137.初めましてのひと時
チャッポン
こうして半年ぶりにやってきた皇城でアルフリードが戻ってくるまでの間、引き続き滞在することになった私が今いるのは……
「ふーむ、エミリアがさらわれる事がなければ、この湯にも2度と浸かる事はできなかったという訳だな。それは、もったいない事だった」
やっぱり半年ぶりに入らせてもらうことになった、皇城にある温泉だった!
このだだっ広いテル○エ•○マエとかに出てきそうなプールみたいな温泉に一緒に浸かってるのは、私にここを使ってもいいっていうお許しを下さった皇女様。
そして、併設されてるテラスの寝っ転がれる長椅子の所でバスローブを羽織って、綺麗な空の方に顔を向けてほてった体を冷ましてるのは、かのリリーナ姫だった。
帝都に湧き出る温泉はナディクス風のホテルを始め、街の中の宿屋では昔っからの目玉で旅行客に提供してたりしてたけど、その他で利用できるのは皇家だけの特権だった。
エスニョーラ邸にももちろん無いので、もしあのままだったら確かにこの癒しを再び味わう事はできなかったんだなって思うと、大変残念すぎる事態である。
「しかし、あのリストの中には、この温泉資源を狙っている輩もいるであろうし、気候も穏やかで農作物も育ちやすいバランティアの土地を長年奪おうとしている者もいるのだろうな……」
今は、皇族騎士さん達によってこれからどんどん検挙されていくだろう、ローランディスさんからかっぱらってきた、あのリストの事を明らかに思い起こした顔をしながら皇女様はご自身の首元に手でお湯をかけていた。
相変わらず、リリーナ姫の専属エスティシャンをやってるアリスにも久々にエステなんかもしてもらって、テカテカの肌にしてもらった所で、
「叔母上が謝罪回りに僕も付いてこいって急に言うから。さんざんな目に遭ったよ。今週いっぱいは、終わらなさそうかな」
アルフリードが登場したのだった。
「あれっエミリア……あ、そう。ソフィアナの話し相手として皇城にも来ていい事になったんだ」
皇女様は現在は公務は陛下と皇太子様にお任せになっていて、世間的にはアルフリードとの婚礼を待つ婚約中の身として、お城の中で静かに過ごされてるという事だった。
そのため、毎日に張りがなくて退屈だという事で、私は皇女様のお相手をするご友人として皇城へ隠れながら参上する事になったのだ。
「本来であれば、今すぐ婚約など事実無根と公にしたい所だが、エミリアではないが貴族家の中で最大の力を持つヘイゼル家と縁談を結んでおけば、とりあえず国内で文句を言ってくる連中を黙らせておけるからな。しかし、いつまでもこのままという訳には行かぬ……そろそろ、あの計画を始めるか……」
そうブツブツと何かをおっしゃりながら、皇女様は私とアルフリードが皇城を後にするのをお見送りになられた。
「エミリア、侯爵様からヘイゼル邸なら連れて行ってもいいってお許しを頂いたから、これから行こうと思うんだ……フローリアにも会いたいだろう?」
一緒に乗り込んだ馬車の中で、アルフリードに告げられた言葉に私は目を見開かずにはいられなかった。
フローリア……私のフローリア!!
あのリュース家の花園で彼女の事を考えてた時は、もう2度と会えないと思ってたけど……私はもちろん、何度も何度も、彼に向かってワクワクしながら顔をうなずかせたのだった。
「お、お邪魔します」
久々に訪れたヘイゼル邸は……リフォームが完成してる本邸は、使用人さん達がいつもキレイな状態にお掃除をしてくれているためか、輝かんばかりのオーラを放っていた。
「ここがあのオカシいと思っていたお屋敷だなんて……全く信じられませんわ」
私はもちろんフローリアの所に直行したい所だったけど、まずは邸宅の中に入って、7年ぶりにここに戻ってきたクロウディア様のご挨拶に向かった。
彼女は、公爵様がずっと綺麗な状態に保ってた上、私とアルフリードで摘んできたお花が咲き乱れている中庭のベンチの所に腰を掛けていた。
その横では公爵様とルランシア様が立っていらっしゃるけど……アルフリードは、ここに来るのに通ってきた大舞踏室を出た所で立ち止まってポッケに両手を突っ込みながら、こっちを見ている。
まだ……彼はこの中に足を踏み入れることは出来ないみたいだった。
「お姉様ったらね、あの屋敷に植わってたグレイリー達が育ててた庭の心配をしてるのよ。あんな事されたっていうのに……だから今度、またあそこへ様子を見に行くことになったの」
ルランシア様が呆れながら、でもちょっと心配そうにおっしゃった。
そっかぁ……あの花達はもともとここに植えられてたものだけど、花達に罪はないもんね。
あの邸宅は今、誰も手入れができない状態だから、このまま放置してたら荒れ放題になってしまうかもしれない。
「それに、ずっとお父様の所へもご挨拶に行けていませんでしたから……」
クロウディア様は、そう言ってけぶるまつ毛の付いたまぶたを閉じられた。
「そちらへも彼女を連れて行ってくるよ」
そんなふうに公爵様が付け加えたのだった。
リューセリンヌの国王様は、歴史上の人物なんかが弔われている帝国内のスペースにお眠りになっているのだという。
クロウディア様はヘイゼル邸には7年ぶりだけど、彼女のお父様のお墓参りはもうアルフリードが生まれる前に行ったきりなんだという。
しかも、彼女は催眠状態だったので、その時の事も全く覚えていないそうだ。
つまり、彼女にとってはほぼ初めての再会という事みたいだけど……私は外出できないので、また行って帰ってきた時にお話を聞かせてもらうことになった。
そうしてアルフリードの所に戻った私だけど、クロウディア様はあまりにも突然すぎる環境の変化と、驚愕すぎた事実に呆然としているようで、まだヘイゼル邸に馴染むのには時間が必要なのかな……と思わせるご様子だった。
「フローリア、フローリア〜!!」
そして、ついにやってきたのは、とっても立派なヘイゼル家に住まうお馬たちの邸宅である。
その中のラグジュアリーな部屋の一室で佇んでいる、芦毛色のお腹がもっこりしている女の子。
彼女はピンッと耳を一瞬立ててこちらを向いた。
彼女の部屋の中へ入って行くと、私はその太くてツヤツヤとした首筋に優しく抱きついた。
「久しぶり、久しぶりだったね……はぁ〜、フローリアは温かいなぁ」
そう言って安心感とともに胸が熱くなってしばしの抱擁を終えると、その大きな真っ黒なつぶらな瞳を覗き込んだ。
「良かったなフローリア、主人に会えて」
そんな私たちに向かって、アルフリードが声を掛けたのだった。
そうして、エスニョーラ邸と皇城、ヘイゼル邸を行き来する昔みたいな生活が再びやってきて、数日が経った頃……
「フローリア……頑張って、頑張って!」
「あっ、前足が出てきた!」
「ブヒッ、ブヒッ、ブヒヒンッ!」
私とアルフリード、それにガンブレッドや彼の両親であるジャグレッドやシェルラーゼが見守る中、ついにその時が来たのだった。
「まあ、随分立派な厩なのね……仔馬が産まれると聞いたのだけど」
皆んなでフローリアがいきんでいるのを応援している所に現れたのはクロウディア様と公爵様だった。
そしてさらに応援メンバーが加わって、ハラハラしながら事の成り行きを見守っていると……
ズルズルズルッ
一気にフローリアのお尻から見事に出てきたのは、濡れててベチョベチョだけど、茶色い栗毛色をした小さな仔馬だった!!
「これはどうやら……メスのようですね」
立ち会って下さっていた馬のお医者様がそう告げられた中、フローリアはその子の事をペロペロと舐め出した。
ふわぁ〜
お馬のお産なんて初めて立ち会ったけど、それはもう思った以上に感動的なものだった。
それに何より、仔馬の時から一緒にいた可愛いフローリアがお母さんになるなんて……信じられないけど、こんなに嬉しいものなんだな。
「ガンブレッドが産まれた時にそっくりだな。やっぱりコイツの子で間違いなさそうだ」
一応誰の子なのか定かには分からないっていう体にはなってたんだけど、アルフリードの言う通り、この姿から彼女のパパは彼で確定ということでOKだよね。
しばらくそこに集まったメンバーでほんわかと芦毛と栗毛の親子を見てると、仔馬の子は震えながらも立ち上がって、トテトテと歩き始めた。
そして向かった先は……
「あら、初めまして。本当に可愛い子ね」
ここに来て、初めて見るような心の底から微笑んで嬉しそうにしゃがみこんでいるクロウディア様の所だった。
その子もまた、嬉しそうに頭をナデナデしてもらっている。
そんな微笑ましい様子に私はアルフリードにある事を耳打ちした。
彼は私の顔を見ると、ウンとうなずいて、
「母上、この子に名前を付けて頂けませんか?」
クロウディア様はアルフリードの方をフッと少し驚いた様子で見つめると、仔馬の方を再び向いて優しい笑みを漏らした。
「そうね……それじゃあ、ミュミュにしましょう。リューセリンヌの古い言葉で”お花”という意味なのよ」
フローリアにミュミュ。本当にお花みたいな親子。
クロウディア様に続き、こうしてヘイゼル一家には新たな可愛いらしい仲間が加わったのだった。