15.アルフリード先生による国際情勢の授業 part1
次の日から毎朝アルフリードが迎えに来るようになった。
馬車に乗り込む前には必ず黒いローブを私に羽織らせて、首元のリボンを結ぶとそれをポンと叩く。
城に着くと、抜け道を通り皇女様の執務室へ行ってご挨拶して、授業をしてもらう。
王子様の言っていた通り1日の大半はマナー教養の時間に費やされた。
貴族のレディとして全うな教育を受けていたお母様を見ていたから、ある程度の所作が身についているのはよかった。
でも、今まで出たことのない社交の場での振る舞い方や話し方、歩き方は少し聞きかじったくらいでは身に付けるのは難しく、多くの時間が必要だった。
皇城へ通う日々が続いて4日目。
「今日はエルラルゴが何かのレッスンだかで1日予定が入ってるそうなんだ」
揺れる馬車の中で、アルフリードが話した。
「この間、エルラルゴが人質だったと聞いて驚いただろ? だから今日は僕がその辺の事情について説明しようと思う」
アルフリードの授業かぁ、どんな感じになるんだろ。
あの分担表だけだと彼が何を教えてくれるのか分からなかったけど、王子様にまつわる謎は皇女様を救うためには確実に紐解いておかないと先に進めないですから……
「ぜひお願いします!」
アルフリードは落ち着いた様子で優しく微笑んだ。
皇女様と王子様と一緒の時と、そうでない時のギャップがすごいなぁ。
彼らと一緒の時の感情表現豊かな彼も、爽やかだけどどこか控えめな物腰の彼も、どちらがいいかと聞かれたら、どちらも魅力があって比べ難い……
皇城に着いて皇女様へ挨拶すると、朝はアルフリードも各部門との報告会議などで忙しいから、落ち着くまではプライベート庭園で自主勉強していなさいと促された。
その庭園は皇族と婚約者である王子様といった一部の人しか使えない場所だった。
婚約式まで人前に出れない私を例のごとく可哀想がる皇女様によって、入ることを許してもらえたのだった。
「へぇー、これが兄上が作った問題集か」
用事が終わって庭園に現れたアルフリードは、私の前の席に座ると問題を解いている手元を覗き込んだ。
ページを少しめくったりして中を見ている。
「さすがだなぁ……すごくよく、まとまってる」
感心している様子は、多分おだてたりしてるんじゃなくて、本当にそう思ってるんだと思う。
思い込みの激しいお兄様にも、いつか彼のこんな姿が分かってもらえるといいんだけど……
「婚約式が終わったら今度よく見せて。じゃあ、授業を始めます」
まさかアルフリードから何かを教わる事になるとは思ってもいなかったけれど、いざ始まるとなるとドキドキしてきた。
私は問題集を閉じて、姿勢を正した。
「僕らのいるバランティア帝国には、隣接する諸外国がいくつかあるんだけど、中でも2つの強国がある。
一つは北方に位置するエルラルゴの祖国、ナディクス王国。
もう一つは西方に位置するキャルン国だ。
この3国は国境が交わっていることもあって、数百年の間、争いが絶えない紛争地域でもあった。
けれど近年では、産業も各国で確立されて国が豊かになってきていたから、領地争いのために国の力を消耗させるより貿易面を強化する国策を取った方が有益だと考えられるようになったんだ。
ここまでは大丈夫?」
良かったぁ。
このままのペースでひたすら説明が続いたら絶対眠くなると思ったのに、ちゃんと私が理解できてるか確認してくれたんだ。
大丈夫ですよ。
仲の悪かった3国が武力で争うのは辞めて、ビジネス路線にシフトしたのね。
私は彼の目を見ながら、うんうんと頭を上下に振った。
「それで3国の長たちは友好同盟を組もうとしたんだ。
だけど、長年ずっと殺し合ったり、騙し合ったり、支配し支配された者同士が過去を急に忘れて、仲良くできると思う?
感情的にどうしても許すことができない、信用できない、そういう人達がどの国にも一定多数いて反発が起こった。
そうした人達を納得させるために使われたのが、それぞれの国の第1継承者を人質として3国間で交換し合って信用を保証するっていう策だったんだ。
バランティア帝国からキャルン国へは、
ジョナスン皇太子。
ナディクス王国からバランティア帝国へは、
エルラルゴ王子。
キャルン国からナディクス王国へは、
リリーナ王女。
今から15年前のことだった」
エルラルゴ王子様以外に、国のために利用された人が2人もいるなんて……
なんてことなの。
ちょっと待って
ジョナスン皇太子?
皇太子……
そうだ、思い出した……いた、いたよ、原作にいた!
原作だとほぼ皇太子様とか殿下としか呼ばれてなかったから、王子様がジョナスンと名前を言ってても全然ピンとこなかった。
皇女様のお兄様で、原作では皇太子として帝国の中で権威を振るっていた。
正直なところ、小説を読んでた時はアルフリードの恋愛模様を追うのに夢中で、政治的な背景の部分はほぼ飛ばしちゃってたから皇太子様の印象は薄くてよく覚えてなかったけど……
確か、アルフリードの公爵家は代々皇族の側近だったから、皇女様亡き後は、皇太子様の側近になるはずだった。
でも皇太子様とそりが合わなかった上、可愛がってくれていた皇帝も病に伏せって権力を無くし、彼は皇城にも居ずらくなってしまうんだった……
……なんで忘れていたんだろう。
ここにも彼の闇落ち要因があったなんて。