148.再びの闇堕ち?
工房長さんは細長い木箱のフタをパカッと開いた。
そこには鞘に入っておらず、少し暗めのシルバー色をした光沢のある剥き出しの刃に、装飾の全くついていないほぼ黒に近いグレーの持ち手の付いた、剣らしきものが納められていた。
「こちらは数十年前に国外の商人から譲り受けたもので、どこか遠くの鉱山で5千年前に切り出された鉱物から作られたと言い伝えられる幻の刀剣とされております」
うわぁ……
私は剣のことには全然詳しくないけど、これまで見たことのある剣とは明らかに雰囲気が違うっていうことは、見ているだけでヒシヒシと伝わってきた。
派手さは無いのだけど、研ぎ澄まされているというか、静かで重厚な感じがするのだ。
「これは……素晴らしいな」
隣りのアルフリードも真剣な表情で、マジマジとそれを見つめながら小さく感嘆の声を上げた。
「よろしければどうぞ、お手に取ってみてください」
そう工房長さんが促されると、アルフリードが剣の入っている木箱の前から一歩身を引いて私に場所を譲ってくれた。
その研ぎ澄まされた剣のオーラに若干緊張しながらも、そっと手を伸ばしてツカの部分を掴んでみた。
ヒンヤリとした感触が伝わってきて、大概の剣がそうであるように、それも結構な重量があることを想定しながらフッと持ち上げてみたところ……
「か、軽い……!」
思わず声を漏らしながら剣先を上に立てて、それを上から下までじっくり見入ってしまった。
それに軽いだけじゃない。まるで昔から使い込んでいる道具みたいに、持っている手にシックリと馴染む感触があるのだ。
「こちらは丈夫ですし、何より切れ味が帝国内……いや、この世の中を探してもここまでの代物はそうございませんでしょう。試し切りしてみましょうか」
そう言うと工房長さんは、部屋の奥の方の隅っこに転がっていた、何か黒っぽい鉄の塊のような物体を持って戻ってきた。
「それはまさか、以前リューセリンヌで使われていた鎧の断片ではありませんか?」
その物体を見るなり、ハッとしながらアルフリードが声を上げた。
「ええ公爵子息様。この頑丈な鎧の製法は帝国のものとは異なっており、皇城より当工房にて同様のものが製作できるかサンプルを頂いて開発を行っております。これまで、どのような武器で試しても刃が立つものは皆無でしたが、その剣をコレに当ててみてください」
工房長さんは持ってきたその黒い塊を剣の木箱が置いてあるテーブルの上にゴトリ、と置いた。
リューセリンヌの元城の地下で眠っていて、黒騎士集団の鎧として活用されてしまっていたこの鎧は、数ヶ月前に帝都に運び込まれていた。
そのいくつかは、よからぬ事のサポートをしているコンサル業者の手の者によって、運搬時に行方不明にされてしまっているのだけど、それは一旦置いておいて……
こんな鉄の塊みたいなものに、この幻の剣を当ててみる?
この黒い鎧はエルラルゴ王子様が崖から落っこちた時に、追っかけてきた騎士たちが着ていたもので、一緒に2,000メートルの崖から落ちた時も壊れることなく茨の森に着地して無事生還できたっていう代物なのだ。
そんな防御力抜群のものに刃を当てたって意味ないだろうし、下手したらこの前の私の剣みたいに刃こぼれしちゃう可能性だってあるよね?
モヤモヤしながらも工房長さんの言われるがままに、持っていた非常に軽い剣の先の方にある刃を当ててみる。
「え……うそ……」
目の前で起こった現象に、私はともかく開いた口が塞がらなくなってしまった。
「やっぱり騎士団の全団長のサインが必要だっていうのも、納得の景品だったね」
工房を後にして、スパリゾートの馬エステに預けていたガンブレッドとフローリアを迎えに行きながら、アルフリードは感心したようにそう言った。
いや、もはや新卒騎士に大人気のキャンペーンの景品っていうアイテムの領域をアレは遥かに超えちゃってたよ。
なんといっても、黒い鎧のサンプルに刃を当てた途端、まるでお豆腐みたいに何の抵抗もなくカケラの中に剣先が吸い込まれるみたいに入っていって、一瞬で黒い塊は真っ2つに。
ついでに、置かれていたテーブルにまで危うく剣がめり込んでしまう所だったのだ。
あ、あ、あんなモノがこの世にあるだなんて……
目利きなんか超初心者の私だったけど、もし手に入るのなら、あの剣をぶら下げて皇女様をお護りしたいものだなぁ
フローリアにまたがってヘイゼル邸へと赴く中、今日手に入れた腰にぶら下げている宝石まみれの剣をチラ見しながら、頭をうなだれてしまっていた。
それからすぐの事。
「ついにキャルンからもナディクスからも、発表の了承が得られた。国境地点へは1週間後、集結することに決まった」
皇太子様、皇女様たちに、皇城の重役の方々が招集されて、皇帝陛下からそう聞かされる時が来たのだった。
残り1週間。
皇女様をお護りするための騎士鍛錬も最終調整に入っていた。
だけどやっぱり宝石だらけっていうこともあり、こないだ購入した剣は重量が結構あるので、なかなか使いこなすのにも難しさを感じつつあった。
「エミリア、今日はこれでウチに戻るけど、一緒に行く?」
誇り高い白と青磁色の皇族騎士の制服をまとって一心不乱に鍛錬を続けていた所、声がして見てみると、アルフリードがそばまでやってきた。
「うん! 私もそろそろ切り上げようかなって思ってた所なの」
そう言って、重たい剣を鞘に収めていると、その様子をアルフリードはジッと見つめた。
「発注してた鎧ができたって連絡があったんだけど……やっぱり、あの剣もなんとかして手に入れたくないか?」
扱いずらそうにしているのが、すぐ分かっちゃうんだろうな。
彼から言われたように、確かにあの軽くて頑丈で、皇女様のご要望通り、よく切れる幻の剣が代わりに持てるなら嬉しいけど……
「う、うん……もしできる事なら、そうしたいけど……1週間後、皇女様たちに同行する騎士団長さん達は忙しいと思うし、こんな事のために時間を頂いたら申し訳ないよ。それに帝都以外の地方の貴族家の騎士団だってあるし、サインをもらいに行くのも一苦労だよね?」
私はアルフリードに苦笑いを向けた。
騎士団は全部の貴族家が所有してる訳じゃないけど、合わせると40団くらいはあるし、今のこの状況だ。
サイン集めをするのは現実的な話じゃないよね。
「エミリア。一体、僕を誰だと思ってるんだい?」
すると、何やら想定外な感じのニュアンスの返答が突然返ってきた。
「このあいだ工房長が特別扱いしてくれていたように、うちは帝国内の貴族家で最大の権力を誇るヘイゼル公爵家なんだ。全騎士団の団長からサインをさせて寄越すくらい、なんの造作もないことなんだよ」
ん……?
アルフリードさん?
な、なんかキャラがおかしくないかな?
私が婚約破棄をしてしまった前も後も、こんな自分の家柄を全面に押し出して、利用するみたいな横柄な態度、取ったことなんかなかったのに……!
まさか、ここに来て新たな闇落ちキャラが開花してしまったとか……?
そ、そんなぁ!
……と一瞬焦ってしまったもの、私の頭の中には同じようにダークな思考が舞い降りてきてしまった。
あの剣を確実に素早く手に入れるなら、確かにその権力を利用するのが1番の近道であることは間違いない。
「アルフリード……その話、乗ったよ。ぜひ、ヘイゼル公爵家の権力をフルに発揮しちゃってください!」
もう爽やかな笑みを漏らすことは無くなってしまった彼だけど、この時ばかりは、心の底から闇をジワジワと滲み出させてる私と顔を合わせて、ニヤリと彼もほくそ笑んだのだった。
「はぁ、全騎士団の団長のサインですか?」
ヘイゼル邸にその足で赴いてお呼び出しさせて頂いたのは、やはり同じく全貴族家の騎士団の中で最高の地位を誇っている、ヘイゼル騎士団の団長さんだった。
「それがあれば、エミリアに帝国内……いや、世界で最も優れた剣を持たせることができるんだ」
主からの大概の命令には異論を唱えずに遂行する団長さんだけど、さすがにアルフリードからの申し出に戸惑いを隠せずにいらっしゃるようだ。
「サインというのはまさか……そこの君。あれをまだ持っているかね」
団長さんは、お話している部屋の出口で見張りをしている若い感じのヘイゼル騎士さんの所へ行って、何かをもらって戻ってきた。
そこには、こないだ武器・防具工房で新卒騎士たちが景品と交換していたチャームが握られている。しかも、目の前にいる団長さんのサイン入りの。
「そ、そうです! これに他の団長さんのも頂きたいんです!」
嬉々として、私は叫んでいた。
そっか、新卒の騎士さんはこぞって所属の騎士団長さんに群がるのだろうから、ご本人もこれの存在を知っているに違いない。
それなら早く話を理解して、アルフリードからの命令を実行してくれるかもしれない。
「そうでしたか。あれをやっておいた甲斐がありました……坊っちゃま、エミリア様、騎士団の方へご一緒いただけますでしょうか」
団長さんは何かを思い出したように本館を出て、少し離れたところにある騎士団の敷地の方へ私たちを連れ立った。
もう3年あまり出入りしているヘイゼル邸ではあるけど、独立した機関である騎士団の建物の中には実は入るのは初めてだったりする。
ちゃんと管理する予算が組んであるので、リフォームする前の本館などとは違って、中は至って普通に綺麗で過ごしやすそうだった。
ギャザウェル団長のお部屋まで案内されてやってくると、彼はクローゼットらしき戸棚からブリーフケースみたいな四角くて薄い、大きめのカバンを取り出した。
そして、そこに2つ付けられている鍵を開けて、パチンパチンと留め金を外した。
机の上に置かれて、開いたそのケースの中を見るとなんと!
5列くらいの溝が横に入っていて、その溝には小さくて平べったいものがズラッと差し込まれている。
それは紛れもなく、さっき新卒騎士さんが持ってたチャームに他ならなかった。
この光景には、アルフリードも目を見開いて、言葉を失っているようだった。
「坊っちゃまがご所望の品は既にこちらに揃っておりますよ。私はこれを、坊っちゃまの20歳のお誕生日にお祝いとして差し上げるつもりだったのです」
アルフリードの20歳のお誕生日……
本来ならその年に婚礼できる16歳になった私との結婚式と合わせて盛大に開催されるものだったのだ。
それが……私が婚約破棄し、さらに彼はアル中で倒れてお誕生日会どころでは無くなってしまって、今の今まで開催されることなく、ここまで来てしまっていた。
「先ほどの新卒騎士のように、数年前より私のサインを欲しがる者が増えて調べたところ、あのような剣が景品であることを知り。ぜひソードマスターである坊っちゃまへ贈ろうと、密かに他の団長達からサインを集めていたのですよ」
う、うわぁ……アルフリードは愛されてるんだな。
私も彼と一緒に権力を振りかざすっていうダークサイドに堕ちかけてしまったけど、こんなに素敵なお話を聞いた後では、自分がただのドス黒い最低な野郎にしか思えないよ。
今度またアルフリードがダークな事を言っても同調しないで、彼を正すようにしなくちゃ……!
「これは……団長、ありがたく受け取らせていただくよ。こんなに集めるなんて、大変だっただろう」
団長さんは再びケースを閉じて、パチンパチンッと留め金を元に戻して鍵を閉めると、少し感動したように声を発したアルフリードにそれを差し出した。
「いえいえ、私は全貴族家の騎士団の中でも最大の武力と権力を持つ、ヘイゼル騎士団の長ですからね。至急の用と言って、ちょっと速達ででも依頼を出しておけば、どこの団長もすぐに対応して送ってきますから。こんな事、朝飯前ですよ!」
ガハハッと笑い出さんばかりの勢いで、団長さんは私が反省したばかりのダークサイドな一面を全力で肯定してしまったのだった。
こうして何とか無事に交換用アイテムをゲットした私とアルフリードは、再び帝都の職人街へ行って、XSサイズの鎧と素晴らしい幻の剣を手に入れた。
そしていよいよ……いよいよ、私たちと皇女様、エルラルゴ王子様達、そして帝国を含めた3国の命運をかけたクライマックスの時を迎える日が訪れる。