147.もう1つの相棒
似たようなオレンジ色の三角屋根の瓦で覆われている薄茶色の壁の建物がいくつも並んでいるこのエリアからは、トントントン、と何かを叩いているような音や、ギコギコ、と何かを切っている音、至るところから様々な音が鳴り響いている。
剣を求めてやってきたこの職人街ではあるけど、並んでいる建物の正面に掲げられている看板には本当にいろんな種類の工房の名前が記されていた。
「ほらエミリア、いつも君が持ってるカバンの生地はあそこで織られたものじゃないかな」
武器・防具工房への道のりを案内してくれていたアルフリードは、ふらりと進んでいた方向から外れると、『織物工房』と看板にある建物の方へ向かっていった。
そこには格子窓がしてあって中の様子が見えるのだが、覗いてみると大きな機織り機が3つくらい置いてあって、カッシャン カッシャンと音を立てながら、女の人や男の人の職人さんが作業をしているのが見て取れた。
アルフリードが言っている私のカバンというのは、初めて観光ツアーに連れて行ってもらった時に彼が買ってくれた、帝国の伝統模様で織られた生地でできたカバンのことだろう。
いつも皇城に行く時にも、持って行っているお気に入りのバッグだ。
今、職人さんたちが織っているのはそれとは違った模様だけど、どこかで見たことがあるような、やっぱり帝国の伝統模様の色違いのようなものみたいだ。
「ここで織った布は向こうの鞄工房に渡されて形になったら、ショッピングエリアにあるバッグショップで販売されるようになるんだ」
今度はアルフリードが指をさした建物の方へ向かってみると、やっぱり窓から少し中の様子が見れて、使い古された感じのエプロンをしている男の人がトントン、とカナヅチで持っている四角いバッグの隅の方に金具を取り付けている様子が窺えた。
「あと、あそこの革工房はエミリアがくれた手袋なんかの乗馬グッズも色々扱ってるよ」
言われた方を見てみると、確かに看板には『レザークラフト』と書いてある。
離れ離れになってしまった半年の間も、お揃いで買った乗馬用のグローブをずっと持っていてくれたアルフリード。
今でも皇城へ一緒にフローリアとガンブレッドと参上する時にも、おそろいで身につけているものだ。
ふ~ん、こうしていつも身につけているものは、こうした専門の職人さん達の手によって作られているんだ!
なかなか機会がないと足を運ぶことがなかったエリアだったので、いろんな珍しい工房なども覗いたりしながら歩いてるうちに、他の建物よりも一際横に長くて、
ガッシャン ガッシャン!
と、大きな工場で鳴っているような音がいくつも響いてくる建物の前までやってきた。
「さあ、着いた」
そう言ってアルフリードは黒い鉄の扉でできている、そこの入り口らしき所へ入って行った。
この建物は他と違って窓がない灰色をした石づくりで出来ているのだけど、私もアルフリードの後を追って、お邪魔した。
中に入ると特に何も置いておらず、駅の窓口みたいな小さなカウンターが1つ置いてあって、小柄な男の人がその前に1人立っていた。
「皇太子殿下の側近をしているアルフリード・ヘイゼルと、皇女殿下の女騎士エミリア・エスニョーラです。彼女に新しい剣を用意したいので、今あるもので最高の品を選ばせていただけますか?」
アルフリードは身分証明書をカウンターの男性に見せながら、そう説明した。
私も自分の証明書を見せると、男性は念入りにチェックを開始して、しばらくするとカウンターの横にある目立たない感じの扉を開いて、さらに奥へと進ませてくれた。
すると、中は今いた所よりもだいぶ広くなっていて、入ってすぐの所には『お会計所』という看板がしてある、さっき男性がいたよりももっと大きなカウンターが置いてあった。
「これはヘイゼル公爵子息殿、そしてこの方は以前、XSサイズの兜をご所望いただいた女騎士様ですね。当工房で保管している最高級の剣を見繕いますので、どうぞこちらへ」
現れたのは髪の毛が短くて、鼻の下から口に沿って左右にチョロっとした口髭を生やした、紳士な雰囲気の男性だった。
「それはありがたい。工房長、よろしく頼みます」
アルフリードはそう言って、奥に細長くなっているその建物内を進んでいく工房長さんの後に付いて行き始めた。
工房内はとても騒々しくて、外でもしていたようなガッシャン、ガッシャンといった金属が叩き潰されるかのような音や、ジューッといった熱した鉄が冷水に浸かる音、カンカンカンという連続した甲高い音がずっと鳴り響いていた。
歩きながら周りを見てみると、タンクトップ姿の職人さんたちが筋肉モリモリの腕を露にして、トンカチで鎧らしきものを成形していたり、燃え盛る釜の中に何かの武器らしきものを汗だくになりながら突っ込んだりしている。
見ているこちらまで汗だくになってくるような熱い現場を通り過ぎると、一枚板のだだっ広いテーブルが置いてある一角に案内されて、そこでアルフリードと待たされると、工房長さんが次々とカッコいい鞘付きの剣をそのテーブルの上へ置き始めた。
「こちらは騎士様でも幹部クラスの方々がお持ちになるような一級品ばかりになります。ぜひお手に取ってお選びください」
そう手のひらを上に向けて工房長さんが、剣の数々を見せてくれた。
「これなんかは柄の部分に宝石が埋め込まれてるな……やっぱり皇族付きの騎士なら装飾も華やかな方がいいと思うけど、エミリアどれか気に入ったのはある?」
アルフリードは金でできてる柄の部分に赤いルビーらしき宝石が嵌め込んである、ともかくゴージャスの極みと言わんばかりの剣を手に取りながら、そんな事を言っていた。
私もいくつか手に取ってみて、鞘から抜いて刃を直接見させてもらったりなんかもしたけど……剣の目利きなんてものは今回がほぼ初めてな訳で、確かにどれも柄や鞘のデザインは違うみたいだけど、どれがいいのか選び抜くというのは、私には手に負えない感じがした。
「う、うーん……アルフリードが選んでくれるものなら、なんでもOKだよ!」
という、なんとも無難な返事をちょっぴり笑みをひきつらせながら返した私に、特に疑問も持たない様子でアルフリードはさらに並べられた剣を品定めした。
「じゃあ、この中で1番高価なものをいただけますか?」
どうやら彼も“いいもの”を選ぶ1番真っ当な基準により、やっぱり柄の部分にルビーが嵌め込んである、宝石まみれな感じの剣を皇女様からのお許しを得た皇家のお金を使って購入させてもらうことになった。
「あ、そういえば……」
お会計カウンターに戻っていく途中で、鎧を作っているエリアに差し掛かった時だった。
アルフリードは何かを思い出したように、急にそこで立ち止まった。
「野外でフローリアに乗ってソフィアナを護ることになるんだったら、鎧も着た方が様になるんじゃないかって思ってたんだ。彼女に鎧も用意してもらえますか?」
彼の突然の提案により、急遽XSサイズの鎧も見繕うことになってしまった。
「ではこのサイズで至急、皇族騎士様用の鎧を製作させていただきますね。最近の鎧というのはワンタッチで着脱もできるようになっていますし、鋼も薄く重さも昔ほどでは無くなっていますので、着用するのもすぐに慣れることでしょう」
一通り、採寸も終わって説明をしてくれた工房長さんは、近くにあった見本用に立てかけてあった鎧の背中の上の方のつまみをパチンと回すと、着せていたマネキンから鎧が腕からも足からも一気に剥がれ落ちる様を実演してくれた。
おおっ……確かに鎧って着るのも脱ぐのも大変そうなイメージだったけど、ワンタッチ式の折り畳み傘みたいな感じで、気持ちいいくらい簡単そうだ。
そうして鎧の発注も完了して再度お会計カウンターに行こうとした時、なぜかそこにはさっきこちらに入ってきた時にはいなかった騎士服を着た10代半ばくらいの若い子たちが、カウンターに向かって手を伸ばしてひしめき合っていた。
その光景はまるで、お昼休みと同時に学校の購買パンに群がって争奪戦を繰り広げている学生たちのようだ……
「ああ、これは……先日、騎士学校を出たばかりの新卒騎士たちですね。隣りに臨時の会計所を開きますので、そちらで手続きをいたしましょう」
そう慌てて工房長さんがカウンターの横に机を持っていって、そこで私たちは今日持ち帰らせてもらうことになった剣のお会計をすることになった。
「……すみません! テドロ騎士団長のサインをもらってきたので、交換お願いします!……」
「……私はカデンシェ騎士団長のサイン入りです! そこの矢をください!……」
アルフリードと並んで工房長さんの話を聞いていたところ、隣では次々と◯◯騎士団長のサインが入っているという小さなものをカウンター越しにスタッフさんに渡して、代わりに色々なグッズをもらって工房から出ていく新卒騎士たち。
横目でチラチラと彼らの方を見てみると、カウンターで渡しているサイン入りのもの。そのタグみたいな形をした金属片に見覚えがあるのに思い当たった。
「前にロージーちゃんがくれた、チャーム……?」
「女騎士様、あれをご存知で? これは騎士記念館で販売している各騎士団のチャームに同じ騎士団長のサインをもらってくれば景品と交換という、ともかく新卒騎士の間で人気のキャンペーンです。もしお持ちでしたら、この中からお選びいただけますよ」
私のほぼ独り言みたいな呟きをキャッチしていた工房長さんは、1枚の紙を取り出して、私とアルフリードに見せてくれた。
チャーム、というのは騎士フェチであるヘイゼル家のメイドのロージーちゃんが、ヤエリゼ君と騎士記念館にデートに行ったお土産にくれたもので、私は皇族騎士団にヘイゼル騎士団、そしてエスニョーラ騎士団の団長サイン入りチャームをそれぞれ持っていた。
工房長さんが見せてくれた紙には、ズラッと景品の一覧が載っていて、武器とか騎士さんが日常の訓練とかで使いそうなグッズが選べるようになっている。
ちなみに男爵家から公爵家所属、さらには皇族騎士団まで騎士団には階級付けがされていて、上のランクに行くほど景品も豪華になっていくようだった。
「わ、私はこの3つのサイン入りチャームを持っているんですけど……何がもらえますか?」
「ほぉ、エスニョーラ騎士団は特段珍しくも何ともありませんが、ヘイゼル家と皇族騎士団長の両方をお持ちというのは珍しいですね。それなら、この世に1つしかないこの純金製名誉カップを差し上げられます」
工房長さんが指差したのは、よくスポーツ大会でもらえるみたいな大きな優勝カップだった。
確かに、こうしたものの純金製だったら、名誉の印! という感じはするけど、正直……いらないかな、という率直な気持ちが先行してしまった。
せっかく珍しいサインを持ってると感嘆して下さったので、機会があればお持ちします~ とその場を濁そうとした時、アルフリードがスッとある1点を指差した。
「この“5千年ものの幻の剣”というのは何ですか?」
アルフリードの指の先を見てみると、確かにそういうふうに書いてある。
この景品がもらえる条件を見てみると……なんと、全騎士団の団長さんのサイン入りチャームが必要と書いてあるではないか……!!
「ああ、それはですね……公爵子息様と皇女殿下の女騎士様ですから、特別にお見せいたしましょう」
そう工房長さんがおっしゃると、私たちを引き連れてカウンターの奥にある扉を出た。
そして一旦、工房のある建物から裏に出て、また別の鍵付きの建物の中へと案内された。
一体、5千年ものの幻の剣とは。
名前からしても、さっき購入しようとした宝石だらけの剣よりレアものな感じがするけど……全騎士団の団長さんのサインをもらうなんて面倒くさそうだな。
とりあえず記念に見せていただくだけでいっか……そんなことを思っていると、木箱に厳重に包まれた剣が私とアルフリードの前に運ばれてきたのだった。
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チャームに団長サインをもらう話「108.毒の真相」