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138.空から降ってきたもの

「ナディクスへ王子様を探しに行く!?」


 それは皇女様による突然のご宣言だった。


「エルが行方不明と聞かされてから半年ばかり。ナディクスでは捜索が打ち切られたと連絡を受けたまま、私とて黙って指をくわえて何もしていなかった訳ではない」


 肩上で切りそろえられたウェーブがかった黒髪を揺らして、相変わらず軍服姿でいる皇女様は、ご自身のお部屋の机の上から何かの書類を手に取った。


「私独自の指令として皇族騎士の調査団を編成し、ナディクスへ、エルの捜索に向かわせていた」


 その書類を皇女様は私とアルフリードに渡されたのだ。

 そこには、どこをどう捜索したのか、という主旨の内容が事細かく記されていた。


「これは……ソフィアナ、君がこんな事してたなんて、皇太子殿下の側近職である僕にすら入ってきてない情報じゃないか」


 ちょっと険しい顔をしながら、アルフリードは手にした書類を1枚1枚めくっていた。


「陛下やお兄様はナディクスとの間に波風を立てたくないからな。向こうが打ち切っているのにもかかわらず、こちらで勝手な動きをするのは快く思っていない。だから、彼らには秘密裏に行なっていたのだ」


 むむむ……

 確かに、現在の情勢的に同盟をより強固にさせたい所に、不信感を招くような事を帝国としては、したくないよね。


「だけど……この報告書にだって、エルラルゴの所在は分からないって、結局、結論づけられてるじゃないか」


 アルフリードは報告書の最後の1枚を取り出して、皇女様や私に見せた。


「それはそうだが、騎士どもはナディクスと同じように、あの茨の森に入る事ができない、と言って何度向かわせても戻ってきてしまうのだ。もしやすればあの中は空洞になっていて、人が住まう事ができるのかも知れぬし、くまなく探した上でなんとしてもエルの姿を確認するまでは……私は他の者と婚姻を結ぶ事は、できないのだ」


 皇女様は私たちから顔を背けて、ちょっと震えているようだった。


「しかしエミリア。もし、白黒はっきりする事があった時は、アルフとの婚約問題は解決して、別の者と婚姻するようにするからな。そこは安心するのだぞ」


 皇女様はこちらを向くと、口元を歪ませてお笑いになったのだけど、その姿はなんとも切なさが込み上げてくるものだった。


 髪の毛をお切りになって軍服姿でキリッとした姿は、王子様の事を割り切ってたのかと思ってたけど、それとは真逆で、王子様の消息がハッキリとするまでは誰にもその身を捧げないっていう意志の表れだったんだな。


 だけど、もしそれが最悪な方にハッキリしてしまった時は……

 私とアルフリードはもしかしたら公式的にも前みたいな関係に戻れるのかもしれないけど、皇女様にとってはそれを認めるのは相当ツラいものになってしまう。


「確かにこのままエルラルゴの事がうやむやになって、気持ちを引きづり続けるよりは行動を起こした方がいいのかもしれない。僕もソフィアナ、エルラルゴ君たち2人の友人として、できる事は協力する」


 そうアルフリードは真剣な表情で皇女様に返事をしたのだった。


「わ、私も皇女様のお力になりたいです!」


 続けて私も声を張り上げて賛同した。


「2人とも、ありがとう。それでな、まずナディクスの国境付近にある皇家の別荘へ滞在するとカモフラージュを取る事にした。それには、友人としてエミリアを、そして一応、婚約者という事になってるのでアルフには側近職を休ませて同行させる事にする」


 そんなこんなで、なんと皇女様そしてアルフリードとともにナディクスの茨の森へ、王子様探しに行くという展開が突如として発生してしまったのだ……


 皇家の別荘の中にいて人前に出ないんなら、って事でお父様は皇女様じきじきの依頼を承諾してくれた。


 そしてアルフリードの側近のお仕事は、私のお兄様が代役を務めるって事で話は進んだ。



「で、ですが、屈強な騎士さん達も入れないような茨の中へ、どうやって入ればいいんでしょう……皇女様、何か策がおありなんですか?」


 まずは別荘へ向かう馬車の中で私は皇女様に尋ねてみた。


「報告書によればこの森は巨大な上、茨の1本1本がとてつもなく太く、恐ろしく複雑に絡み合っていて、どのような剣やら斧を使っても切って中に進むことが出来ないそうだ。残る手段は火を使って燃やす方法だろうか……しかし、それも火の手をコントロールできなかった場合の危険が伴う。何にしても、まずはこの目で森を見て決めるしかなかろう」


 皇女様は足と腕を組んだ状態で、窓の方に顔を向けられていた。



 ナディクスのお城が建っている切り立った山が遠くの方にかすかに見える見晴らしのいい湖と草原地帯に佇む大きな別荘に、私達は到着した。


 そこには数名の皇族騎士さんや使用人さん達も同行していたけど、皇女様は彼らに用立てしない限りは我々の事は放っておくように……と告げられた。


 そして、明るい月が空に浮かんでいる深夜。


 私は皇女様の大量のご旅行用の荷物の中に紛れさせておいた騎士服を取り出して、女騎士の格好に。


 皇女様とアルフリードも身支度を整え、私達は別荘を抜け出しナディクス城の山の方へと向かったのだ。


「草の背が高くてはぐれるといけないな。僕が先頭になるから1列で進もう」


 アルフリードが持っているランタンを掲げてそう言うと、皇女様を真ん中にして、私もその後ろに回って女騎士としてお護りするがごとく彼らの後をついて行った。


「あ、あのその茨の森へはどれくらいで到着するのでしょう?」


「そうだな馬を連れて来れなかったから、歩くしかないが2時間はかかるだろうか」


皇女様の答えに、国境に1番近い別荘とはいえけっこう掛かるんだな…… 率直な感想が頭の中をかすめて行ったのだった。


そうして歩くこと2時間。


 こっちの世界は月が大きくて、夜とはいえ前の世界に比べたら、けっこう明るかったりする。


 今、私達が向かってる目線の先にも、ナディクスのギリシャ神殿風のお城が小さく青白く浮かびあがっているのが見えてきた。


 あの下に王子様が落っこちたと言われている茨の森が広がってるのか……


 ちなみに普通、国境にはリューセリンヌの元城にいたザルン家の騎士みたいに国境警備兵がいるものなんだけど、茨の森はそれ自体が天然のバリケードみたいな物なので、警備は手薄になってるんだという。



「そろそろ森に着く頃だ……なんだあれは、思ったより広いんだな」


 前を行くアルフリードの声に、目の前の皇女様の背中から右横に顔をのぞかせてみた。


 確かに行く手には、まるで富士の樹海みたいに左右に広がっている黒い森。

 しかも、ここからでも分かる。相当の高さまで達しているようだ。


「あれが全て切り倒せぬくらい太い茨で出来ているのだとすれば、調査に出した騎士達が何もする気がせずに戻ってきたのも分かる気がする。それに、あれほど太くて頑丈そうでは、火をつけたとしてもすぐに消えてしまいそうではないか……」


 そう弱気発言をなさるのは、事の発端者である皇女様だった。


 そんな……ここまで来たのに、やっぱり中に入るのは諦めて、王子様はナディクス国が出した判断通りに行方不明のままにしてしまうというの?



「……どいて、どいてーー!!」


 私も2人の反応から、完全なる弱気ムードに思考が侵されていた時、どこからともなく叫ぶような声が聞こえてきたのだ。


 そして次の瞬間……!


 バサっと何かが上から覆いかぶさってきて、視界が見えなくなったのだ。


「な、なんだこれは!?」


「大きい布みたいだっ」


 皇女様とアルフリードの戸惑う声だけが聞こえてくる。

 それでもなんとか、覆っているものを手で掴みながら脇から這い出した。


 あたりを見れば、2人もちゃんと脱出していて、さっきアルフリードが言ってたみたいにそこには大きな布が落っこちていた。


 そして、その中央らへんだけが人がしゃがんでいるようなシルエットが盛り上がっている。


 まさか、さっき何処からともなくしてきた声の主は、この人なんじゃ……


「何奴だ! 姿を現すのだ!!」


 皇女様が叫びながら布を両手で掴んでバッとめくった。

 私とアルフリードもそれに手を貸す。


 そして、取り除いた布から姿を現したのは……


「も〜、だから”どいて”って言ったのにー! また尻もち着いちゃったよ」


 え……うそ……?


 見覚えのある白い民族衣装。

 それに、胸よりさらに下まで伸びた金色のストレートヘア。

 服から出てる真っ白な手に、真っ白な首や顔。

 そして、大きな薄緑色の神秘的な瞳に、まるで美少女なその容貌。


「王子様!!?」「エル!!?」「エルラルゴ!!?」


 私達はもはや同時に叫んでいた。


「え……なんで私の名前を知ってるの? あれ、君達は……」


 尻もちをついている本当に久々すぎる再会を迎えたその人は、全く事態が飲み込めてないような様子で、私達を見上げた。


「エル!!」


 そんな彼の愛称を呼んで飛び込んで行ったのは、皇女様だった。


「ソフィ……ソフィなの!? どうしちゃったのさ、この髪は! まあ、君はどんな髪型でも似合うけどさ」


 王子様は短くなってしまった髪の毛がまるで長く残っているかのように、皇女様の頭から背中にかけて優しく撫でていた。


 彼にそうされながら皇女様は涙を流して、力強くその体を抱きしめていた。



「ふう、まさかこのような夜更けに人が歩いているとは思わなんだったが……お主ら怪我はなかったかの?」


 そんな皇女様と王子様の再会を呆然さの冷め切らない中で見つめていたところ、これまで聞いたことのない声がしてきた。


 見ると、背が高くて王子様みたいに白い衣をまとった、白くて長い髪とヒゲをたくわえたご老人が立っているではないか……


 へぇ?


「あなたはまさか……ナディクスの国王陛下? エルラルゴのお祖父様の方の……」


 そう強張った声で呟いたのは、このご老人の事を私と同じように驚きの表情で見上げているアルフリードだった。







*****

王子様やっと回収できましたT_T 手紙でも回想でもなくご本人登場は今回の74話前にあたる「64.悪役令嬢っぽいの登場」以来でした。

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『皇女様の女騎士 番外編集』
本筋に関係ない短編など
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サイドストーリー
連載中『ラドルフとイリスの近況報告【改訂版】』
目次はこちらから



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