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133.元の持ち主に返ったもの

 帝国のみならず、いろんな国の要人の襲撃だの、暗殺だのテロだの何だのと……


 私とアルフリードが完全に固まって、凝視しながら覗き込んでいるその紙には、そんな物騒すぎる内容が書き連ねてあった。


「これは今入ってきてる、クライアントからの依頼リストだ」


 その紙をつまんでいるローランディスさんの声がした。


 つまり、彼がリューセリンヌの秘伝書を使ってやってる犯罪コンサル業で、今頼まれてる仕事っていうのが、ここに全部載ってるってこと……?


「三国同盟が(ほころ)びそうな今、何かキッカケを作って戦を引き起こそうとしている連中からの依頼が後を絶たない。世の中が戦乱の渦に飲み込まれるのも時間の問題だろうな」


 ローランディスさんは不穏すぎる未来を予言しながら、諦めたような、どこか傍観しているような薄ら笑いを浮かべた。


 すると、私の横から手が伸びてきて、バッとそのリストが書かれている紙が勢いよく奪われた。


 それを奪った張本人、アルフリードは険しい顔をしてその紙をジッと見つめていた。


「帝国、キャルン国、ナディクス国それぞれの同盟への反対勢力。その他の諸外国やら武器商人に……なんて事なんだ」


 リストには、どこからの依頼なのかってことも書いてあったので、それを途中まで読み上げると、アルフリードはグッと唇を噛んだ。


「僕やそこに載ってる依頼主が捕まっても、同じような事を考えてる輩は五万といるんだ。また別のコンサル業者に依頼が行くだけさ」


 そんな……一体、その裏社会的なコンサル業をやってる人達っていうのは、世の中にどれくらいいるんだろう?

 やっと、アルフリードと仲直りして一緒にいられる兆しが見えてきたのに……


 もしかして、原作で起こった皇女様の馬車事故っていうのは、ただの事故なんかじゃなくて、アルフリードの持ってる紙に書いてあった襲撃とかテロとかのうちの1つによるものだったのかな……

 その可能性は高い気がする。


「エスニョーラ令嬢の誘拐容疑にて、連行せよ!」


 ガラスの飛び散った窓から何人もの人が入ってくる気配がして、そうした声が部屋中に響いた。


 そして、騎士服を着た人にローランディスさんは取り囲まれると、両腕を掴まれて立たせられ、さらに両手を後ろ手にされてローブで縛られた。


「公爵様からの指示です。目隠しもしてください」


 ローランディスさんを連れて行こうとしている騎士さんに声をかけたのは、ヘイゼル騎士団の団長ギャザウェルさんだった。


 リューセリンヌの秘伝書に載ってた催眠は、目の動きやまばたきの組み合わせで操っていたらしいから、公爵様はそれを発動させないために、そうした指示をしたようだ。


 ローランディスさんは黒い頭巾で顔と頭を覆われて、外へと連れ出されて行った。



 部屋の中にはまだ何人もの騎士の人達が現場の状況を確認したりするためなのか、動き回っている。


 そのほとんどは帝国の各地に配備されている治安部隊の騎士さん達で、どうやらヘイゼル騎士団長さんは彼らを引き連れて、公爵様の道しるべを追ってここまでいらっしゃったみたいだ。


 そんな慌ただしくてワサワサした部屋の中に、時が止まってしまったように佇んでいる1人の女性がいた。


 彼女はけぶるまつ毛に縁取られた焦茶色の瞳を大きく見開いて、大きな窓から外へ連れ出されていきながら、こちらに向かって一度頭を下げたグレイリーさんが見えなくなった後も、しばらくその方を見つめていた。


 そして、おもむろにアルフリードと、彼のそばに来ていた公爵様の方に顔を向けたのだった。


 だけれど、クロウディア様は何を言えばいいのか、どう振る舞えばいいのか分からない様子で、ただただ彼らの事を見つめている。


 対するヘイゼル家の2人も7年ぶりに再会するその女性(ひと)にどう接すればいいか戸惑っているような感じで、お互いに歩み寄ろうとしない。


 彼らの事をソワソワしながら見守っている私だったけど、その様子を見ているのはルランシア様に、リリアナさんもだった。


 しかし、そこに騎士の人の1人が近づいていって、


「リュース夫人ですね、あなたも一緒にご同行願います」


 そうリリアナさんに告げたのだった。

 リリアナさんは俯いて、大人しく騎士さんに従おうとした。


「ちょ、ちょっと待って! リリアナ、行ってしまう前にこっちのビンは何なのか教えてくれる?」


 ルランシア様が持っている水色の方のビンをリリアナさんの前に差し出した。

 割れてしまった茶色いビンは仮死状態にする秘薬だったけど、こっちもリューセリンヌ秘伝の薬なんだろうか。


「そちらは記録では1000年前にナディクス国よりリューセリンヌに贈られたという若返りの薬です」


 ??

 ちょっと、予想していたのとは違った答えだった。


「グレイリー様がクロウディア様に掛けられた術は、最近ではもう薄れてきてしまっている状態でした。そのため、ローランディス様は同じものをクロウディア様に掛けられていましたが、その度に掛けられる側には体や脳への負担が増していってしまうのです。体を若返らせて負担を軽減させるため、その薬を用いておりました」


 そう説明したリリアナさんは、騎士の人達に肩を掴まれて、そのまま外へと連れ出されて行ってしまった……


 クロウディア様、初登場の時くらいしか描写してなかったんだけど、彼女の見た目というのは、実は20代でもおかしくないようなとっても若々しいお姿だった。


 多分実年齢的には40代のはずなのに、こんな事ができるなんて……美容大国であるナディクス国には大昔からそんな技術があったなんて、すごすぎるよ。


「若返りの薬ね……」


 それを手に持っているルランシア様は驚きを隠せない様子で、さらに目をキラキラと輝かせながら舌なめずりをしている。


 今にもフタを開けて、中の液体を舐めちゃいそうな姿を見て、私の頭にはある事が思い付いた。


「ル、ルランシア様。ちょっとお借りします!」


 一瞬、本能の赴くままに顔を曇らせた彼女だったけど、すぐにニッコリして、いいわよ〜という感じでそのビンを手渡してくれた。


 それを持って私はヘイゼル家の面々の前に進み出た。


「あの……公爵様、これを少しだけ舐めてみて頂けないでしょうか?」


 そのビンにしてあるコルク栓をポンッと抜いて、ジッと私のする事を見ている公爵様の前にそれを差し出した。


 公爵様はためらいながらも、オズオズと人差し指を出してビンの中に入っている青い液体にほんの少し浸して、口に持って行った。


 そして、ちょびっと舌を出して舐めた瞬間だった。


 大きくてガッチリした体がアルフリードくらいのスッとした細身の体つきに変わって、お顔もとっても引き締まって肌が若々しくスベスベとした感じになったのだ!


 白髪の混じっていた髪の毛も真っ黒になって、ただワシみたいな鋭い目だけはいつも見慣れた公爵様のもの、そのものだった。


 そう、目の前に現れたのは20歳前後くらいの、とっても精悍でワイルドさがなんとなく漂う、アルフリードとはまたタイプの違った美青年だったのだ!


 しかし、その姿を留めていたのはホンの一瞬だけで、またすぐにいつもの公爵様のお姿に戻ってしまったのだけれど……


「リチャード……リチャード様?」


 その時、震えるような声が聞こえた。


 その声の方を見ると、少しずつこちらの方に足を一歩一歩出して近づいてくるクロウディア様の姿だった。


 その瞳には涙がたくさんたまって、今にも流れて頬を伝っていってしまいそうだ。


「クロウディア、なぜ……初めて私の名前を……」


 公爵様も一歩一歩、足を踏み出しながらクロウディア様の方へ歩み寄っていく。


 そして、お2人は手が届くくらいの近さまで向き合うと、しばしの間見つめ合って、お互いに抱きしめ合ったのだった。


「ううっ……」


 公爵様の広い胸の中でクロウディア様の嗚咽が響いているのが聞こえた。


 そしてしばらくして、クロウディア様は体を離すとスカートのポッケから何かを取り出した。


 それは彼女のお部屋で昨晩見せてもらった小さい箱で、その中にあったものを手に取った。


「それは……我が家に代々伝わる公爵夫人の指輪ではないか。それはクロウディアにずっと捧げるつもりで霊廟に一緒に入れたのだが……ずっと、持っていてくれたのだな」


 綺麗なルビーとダイヤとエメラルドの入った指輪を愛おしそうに眺めるクロウディア様に向かって、公爵様はハッとしたようにおっしゃった。


「ごめんなさい、覚えていなくて……でもやっぱり、これはあなたが贈ってくださった物だったのですね。だから、いつもこれを見ていると心が満たされたの、その理由が分かりました」


 すると、今度は公爵様が自らの懐に手を入れてある物を取り出した。


 ああ、あれは!

 私にとっても思い入れの深いものだった。

 それを受け取ったクロウディア様は涙を浮かべながらも、嬉しそうな表情をなさった。


「これは、香水の……アエモギの香水のボトルだわ! それに、どうして? 中身もちゃんと入ってるわ!」


 オシャレな形のボトルのフタを取ると、クロウディア様はとっても懐かしそうに、その匂いを嗅がれていた。


 公爵様はあのボトルをきっといつも肌身離さずに持っていたに違いない。

 良かった……本当に良かったよ。

 奥様にまたお返しする日を迎える事ができて。


 クロウディア様は再びボトルのフタを締めると、公爵様にそれを預けて、私とアルフリードの方を向いた。


 その表情はさっきの嬉しそうなものとはちょっと違っていて、少しツラそうにも思えるようなものだった。


 そして、こちらの方にやってくると、アルフリードの目の前に立ったのだ。


「あなたは……あの少年なのね?」


 そう言って、クロウディア様はアルフリードの頬に手を伸ばされた。


「どうして……どうして、わたくしは気づけなかったの……」


 クロウディア様はお顔を真っ赤にして、ずっと涙を流し続けている。


「あなたが、あなたが……自分の息子だってことに……どうして、ごめんなさい……」


 そうして、彼女はこれまで接してきた中で見たことのないほどに表情を泣き顔に崩して、アルフリードの事を力一杯抱きしめたのだ。


 アルフリードは、瞳の端に光るものを溜めて、ツラそうに目を瞑りながらそっとクロウディア様の事を抱きしめ返して言った。


「母上……もう、いいんですよ。もう、大丈夫ですから……」


 私はこの悲劇的で、それでもこれから希望が芽生え始めようとしているこの家族の姿を目の当たりにして、彼らと同じように涙が溢れてくるのを抑える事ができずにいた。

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