14.最強の講師陣による教育プログラム再発動
急遽、この場にお父様とお兄様も呼ばれて、皇女様、王子様、アルフリードの5人で私の教育プログラムの再編成が行われることになった。
「エミリア嬢はそこのエルの荷物がたまってるソファの前の席で待ってなさい」
皇女様はそう言って執務室に併設されている応接室兼ミーティング室に入っていった。
言われた通りに椅子に座ろうとすると、お兄様が寄ってきて小冊子を渡してきた。
「仕事の合間にお前の問題集、作っておいた。話し合いはたいして長引かないだろうが、少しでも時間を無駄にしないで覚える時間にあてがっておけ」
まあまあ厚みはあるけど、まだ3週間で覚えるのに現実的なページ数だった。
良かった、ついに私の頭の酷さを認めて、無茶振りは諦めてくれたんだね……
「でも、これはエスニョーラ家の極秘資料を元に作ったんでしょ? ここで解いてて誰かに見られても大丈夫?」
「昨日、皇女殿下からこれまでのウチでのお前の扱いをこっぴどく、しつこく説教された上、俺たちには任せてられないと、くどくど言ってたからな。お前がこれから頻繁に城にも行くと予想できたから、外で見られても問題ない程度の内容に抑えてある。じゃあな」
お兄様は薄い氷の膜が張ってあるみたいな冷たい表情になって、他の人達が入っていくミーティング室へ向かって行った。
その中にはお父様もいて、チラッと私の方を見て一瞬だけ頬を緩めた感じがしたけれど、すぐに顔を引き締めて、むしろ冷徹な感じさえする瞳をして無表情になった。
おお……っ 隙を一切感じさせない、家では決して見たことない顔。
これがもしかして、彼らの職場モードって奴なのね。
特に扉を閉めずに話し合っている5人の声が微かに聞こえる中、10分ほど問題集を解いているとミーティング室からフラッと王子様だけが出てきて私の方に寄ってきた。
「ダメだ……なんだか皆で難しい話を始めちゃって、眠くなりそうだから抜け出してきちゃった」
ふわぁ、とあくびをしながら彼はソファの前にくると、崩れて放置してある大量の箱をしげしげと眺めた。
一体あれは何なんだろう。
さっきお茶会で貰ったって言ってたけど、つまり中世貴族のロマンス小説なら必ず出てくる、貴婦人たちの社交の場の、あの集まりのことだよね。
ということは、王子様へのプレゼントというか、貢ぎ物?
ふざけている(?)とはいえ、王子様が私に気を持たせることを言って激怒していた皇女様を見ると、女性だらけのそんな場に婚約者の王子様を行かせるかなぁと思うけど……
「仕方ない、一つずつチェックしてくか……あ、エミリアちゃんも手伝ってくれる?」
ここに来て初めてのちゃん付けに一瞬キョトンとしてしまった。
「は、はい!」
お兄様が仕事をサボってせっせと作ってくれた問題集よ……王子様の貢ぎ物への好奇心に負けてごめんなさい。
問題集を閉じると、立ち上がって王子様の方へ行った。
私と王子様は次々に箱のフタを開けて中を確認していったのだが……
ジュエリーの散りばめられたネックレスやブローチに、スパンコールが全体にあしらわれた派手なポーチ、髪飾りに小さな帽子や化粧品まで。
女の子が喜びそうなものばかりが飛び出してくる。
え……王子様は見た目だけじゃなくて、中身も女子なの?
「王子様は、こういうものが好きなんですか?」
もしかしたら、失礼な質問なのかもしれないけど……聞かずにはいられない。
「好きというか仕事だからね」
仕事……? 王子様の仕事に必要って?
「ここで暮らしてた頃、ファッション研究家だったから」
!!!!
また王子様、キャラ濃すぎませんか?
美少女に人質だっただけじゃなくて、女の子のファッションにめちゃくちゃ詳しいってこと??
「その他にも、色々講師をやらせてもらってるんだ。
メイクにフラワーアレンジメント、お茶、アロマ、パワーストーン、ヘアアレンジ、香水作り、ガーデニング、インテリアコーディネート、音楽なら歌、ピアノ、バイオリン、フルート、ハープに、手芸なら刺繍、編み物、レース編み、裁縫、もちろんダンスも出来るし、あとは……」
すごっ。
本当に文化に精通しちゃってるよ。
どんな人質生活を送ってたんだろう……
「エミリアちゃんも婚約式のパーティーが終わったら人前に出れるようになるんでしょ? 教養もかねて私のワークショップに遊びにおいでね」
えっいいんですか? 行きます! 絶対行きます!!
そうこうしている内に、皇女様たちがミーティング室から出てきた。
•帝国史、貴族史•••エスニョーラ家
•マナー教養全般•••エルラルゴ王子
•女騎士としての鍛錬•••ソフィアナ皇女(補佐アルフリード)
•その他知識•••アルフリード
お父様とお兄様はすぐに仕事に戻っていき、こうした担当分けが行われた。
「やっぱり鍛錬は私じゃなくてアルフがメインでやった方がいいんじゃない? 護衛される相手が、護衛する人間の指導をするって、おかしいわよ」
分類表を見ながら、確かにもっともな事を皇女様は言った。
「絶っっ対に嫌だ。怪我でも負わしたらと思うと憂鬱で指導どころじゃないだろ。ただしソフィアナが危険な事をしないか、監視はさせてもらう」
「鍛錬するのに危険も何もないでしょ」
皇女様とアルフリードが言い争いを始めると、王子様がいつ運んできたのか、ティーセットを持ってきて皆にお茶を注ぎ始めた。
「まあまあ、2人とも落ち着いて。ところで、3週間の中で一番成果が必要なのは所作とマナーだから、エミリアちゃんと一番一緒にいられるのは私みたいだね」
ああまた、そんな事を言うと……やっぱり皇女様とアルフリードは恐ろしい顔で王子様を睨んでいる。
そんな3人を見てふっと思った。
こんなに楽しそうに素を出しているアルフリードから、原作のようにこの2人の存在がいなくなってしまったら、彼はどうなってしまうんだろう。
王子様も、皇女様やアルフリードのお父様と同じように、やっぱり何かが起こってしまうに違いない。
アルフリードが深い深い闇に落ちないように、私が皆を守るからね。
私はこの日、そう固く心に決めたのだった。