしまうほど、ここでのお仕事っていうのは大変さを伴うものみたいだ。


 結婚式があった日の初夜、アルフリードも私には何の苦労もかけさないよ、と言っていたけど、公爵様もまた大切なクロウディア様にそんな想いはさせたくないと強く思われているようだ。


 そんな中、意見を求められた執事(がしら)のゴリックさんが公爵様の脇からスッと現れた。

 彼は公爵様がお屋敷にいる時は、いつも影のように公爵様のお側に付いているのだ。


「ヘイゼル家は代々”倹約がモットー”でございます。家門に関わることは内々の者で済ませるため、初期の頃は奥方様がお屋敷の会計を取り仕切られておりました。帝国が繁栄するにつれ社交に勤しむ奥方様に代わり、執事頭がそのお役目を担うようになりましたので、こちらの職務が最適かと存じ上げます」


 ゴリックさんは相変わらず、無表情で抑揚のない低い声を発しながらスラスラとお話してくれた。


 へー、そうなんだ。つまり歴代の公爵夫人のお仕事っていうのが実はあって、それはお金の管理に関する事なんだ。

 しかし、ここでもまた”倹約”っていう合言葉が出てきてしまったよ。


 この帝国内で、このヘイゼル邸の規模に匹敵する家門といったら、私のお友達のご令嬢・マリアンヌちゃんの生家であるテドロ公爵家だ。


 そこには会計士さんがいて、お屋敷に関わる支出に、使用人さんやら、騎士団に関する金銭的なことについては総合的に管理してるって教えてもらったことがある。


 そんな専門の人が普通だったらやる内容を、ご夫人がやらなきゃならないなんて……これは聞いただけでも相当ハードなお仕事のように感じてしまう。


 ただ、ゴリックさんは使用人のドンってこともあって、公爵様やアルフリードのお世話に、お屋敷で起こる日々の進行や、使用人さんたちの取りまとめも並行してやってるはず。


 それだけでも超絶ハードなお仕事だっていうのに、さらに会計職もやってたなんて……エスニョーラ家並の超人がもう1人隠されてたって訳か。そっちの方にも驚きだよ。


「あ、あの! 私も将来のためにクロウディア様と一緒に、そのお仕事について一緒に学びたいと考えているんです。初めから1人で覚えるのでは大変だと思いますが、2人でやるのなら出来ないことは無いと思うんです!」


 クロウディア様の決意をサポートしたいって想いと、見るからに大変そうなゴリックさんを助けるべく、私はそんな声をあげていた。


 それでも公爵様はまだ深く考え込まれているようだったんだけど……


「父上、確かに母上にもエミリアにも苦労は背負ってもらいたく無いですが、ここまでやる気になっているのです。守るばかりでなく、信頼して委ねてみるのも家族のあるべき姿のような気が僕はしてきましたよ」


 ここで口を開いたのはアルフリードだった。

 彼は私たちの意見を後押ししてくれるんだ……! 


 それに、家族か……そうだね、私たちはたった4人の家族なんだもんね。

 まるでこの巨大な邸宅を1つの企業のごとく家族経営するような気分だけど、何だか俄然もっと頑張らなくっちゃなって想いが込み上げてきた。


「それに、今度”彼”が戻ってくるのですよね? そうなるとゴリックはさらに忙しくなってしまうでしょうし……いい機会ではないでしょうか」


 ”彼”……?

 一体、誰のことだろう?


 ちょっと不意を突く登場人物が現れたけど、そのアルフリードの説得が決め手となって、ついに公爵様は顔を縦にうなずいて下さったのである。



「ア、アルフリード。”彼”って一体、誰のことなの?」


 私は寝る前にアルフリードにさっきの件について、尋ねていた。


「あ、ああ! ”彼”が前にいた時はまだエミリアはここに来たことがなかったからね。次期、執事(がしら)候補の執事が帰ってくるんだよ。執事学校からね」


 アルフリードはめっちゃ執事って言葉を連呼したんだけど、おぉっ……そんな人物がこのヘイゼル邸にいたなんて!


 でも考えてみれば確かに……大量のアルフリード達の祖先の肖像画が誰なのか瞬時に見分けたり、このお屋敷に関することなら何でも分かってしまう執事の鏡、ゴリックさん。


 そんな彼の後継者は、早くから仕込んでおかないと、このヘイゼル家の危機に直結しかねない事態ではある。


「一応、彼は僕の専属執事になる予定なんだけど、それはつまり、ゆくゆくは公爵の専属執事、すなわち執事頭ということだからね。帰ってきたらすぐに、ゴリックは彼に執事教育を施す予定なんだよ」


 なんでも、ゴリックさんの家系は代々ここヘイゼル邸の執事頭を務めているのだという。


 だけど、ゴリックさんにはお子さんがいないので、幼い頃からヘイゼル家で働いていた少年を後継者として、早くから養子にしていたのだそうだ。


 そんなこんなで、翌日より早速、クロウディア様と私はその職務を引き継ぐべく、ゴリックさんがいつも会計のお仕事をするときに使ってるっていうお部屋に集合した。

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