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3回目の観光ツアー3

 ガンブレッドから降りたアルフリードは、私の両腰を掴んで同じように降ろした。


 あの流れている小川のせせらぎの音を聞いていると、あの時の事が嫌でも思い出されてきてしまう……


 思わず小川を背にしてガンブレッドの方を向いて両目をきつくつぶってしまうと、突然、私の体が後ろから抱きかかえられるみたいにして、カーペットみたいに豊かに茂っている草原の上に倒れ込んでしまった。


 ビックリして目を見開くと、そこには晴れ渡った青空と、逆光でちょっと影になってしまってるけど、それでもハッキリと分かるくらいに煌めくみたいな笑顔を向けている、アルフリードが目の前いっぱいに広がっていた。


 これは……この草むらで彼が私の上に覆いかぶさっているってことだろうか?


「エミリア……僕が君にここでつけた傷、なんとしても忘れさせるから……」


 彼は私の頬に手を伸ばして触れながら、そう優しく言うと、そのままさらに覆いかぶさりながら、顔を下ろしてきて何度も何度も角度を変えて口づけをし始めた。


 そして、次第に私の体をそのままきつく抱きしめて、お互いに横向きになりながら、ここがまるで私たちが生活を共にしてるヘイゼル邸の中扉で繋がった部屋のベッドの上にいるみたいな状態に陥り始めた。


 うっ……こんなことされてしまったら、確かに最悪なトラウマの現場であったはずなのに、そんな事も吹っ飛んじゃって今のアルフリードにしか集中できなくなっちゃうよ。


 むしろ、もうずっとこのまま、ココにこうしていたいよ……


 そう、彼に抱きつきながら、心地よくなって意識がまどろみそうになっている時だった。


「お母さん! あの人たち何やってるの?」


 小さな子供の声がして、ハッとしてキスしたままのアルフリード越しに周りを見ると、


「こらっ……み、見てはいけませんっ!」


 スカートを履いてる女性が手を繋いでいる男の子の目を腕で隠しながら、そそくさとその場を立ち去ろうとしているのが見えた。

 彼らの行く手には、他にも子どもやシートを敷いて座っている数人の女性や男性の姿がいたりもしている。


 そ、そうだった……ここは帝都のピクニックスポットとしても有名なエリアで、こんな白昼堂々とイチャコラできるような場所とは違うのだ。


「ア、アルフリード……人が見てるから、もうやめよう?」


 どんな事態になってるのか気づきもせずに暴走を続けるアルフリードの両肩を押し返しながら、その顔を覗き込んだ。


 さっきまでキラやかな笑みを放っていた彼は不機嫌そうな顔をして、肩を掴んでいた私の手首を掴むとそこに口づけした。


「いいじゃないか。見られてるなら、その記憶も一緒に上書きすれば」


 どうしてだろう……なんだか逆に火が点いてしまったみたいに、積極的な態度になってしまった彼は、その後も何組もの家族連れやお散歩中の老夫婦にペット連れの人がそばを通ってもおかまいなしに、私のことを上から羽交い締めにしてキスしまくるという行為をしばらくの間やめてくれることはなかった……



 人から見られてる緊張と、それでも彼から愛されているという実感とが混ざり合って、完全に脱力した呆然とした状態のまま、それでも3回目の観光ツアーは続行された。


 一応、その次は帝都の近くにある遺跡エリアを巡るコースで、そんな茫然自失としたままの記憶の曖昧なまま、そこを切り抜けた後は、お馴染みカフェ・シガロにてティータイムに突入した。


 さっきの情熱に満ちた雰囲気を収めたアルフリードは、優雅に静かにお茶を飲んでいた。


 ふぅ……このカフェ・シガロが確か1回目の初デートの最終地点だったはず。

 さっきはビックリしたけど、アルフリードが私に隠れて計画してた、この上書き大作戦は完全なる成功だったよ。


 私は思わず彼に向かってニッコリと微笑んでいた。


 アルフリードはそんな私と目が合うと、同じようにニッコリと微笑んでカップをソーサーに置くと口を開いた。


「エミリア、他に行きたいところは無いかい?」


 そう問いかける彼に、微笑みながら私は顔を左右に振った。


「ううん。今日はとっても楽しかった。アルフリード……色々考えてくれていて、あなたの気持ちが嬉しかった。本当にありがとう」


「そうかい……そう思ってくれているなら良かったよ。実は、ここで少しゆっくりしたら、もう一箇所、行きたいと思ってる場所があるんだ。そこも楽しみしていてくれると嬉しいな」


 彼はそう言って、ふっと穏やかな笑みを漏らした。


 これで今日はおしまいだと思ってた私は、予想外な言葉にキラキラと瞳を輝かせてしまっていた。

 さらなるサプライズを彼は用意してくれていただなんて……


 3週間あるアルフリードの結婚に伴うお休みの後半は、ハネムーンに行く予定になっている。

 しかしながら、その目的地というのはまだハッキリと決まっていなくて、なんとなく一箇所だけじゃなくって帝国の観光的スポットを巡るような旅になりそうではある。


 そんな事についても話し合ったりしながら、だいぶ時間が過ぎていき、いよいよ彼が行きたいと言っていた所へ向かうことになった。


「あ……ここは……」


 日も暮れて薄暗くなった中を彼に手を取られて進んだ場所。

 そこは1年前の私の誕生日。

 彼に呼び出されて、これまた最悪な記憶として刻まれてしまったある意味で思い出の場所でもあった。


 帝都の中の目立たない場所にひっそりと佇む、1日1組しか予約を取らないっていう隠れ家的なレストランだった。


 16歳になったその日、彼は私にプロポーズをしたのだ。

 そして……私はそれを拒絶して、婚約証と結婚指輪を差し出した彼を置いて、1人出てきてしまったのだ。


 あの日と同じように、その中に入ると奥行きが広くて、さらに奥には、夜の中ライトアップされた庭園に、所々にキャンドルが灯った、シックで日常と完全に切り離された落ち着いた空間が広がっていた。


 その庭園にセットされた白いテーブルクロスの乗った丸テーブルまで来ると、アルフリードは反対側のイスの方に回って、私が席につくのを待っている様子を見せていた。


「アルフリード……あの時は……あの時は本当にごめんなさい。あなたの気持ちを考えたら、申し訳なくって……」


 私が強情にも1人で馬車に乗り込んで帰ってしまった後、プロポーズをしてくれた彼は1人でどんな想いでここに取り残されていたんだろう。


 その虚しい光景を思い浮かべると、私の瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちた。


「エミリア……だから、ここをそんな記憶の場所のままにしておきたく無いから、今日ここに君を連れてきたんだよ。さあ、いいから座って」


 彼は私の席の方に回ってきてくれて、メソメソと泣いている私の腕を取りながら、そこに座らせた。


 そうして彼も自分の席の方に戻って行って腰を下ろした後も、ワイングラスに飲み物が注がれた後も、私の気持ちは立て直せなくなっていた。


 なぜなら……


「……あの時、私があなたのプロポーズを断ってなければ、あんな事にはならなかったのに。あなたの事を追い詰めて、苦しませるような事には無らなかったのに……!」


 私は泣きじゃくりながら、これまでずっと溜め込んできた自分に対する後悔の言葉を溢れるままに口にしていた。

 ……彼をアル中にさせて、自死までさせようとしてしまった、あの事態のことを。


「エミリア、そんなに自分のことを責めないで」


「だって……」


 アルフリードが慰めてくれるような声が聞こえたけど、つい反論してしまう。


「いいかい? 君がもし僕のことを受け入れていて、あのまま一緒になっていたとしたら、母上はずっとリュース邸の別館に隠されたまま。救い出すことはできなかったんだよ」


 その声にまた反論しようとしてしまったけど、聞こえた内容に一瞬とまどってしまっていた。


「クロウディア様を……救えなかった?」


 私は泣くのを止めてアルフリードの方を見つめていた。

 彼は穏やかだけれど、とても(さと)い表情をしながら同じように私を見つめて頷いた。


「それに、ローランディスが数々の事件に関わっていて、ソフィアナをはじめ各国の要人たちを狙ったテロが計画されてたことも分からず仕舞いだったはずだ。帝国はもっと悲惨な目にあっていて、僕たちがあの時点で結婚できていたとしても不幸な結末を迎えていたかもしれない。確かに僕は苦しい思いをしたけれどその分、平和な世の中になって、母上も父上の元に戻って、君と一緒になることができて何もかもが幸せだよ」


 真摯に語りかける彼の言葉を理解していく中で、ずっと心の中に沈んでた後悔の念みたいなものが癒されていくような感覚がした。


 そっか……彼にしてしまった事は絶対に許されることでは無いけど、それがあった事で色々な未来が変わったって事でもあるんだね。


「アルフリードは本当にすごいな……そんなふうに物事を捉えることができるなんて」


 涙を拭いて彼にハニカんだような笑みを向けながらも、尊敬が込み上げるのを感じていると、お店のウェイターさんが前菜であるスープを運んできた。


「ほら、冷めないうちに食べよう。ここは創作料理で有名なんだって。メニューもこの前と同じものにしてもらったから、今回はよく味わって食べよう」


 そう言って彼はスープをスプーンですくい始めた。


 そうだ、前回はどうやってプロポーズを断ろう……そんなことをずっと考えていたがために、全然ここのお食事を味わわずに残してしまっていたんだった。


「うん……! いただきます」


 そうして、いくつもの綺麗に彩り豊かに盛り付けられた、前回残してたなんて考えられないくらい美味しい、美味しいお料理たちをお腹いっっぱいに堪能させていただいて、大満足な状態に陥ったとき。


 どこからともなく、美しい調べが響き渡ってきた。


 すると前に座っていたアルフリードがおもむろに立ち上がり始めると、私のイスの方までやってきてその場にひざまずいて手を差し伸べてきた。


「どうか一曲、お願いできるかな?」


 私の目線よりも低い位置にいるアルフリード。

 そのとても満たされていて、頼もしくて安心感のある表情、そしてその姿に私は全てを任せたい、という気分になって、


「はい。もちろんです」


 そうお返事をした。


 一曲と言わずに、何曲も2人きりで体を寄せ合って踊ったその空間は、ほのかにキャンドルでライトアップされた、これまで体験したことの無いくらいロマンティックなものだった。


「アルフリード……もしかして、あの日も同じシチュエーションを用意してくれていたの……?」


 心がふわふわと浮いてしまうような感覚に包み込まれながら、私はふと思いついた事を彼に聞いていた。


「ああ、そうだよ。これで僕ももう満足だよ。僕たちの最悪な思い出はこれで、全部上書きされたはずだから……」


 最後の言葉はもう聞こえないくらい小さな呟きで、彼のキスにかき消されてしまっていた。



 こうしてこうして……お店に預けていたガンブレッドに乗り込んでヘイゼル邸へ帰宅する中、長いようで短かった最高に幸せで忘れられない1日は幕を閉じたのだった。

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