16.アルフリード先生による国際情勢の授業 part2
「エミリア嬢、大丈夫?」
アルフリードの声がして、我に返った。
少し心配そうに彼は眉根を寄せて、私を見ている。
考える事に集中しすぎて、彼のことをすっかり忘れてしまっていた。
「ごめんなさい、大丈夫です。続きをお願いします」
皇太子様のことは後で考えるとして、いまは3人の人質の話を最後まで聞こう。
「人質に出したものの、彼らはいずれも国の第1継承者だからいつかは祖国に返還されないといけない。そうした議論が巻き起こり、人質交換がされた2年後に返還後の保証としてさらに、彼らは送られた先の王族の1人と婚約することになった」
つまりエルラルゴ王子様は、人質に入った先の王族であるソフィアナ皇女様と政略結婚のために婚約した、ということね。
そして他の国の2人も、同じだと。
「人質期間の10年は今から5年前に期限を迎えて、3人はそれぞれ無事に祖国へ返還されたんだ。だけど……」
何事もなく10年過ごすことができたんだ、良かった。だけど?
「ジョナスン皇太子は帝国に戻ってきたものの、キャルン国にまた留学に行ってしまった」
留学? 第1継承者なんだから、いなかった間の分、私みたいに帝国式の勉強をしなきゃダメじゃない!
「ソフィアナは皇太子の代理をしているから、彼が戻ってくるまでエルラルゴと結婚してナディクスへ行くことができない。
一応、もうすぐ皇太子は留学から戻る予定ではあるんだけど、なかなか知らせが入ってこないんだ……」
アルフリードは顔を斜め下に傾けて、ふぅとため息をついた。
皇太子様は皇女様ともそんなに歳は離れていなかったはず。
つまり、この帝国の皇太子様は、自分の年齢の半分以上の期間を他国で過ごしてるってこと?
そして、もっと重要なことに気づいてしまった。
今回、皇太子様が帰ってくれば、エルラルゴ王子様は皇女様と結婚してナディクスへ一緒に帰るのよね。
だけど、3年後の原作では皇女様も皇太子様もバランティア帝国にいる設定だ。
そして、エルラルゴ王子様は登場しない。
つまり、今回の滞在中で皇太子様が戻ってくるまでの間に、彼に何かが起こってしまうってことじゃない!?
「本当に大丈夫? 顔色が悪いみたいだ」
スッとおでこに大きな手の平が当てがわれて、私はまたハッとした。
「慣れない所に連日こもっていたから、疲れが出たのかもしれないね。今日はもう屋敷に帰って休んだ方がいい」
アルフリードはさっきよりも深刻そうな顔をして私を見つめている。
そして、おでこに当てた手の平をそのまま滑らせるようにして、私の左頬に添わせた。
王子様の危機が間近に迫っているかもしれないのに気づいて全身に悪寒が走ったのは確か。
けれど、頬から伝わる彼の手の平の温かさはまるで、それを慰めてくれているみたいだった。
アルフリードは馬車に一緒に乗って、エスニョーラ邸まで送り届けてくれた。
彼が帰った後、自分の部屋のベッドに横たわりながら、アルフリードの闇落ちの要因として新たに浮上した、ジョナスン皇太子様のことを考えていた。
10年以上を西方の隣国キャナン国で過ごし、もうすぐ帰国予定。
もしかしたら、エルラルゴ王子様と同じように、婚約者を連れて戻ってくるのかも。
そして、このまま行けば帝国での地位を確立していき、3年後には病に伏せった皇帝から権力を奪い、そりの合わないアルフリードを窮地に追いやっていく……
うーん、
毛嫌いされている私のお兄様とも、のらりくらりと上手くコミュニケーションを取り、お母様をもすぐに魅了する、爽やかで何気に要領のいいアルフリード。
そんな彼にそりが合わない人がいるなんて全然イメージが湧かない。
これは、よくある……皇太子様を影で操る何者かがいるってヤツなんじゃ?
政権を取るために、帝国で力を持つ邪魔な公爵家をわざと排除しようとした……とか。
それに、エルラルゴ王子様が異様にこの国の文化に精通していることを考えると、さらに留学までしてるジョナスン皇太子様も同じようにキャルン国の事の方が詳しくなっているに違いない。
そして多分それは、まだベールに包まれているキャルン国の王女様にも言えるはず。
もし、そんな人達があまり馴染みのない祖国の主に就いてしまったらどうなってしまうの?
次の日ーー
「王子様は、ゆくゆくはナディクス国の王様になられるのですよね?」
昨日はずっとベッドの上でゴロゴロしていたからか、顔色が良くなったと朝、様子を見に来たアルフリードに言われ皇城に連れてきてもらえた。
王子様との授業にも入り、ひと段落した後のティータイムに私は質問してみた。
「もちろん、王位継承者だからね」
王子様はすごくピンとした姿勢で優雅にお茶を飲んでいる。
「違うお国にずっといらっしゃって、ご自身のお国を治めなければならないのはご不安ではありませんか?」
丁寧すぎて変なんだけど、婚約式までの間は王子様との授業では例え休憩中でも教えてもらった話し方をするルールになっていた。
カップを置くと王子様は、目をパチクリと見開いた。
「そうだなぁ、あんまり考えた事もなかったけど」
へ? あんまり考えた事がない?
「だって、だいたい政って側近とか周りの人がやってくれるものだから」
なんだか、えらく無責任な……
「周りも私が国のことに詳しくないことは分かっているから、それで特に何も言わないしね」
これって、悪い事考えてる輩がいても、言われた通りにしますって自ら公言してるようなモンじゃん……
もし、ジョナスン皇太子様も王子様と同じ考え方だとしたら……
傀儡として利用されまくり原作のようになってしまう。
「それに2年前、ソフィを迎えにきた時、お祖父様である当時の国王が毒を盛られて亡くなってね。やっと喪が明けたから、今回バランティアに再び訪れることができたんだ」
えっ、何なに?
今、“毒”ってまた物騒なワードが聞こえた気がしたんだけど……
「ほら、よく王朝ものの小説で毒殺とかって出てくるじゃない? ナディクスって、ああいった事が平気で横行しているような国だから。目立つ事をして命を狙われるなんてイヤだよ」
お茶を嗜んでる優雅な姿と、話してる内容が全然一致しないんですけど……
そんな所に皇女様を連れ帰ろうとしてるの?
もし王子様を危険から救えても、そんなの私より皇女様の方がよっぽど可哀想じゃない……
「そうそう! エミリアちゃんにぜひお願いしたい事があったんだ」
急に王子様は瞳をきらめかせ始めた。
な、何でしょうか??