146.皇女様をお護りするため
パカラッ パカラッ パカラッ
「うりゃーー!!」
皇城内の馬場でフローリアにまたがって勢い良く駆けながら、少し離れた所にある四角い木でできた的に向かって、私は片手で持った槍を思い切って振り投げた。
しかし槍は的の方まで伸びては行ったものの、中心部には当たらずに脇に反れて落っこちて行ってしまった。
半年前に隠されてしまった後も、ここ最近も毎朝の日課である筋トレは欠かさず行なっていたので、上腕二頭筋とかはちゃんと鍛えられてるからか遠くの方まで投げられるけど、フローリアにずっと乗れなかったので騎馬術のお稽古は本当に久々だった。
「ふん!!」
同じように隣りの的に向かって、これまた勢いよく白馬のグランディナちゃんに乗って槍を投げたのは皇女様だったけど、やっぱりそれも的の端っこを掠めて飛んで行ってしまった。
「くそっ、少々遠ざかっていただけで、ここまで感覚が鈍るとはな……やはりこの長い槍を扱うには、ある程度指導を受けながらでないとキツいな」
しばらく勢いのままに駆けながら、徐々にグランディナちゃんをスピードダウンさせながら、皇女様は顔をしかめて忌々しそうに、的の方を見やっていた。
皇族騎士団の白い騎士服を手に入れてから皇城に通って数日が経っていたけど、私の護衛対象である皇女様は相変わらず、一緒に騎士鍛錬に付き合う元気ぶりを発揮していた。
「やっぱり騎馬術を教えていただけるのは皇族騎士団長様だけなのでしょうか……?」
以前、この騎馬術を教えて下さったのは帝国内の騎士のトップでもあり、皇女様とアルフリードの師匠である彼だった。しかし……
「まぁ、騎士団の者であれば教えるだけの技術は兼ね備えているだろうが、今は反対勢力の監視やら、妙な動きをしている連中を検挙するのに忙しく、我々の鍛錬のために呼び寄せるのは難しいだろうな……」
そうなのだ。世の中を落ちつかせられそうな“発表”という方策が決まったものの、その内容を知る者は、まだごくわずかだった。
エル様ファンクラブなんかに取り入ろうとするコンサル業者もまだまだ消えてくれないし、街中では人々を惑わす街頭演説も続いているようだった。
多分、何事もないとは思うけど……ナディクス国とキャルン国から発表の同意が得られて、皇女様たちとの国境へのお供に十分な訓練を積んでない状態で行くことになってしまったら、不安は拭えないかも……
特にお供している間はずっとフローリアの上に乗ってることになりそうだから、騎馬術は特に力を入れておきたいのにっ
「皇女様、エミリア様、失礼いたします。お伝えしたいことがございまして、今よろしいでしょうか?」
女の人の声がして見てみると、馬場の入り口の方からこちらに向かってくるのは、長い黒髪に女騎士の格好をした女性。
それは、女騎士派遣事務所の所長クロリラさんだった。
彼女はリリーナ姫の女騎士に任命された時に、契約の手続きなんかをしてくれた方だ。
「ああ、構わないが……クロリラ殿がこちらまで来るとは珍しい。いかがした?」
皇女様は清々しい白シャツに黒スラックスで額から流れる汗を手で拭いながら、腰に片手を当ててクロリラさんの方を振り仰いだ。
「はい、実は前々から団長と話しておりまして、皇族騎士と派遣事務所所属の女騎士とで合同訓練を実施したいと考えているのです。この状況で貴族家からご婦人やご令嬢への女騎士の要請が増えていることもございますので、事務所メンバーのレベルの底上げを行うのも急課題となっておりますし」
なるほど。私がこの世界に来た頃は、ここでいう女騎士といえば、貴婦人のお側でカッコいいお飾りのごとく側に立っていればOK、という存在だったけど、最近では本来の目的通り片時も離れずに護衛の任務につくために雇われるようになってると聞いていた。
「それは良い考えではないか。そういえば……エミリア、そなたも事務所メンバーの一員ではなかったか?」
「ええ、そうですのよ! ということで……」
皇女様がお気づきになって、クロリラさんがそれに合いの手を打ったように、私は急遽、次の日に実施されることになった、皇族騎士&女騎士の合同訓練に参加することになったのだ。
「それでね、クロリラさんも騎馬術が得意で、その後アドバイスをもらいながらやってみたら、私も皇女様もすぐに的を狙えるようになったんだよ!」
その日の帰り。私は一旦、フローリアをガンブレッドや彼女の愛娘ミュミュちゃん家族のいるヘイゼル邸まで乗って送って行った後、アルフリードと一緒に馬車に乗ってエスニョーラ邸へ帰るという、なんとも遠回りな帰宅方式を取っていた。
その馬車の中で今日一日あったことをアルフリードにお話していた。
「合同訓練のことは僕もさっき聞いたよ。そんな催し珍しいことだから、陛下や皇太子殿下も一緒に見学させてもらうことになったんだ。もちろんソフィアナも一緒にね」
「そんなに高貴な身分の人たちに見られてる中で訓練なんて、みんな緊張しちゃいそうだね。でも、合同訓練なんて初めてだな。ちょっとワクワクしちゃうかも」
「そういえば、エミリアの兄上のご夫人も女騎士だったよね? 一緒に参加してみてもいいんじゃないかな」
馬車の中でのアルフリードとの他愛ない雑談にて、私の元女騎士でもあり兄嫁でもあるイリスも明日、誘ってみることになった。
普段から見慣れてる人が一緒だと心強いし、動くことが大好きなイリスのことだ。きっと喜ぶだろうな。
「訓練ですか!? 私もいざとなったら、エスニョーラ家の面々をお護りしたいと思っていたので、ぜひ参加したいです! だけど……」
案の定、帰宅して早々に見つけたイリスに話をすると、彼女は一瞬、目をキラキラさせて興味津々といった様子をみせた。
しかし、何か言い淀み始めると、ちょっと困惑したような表情で私から目線を逸らせてしまったのだ。
どうしたんだろう? 彼女らしからぬ態度だ。
「イリス、どうしたの? もしかして派遣事務所に苦手な女騎士さんがいたりとか……」
彼女の結婚式にも参加してたような騎士学校時代の友達の女騎士もたくさんいるのに、そんなことは考えずらいけど、そう聞いても何かイリスはモジモジとしている。
「実は……」
すると、彼女は言いずらそうに小声で私に漏らした。
え……
「えーー!!! お腹に2人目がいる!?」
イリスはちょっと頬を紅潮させながら、ハニカんでうなずいた。
なんとなんと。そういうことでしたか。
想定外なことがたくさん発生している今日この頃だけど、また私にも新しい家族が誕生する兆しが見えたのだった。めでたいことだ。
そんなこんなで迎えた翌日。
皇族騎士団の敷地内にある演習場にて、その合同訓練は実施されることになった。
ここにはフローリアは連れてくることは出来なかったので、私は1人演習場の中に入ると、等間隔で並んでいる騎士さんたちと同じように整列した。
もちろん皇族騎士さんは、でっかくてガタイがものすごくいいけど、女騎士さんたちもほとんどが背が高くて、ちょっとやそっとでは倒れることなんかなさそうな、健康そうでガッチリとした体格をしている。
私が着ているみたいな極小サイズの騎士服を着ている人なんていうのはいない。
整列してしばらくすると、演習場の前の朝礼台みたいなところに、久々にお見かけした皇族騎士団長さんが姿を現した。
その少し離れた横の位置には、皇族の方々が並んで座っていて、アルフリードや公爵様の姿も確認できる。
団長さんと、その後には女騎士代表としてクロリラさんがご挨拶をして、いよいよ訓練が始まった訳だけど、鍛錬が始まって早々、私は注意というかとあるご指摘を受けることになってしまう。
「エミリア様……その剣はどうしたというのですか?」
私の隣りはガタイのいい皇族騎士さんで、私は負けじと一生懸命、キンッ! キンッ! と最初の訓練メニューである剣を打ち合っていた。
すると、後ろから見回りをしていた騎士団長様に声を掛けられてしまったのだ。
「あら、この剣は……随分、安物を使っているようですわね」
別の方からはクロリラさんが現れて、まだ相手の人とお互いに押され押されぬという所で、合わせてプルプルと震えている私の剣先を、アゴに手をやって見つめていた。
「こ、これは……私の家門の騎士団で使う練習用の剣です……」
毎日の筋トレのおかげなのか、剣に全神経を集中させていれば、ガタイのいい騎士の力にも競り負けずにいられている中、声を震わせながらお2人の疑問に私はなんとかお答えした。
確かに、練習用の剣だから相当な安物であるには違いないと思う。
すると、団長さんは私と相手の間に手を遮るように差し込んだ。
それが合図のように相手の騎士さんは、剣を私から離して静止してしまった。
「いいですか、エミリア様。あなたはソフィアナ皇女殿下のお側付きの女騎士なのですよ。このような獲物を腰にぶら下げて、お護りできるとお思いなのですか? 覚悟があまりにも足りなさすぎるでしょう」
団長さんはかなり厳しくて、若干おっかないオーラを放ちながら、私のことをキツく睨まれた。
う~ん、団長さんの雰囲気は怖いけど……考えてみれば、その通りですよね。
「いけませんわね、今のだけでもう刃こぼれしてしまってるわ。本日は替えの剣を用意しておきますが早急に、皇女様をお護りするのに似合った剣をご用意してくださいね」
言われてみて、さっきまで相手の剣と合わせていた刃を見てみると、ガタガタな状態になってしまっていた。
これまで、皇女様と打ち合ってた時にはこんな事にはならなかったのに。
その後、皇族騎士団に保管してあるやっぱり練習用の剣をお借りした私は若干ハードでも訓練メニューを次々とこなしていって、いい汗をかきまくったのだった。
しかし……剣を用意してくださいね、と言われてもどこで手に入れればいいんだろう?
「それだったら、帝都の職人街にある武器・防具工房に行けばいいだろう。前に作った極小サイズの兜もあそこで用意したものだし」
訓練が終わった後、皇女様の所へご挨拶に向かった際にそばにいたアルフリードがそう言った。
武器・防具工房?
帝都に職人街があるのは知っていたけど、そこで作られたものは皆、ファッション街やショッピングエリアのお店で販売されてるので、お買い物目的で行くことが多い帝都では、あまり足を踏み入れないエリアだった。
しかし、武器や防具が売っているようなショップは帝都では見かけた事がない。
「武器等は騎士団のような提携のある所でなければ供給できなくなっているからな。私のために使う剣なら資金は皇室から出す。せっかくの機会だ、よく切れる立派なものを調達すると良いだろう」
そう皇女様からのお口添えも頂き、後日、剣を求めて私とアルフリードは帝都の職人街へと向かうことになった。