135.誰の仕業だ?
ない、ない……
ない!!
どういうことだ……
ここに、ここに置いておいたはずなのに!!
窓の外に映る見慣れた風景を前に、私は両手で自分の頭の髪の毛をグチャグチャに掴みながら、ひたすらに記憶を掘り起こしていた。
「エミリア、渡したいものって何?」
部屋の入り口のところに立って、そんな私の様子を不思議そうに眺めているのはアルフリード。
「え、えっと……ちょっと待っててね……!」
予想外の事態に私は彼の脇をすり抜けて、この家に住まう者を誰でもいいから探し出しに向かった。
そして、すぐの廊下を鼻歌まじりで歩いている人物を早速見つけたのだった。
「お母様!! わ、私の……私の部屋に誰か入りましたか? 窓の前の机に置いておいたものが、無くなっちゃってるんですけど……」
「何、言ってるのよ! そんなの数え切れないくらい色んな人達があなたを探しにお部屋にも出入りしたんだから。誰が入ったかなんて、誰も覚えてないわよ~」
困ったこと言うのねー、と言わんばかりに眉をハの字にして答えたご夫人に、私は落胆の色を隠せずにクルリと踵を返すと、再び自室へとトボトボと戻ったのだった。
ここは、なんだか半年ぶりくらいに帰ってきたような気になってしまう私のお家、エスニョーラ邸だ。
あれから帝都に無事到着し、公爵様とクロウディア様はヘイゼル邸にお帰りになっていったんだけど、私のことを送り届けるため、アルフリードはガンブレッドに乗ってここまで一緒に来てくれたのだった。
ヘイゼル家に保護されて、帝都に向かってるというのは家族にも知らせが入っていたようで、到着すると彼らは皆、玄関のところに勢揃いしていた。
「エミリア!! エミリア……良かった……」
アルフリードが私の事をガンブレッドから下ろしてくれると、間髪入れずにお父様とお母様が物凄い勢いで飛び込んできて、私の名前を叫びながらとっても強く抱きしめた。
「お嬢様、本当に……本当に良かったー!」
「エミ……エミ~~!」
そんな両親に後ろから覆いかぶさるみたいに、兄嫁イリスと甥っ子リカルドが突進してきてモミクチャにされていると、5段くらいある玄関前の広い外階段のところにしゃがみ込んで、頭を抱えている人がいた。
こっちを見たその人は、とってもやつれた顔をして、顔色も悪そうにしていたけど、私の顔を見るなりドッと疲れが出てしまったかのように深ーくため息をついていた。
……それは久々にシスコン度合いを全面に出しているお兄様の姿だった。
とはいえ、身内が行方不明になんかなったら、やっぱり寝れないくらい心配になっちゃうのが普通だもんね。
ここで私は改めて家族みんなに愛されていることを実感したのだった。
しばしの再会の盛り上がりも落ち着き、アルフリードも一緒にうちに入って居間スペースへと移動した。
家長であるお父様がいつも座ってる1人掛けソファに腰を下ろした時だった。
私とアルフリードは、ここに来るまでに一緒にお話して決めていた通り、すぐさま彼の前にズサッとひざをついてしゃがみ込むと、頭を深々と下げた。
……すなわち土下座ってやつだ。
「侯爵様どうか……もう一度、エミリアとの交際をお許しください!!」
隣で切迫詰まったように言うアルフリードに続いて、私も口を開く。
「お父様、私……アルフリードのことが大好きなんです! エスニョーラ邸から出れなくてもいいから、彼と会う事だけは……会う事だけは禁止しないで下さい!!」
しばしの沈黙の後、返ってきたのはこんな言葉だった。
「2人とも……顔を上げなさい。連れ去られたお前を、連れ戻してきてくれたのはアルフリード君なのだ。そのような恩ある者をどうして追い出すことができる?」
恐る恐る顔を上げてみると、お父様は柔らかい雰囲気で私たちの事を見ていた。
周りでまだ立ったままでいたお母様やイリスは少し涙を浮かべて優しげな感じで立っているし、お兄様でさえもちょっと呆れたような顔をして私たちの事を見ている。
「それに、お前を外に出さなくなってから時折、アルフリード君がうちの様子を見にきていた事も知っている。そこまで想い合っているのなら、私はもう何も言うまい」
え……そうだったの!?
思わずアルフリードの方を振り仰ぐと、彼は相変わらず微笑むことはしないけど、長いまつ毛のついたまぶたを閉じて、かすかにうなずいた。
お友達のご令嬢からアルフリードの縁談話を聞いちゃったりして、あんなに苦しかった半年間だったけど、彼はそんなに近くまで来てくれていたんだ……
知らなかった事実に私の目には涙が溢れてきて、周りの目も気にせずに彼に抱きついていた。そんな私のことを彼もギュッと抱きしめてくれたのだった。
「だがしかし、世間では彼と皇女殿下の婚約が出て回ってしまってるからな……やはり2人で出歩いている所を見られでもしたら、面倒になるのは目に見えている。しばらくは会うならアルフリード君がウチに来てもらうしかあるまい」
結局、私は隠される感じになったけど、また彼と離れ離れになるという最悪な事態は免れたのだった。
「そんな恐ろしい術でうちに大胆にも侵入してきていたとはな……かの国が滅んだ時、父上は末裔の首を刎ねておくべきだと進言したらしいが、あながちその考えも間違いではなかったかもな」
再び家族公認の仲に戻る事ができた私とアルフリードは、ソファに座らせてもらって、事の経緯を説明してたんだけど、落ち着いた様子でそんな恐ろしい事を口にし出したお父様に、私は危うく飲んでた紅茶を吹き出す所だった。
お父様の父上ということは、私のお祖父様ということみたいだ。話を聞く限り、まるで冷徹人間そのものみたいだ。
「なんて物騒なことを! そんな事をしたらわたくしの友人のルランシアはいなくなってしまうし、公爵子息殿もこの世に存在しなくなってしまいますのよ!」
お母様がもっともな事をおっしゃった。
ちなみにまだ彼らにはクロウディア様が生きてたって事は話してないので、それを知ったらおったまげるだろうな……
「なんだかんだで3000年続いた歴史ある王国だったからな、それを勘案して保護することになった訳だが……エミリアにこんな真似しやがって、なんとしてでも処刑にしてやる」
今度はお兄様がいきりたって口を開いたんだけど、へー! リューセリンヌ国って、そんなに長続きした王国だったんだ!
しかしそれより、しょ、処刑? それじゃあローランディスさんとグレイリーさんの命は……そんな……
すると、横に座ってたアルフリードが私の耳元に顔を寄せてきて囁いた。
「今は人権団体の抗議を受けて、拷問も死刑も廃止されてるんだよ。だから叔父上たちが罰を受けるとしても処刑されるなんて事にはならないよ」
ふぅ~ なんだかエスニョーラ一族の残虐な遺伝子を垣間見た会話だったけど、私が誘拐されるに至った発端。
それについても明らかにしておかないと。
「あ、あのお父様。ヒュッゲの国に亡命を企ててるってことを聞かされたんですけど……それって本当なんですか!?」
「なっ……」
「亡命ですって!?」
ここにいる家族達も私の言葉の内容を初めて聞くみたいなリアクションをし出した。
冷や汗をかいて、苦笑いをしているお父様を除いて……
「い、いやな……それは、もう帝国の外に出せなくなったエミリアが不憫で……それに、この周辺諸国は近いうちに争いが酷くなるのは目に見えている。それならば、エミリアも外へ出れるような安全な新天地へ、思い切って住まいを変えてしまおう、そう思ったのだ」
やっぱり……本当だったんだ!
冗談だと信じたかったけど、一応お父様なりに私のことを考えて、そしてローランディスさんが言ってたみたいに、この帝国が戦乱に巻き込まれていく未来を予見して、亡命なんて方向に考えが行き着いてしまったのか……
「だが、お前がアルフリード君と一緒にいたいというなら……帝国に残りたいというなら、それも白紙だな」
そう言うと、お父様は懐からパッと白い封筒を取り出した。
なんとなく見たことがある物の気がするけど、何だろう……
「あれ? 旦那様、それってまさか……お嬢様に大量に届いてた縁談状の1つじゃないですか!?」
イリスがそんな風に教えてくれた通り、そうだ、あれはアルフリードと婚約破棄したばかりの時に玄関前を埋め尽くすくらいに届いてたヤツだ!
「ヒュッゲの国の有力貴族から届いていたのを、黙って抜いておいた。エミリアを嫁にやる気はないが、これを足掛かりにツテを作って亡命の準備を進めようと思ってな。しかし、もう断りの連絡を入れておこう」
そうだったんだ……けっこう、具体的に話を進めていたんだな……
もし、私が誘拐されることも無ければ、そのまま本当に私たち一家はヒュッゲの国に旅立って2度とアルフリードと再会できなかったかもしれない。
そう考えると、なんだか鳥肌ものだ。
「侯爵様、これはローランディスが記録していた、これから起こるだろう犯罪計画のリストです。これらをキッカケに戦を引き起こそうとしているという事ですが……こうした者達の出現を防ぎ、戦を回避するにはどうすれば良いのでしょう?」
アルフリードは、ローランディスさんから最後に奪った紙を取り出してお父様に手渡した。
お父様はざっとそれに目を通して言った。
「同盟を安定させて、3国の結びつきを強めていく他ないだろう。3国の武力が集結すればそう容易く攻め込まれる事もなく、貿易による経済面でも大きな発展が見込まれ国が豊かになるから内部からの反発も解消されるしな」
つまり、皇女様たちそれぞれの国の王族同士が婚姻する、っていう三国同盟の条件が遂行されれば、今の事態が少しは収まるかもしれないって事のようだ。
しかし、現実問題、そのうちの1人であるエルラルゴ王子様はこの世にいなくなってしまったのだ。
この問題をどうやって解決すればいいのか……
今は誰も思いつく事が出来ずにいた。
そうしてアルフリードとお父様のお話も終わって、私はここを連れ去られる前に一生懸命書いていた原作小説を手渡すため、アルフリードに自室の前に待機してもらってるというのに……
ない、ない、な•い•ん•だよ!!
ブツが! 400枚に渡る、分厚い紙の束が!!!
「ご、ごめんね、アルフリード。どこにしまっちゃったか思い出せないから、また見つけてきたら渡すね。今日のところはあなたも疲れたと思うし、もうお家に戻って休んで」
アルフリードはやっぱり不思議そうな顔をしていたけど、私の方に近づいてくると両肩を掴んでチュッと口付けをした。
「明日、仕事が終わったらまた来るから。君もゆっくり休むんだよ」
そう言って廊下を進んで玄関ホールへの階段を降りて行ったアルフリードを見送った訳だけど……
その日、本来ならグッスリ眠れるはずの自室のベッドで、私はダラダラと汗をかきながら完全なる不眠状態に陥っていた。
一体、誰が……誰が、見られたらマジでやばい原作小説をかっぱらっていったのか……
もうこうなったら仕方ない。
私は明日、アルフリードに全てを口頭で打ち明ける覚悟を決めたのだった。