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132.アルフリードによる心理戦

「ま、まさか、ここにいる全員、催眠でこっから出れなくさせてるとか……」


 つい、頭に浮かんだ事をそのまま口にしてしまっていた。


 そんな私をローランディスさんは冷めた目で見ると、


「やっと気づいたのか。君は本当にあの天才一族のエスニョーラ家の一員なのか? あまりにも(にぶ)くって、ここに連れて来た時は拍子抜けしてしまったくらいだよ」


 そう言って、相手にするのも馬鹿らしいって感じで、私から目を逸らしたのだ。


 くっ……確かに私は鈍いよ……それは否定できない事実だっていうのは、認めます。


 それにしたって、この人はなんでこんなひどい言動ばかり繰り返してるの!?


 お父様であるグレイリーさんがクロウディア様を想い続けてたことで、こんな風になってしまうんだろうか。


 滅亡国の王族だといっても、それなりに裕福な貴族家でもあるし、お父様もお母様もいて、リリーナ姫のパートナー選考会に誘ってくれるような友達だっているみたいだし。

 一体、何の不服があるっていうの?


「エミリアを侮辱するなよ。彼女は僕にとってこの世で最も大切な人だ」


 そう強い口調でアルフリードは言って、ローランディスさんに近づいて行った。


 い、今の言葉、本当に……本当なの?

 窓ガラスに飛び込んできた時は、私がいないと生きられないとも言ってくれていた……


 半年前、私から離れて行ってしまった時には、そんな事を言ってくれる日は2度と来ないと思っていたのに……胸が張り裂けそうだし、目の奥も熱くなってきた。


「アルフリード。また一戦、交えようっていうのかい? そんな事しなくても、今すぐ君の意識を奪ってあげるよ。それから、クロウディア様も今の話で君が息子だってことに気づいただろうけど、またその記憶も無くすから。君は永遠に、母親の愛情を受けられない苦痛を繰り返すことになるんだ!」


 そう興奮した様子で言いながら、ローランディスさんはカッと目を見開いた。

 な、なんて事を言うんだろう!!


 アルフリードは剣の柄に手をやって今にもそれを抜きそうな雰囲気だ。

 もう、私が許すよ。同じく私にとって世界で1番大切な人にこんなこと言うヤツなんか……いなくなってしまえば、いいんだ!!


 そう心の中で善良な人間を完全放棄する発言を唱えていた時、聞こえてきたのは意外な言葉だった。


「その最後のセリフ、そのままお返しするよ。君は本当に可哀想な人だな、ローランディス」


 落ち着いた声で、そうアルフリードは言ったのだ。


 え……? どういうこと?

 鈍感な私には、なんでそのままお返しされて可哀想になっちゃうのか全然分からない。


「君は自分を僕に重ねていたんだろう? 母親の愛情を受けられない者同士として……君の本当の母上は小さい頃に亡くなっているから」


 !!…………?


 ローランディスさんのお母様が亡くなってる?

 だって、彼のお母様はこの部屋の扉の所に立ってるリリアナさんだよね?


 この世界に来た頃に、お兄様が作ってくれた貴族家の問題集にもそんなことは書いてなかったと思うけど……あれは重要な部分だけをまとめてあったから、省略されてたのかも。


「君がうちの邸宅に忍び込んだ時、父上が何もせずに見過ごしたのは、僕の母上の葬儀に参加した事で、君が自分の母上を思い出し異常な行動を取ってしまったと考えたから。そうでしょう、父上?」


 公爵様を見ると、目を閉じて軽くうなずかれた。


「君の母上は帝国の没落寸前の貴族家の令嬢だった。亡国の末裔に娘を差し出そうとする家門がなかなか現れない中、婚礼金目当てでほとんど身売りされるような形で君の母上はグレイリー叔父上の所に嫁いできたと聞いている」


 そ、そうだったんだ……

 グレイリーさんは婚約していたクロウディア様と一緒になるのは叶わなかった訳だから、彼にとってもその令嬢にとっても、なんだか可哀想な事態だな……


「さっきの話を総合すると、僕の誕生披露会に招待されるまで、叔父上はもう母上との事は諦めていたから、その嫁いできた令嬢との間に子をもうけた。それがローランディス、君だ。しかし、披露会に出席した叔父上は、僕の母上に掛けた術を解く事にばかり躍起になったあまり家族を(かえり)みなくなってしまった。自分の意思を無視した結婚、その夫は別の女性の事で頭がいっぱいになり、そんな環境の中、心を病んで君が6歳のころに彼女は亡くなってしまった」


 淡々とアルフリードは悲劇的な内容を語り出した。


 心を病んでって事は……ローランディスさんは幼い頃、お母様が苦しんでいる姿をずっと見ていたって事だろうか。

 そして、そのせいで彼はアルフリードのようにお母様からも、そしてお父様からすらも十分な愛情を受けて育たなかった?


「君はそれからも度々ウチのお茶会に来ていた訳だけど、僕が母上から可愛がられていないのを見て、同じ仲間みたいな目で見ていたんじゃないか? だけど、君の母上は亡くなってしまった。それで、僕のことも同じ目に遭わせたいと思った。そして同時に、母上をグレイリー叔父上に与えることで、ずっと君に向けられなかった父親からの関心を取り戻そうとした。違うか?」


 アルフリードは冷静な様子でローランディスさんの目をジッと見た。


 ローランディスさんは、そんな彼をゾッとするほど恐ろしい冷徹な瞳で睨み返した。


「叔父上は貴族家としての体面を保つため、ずっとメイドとして仕えていたリリアナさんと再婚した。それなのに君は、家族として彼らに敬意を払わずにその秘伝書の力にものを言わせて、家門の中で優位に振る舞おうとした」


「黙れよ……今すぐ眠れ」


 ローランディスさんは睨みつける目に、さらに力を込めた。


 アルフリードの解説により、なんであんなに彼が捻くれたサイコパスになってしまったのか、私でも理解できてきた気がするよ。


 しかし……ま、まずいよ、これは。

 私をエスニョーラ邸から連れ出した時みたいに、アルフリードの意識も奪おうとしてるに違いない。


「無駄だよ、君の術はもう効かない」


 アルフリードはそう言ってさらに近づくと、ローランディスさんは額に汗を滲ませながら顔を歪めて、後ずさりした。


「図星を突かれて動揺してるな? さっき気づいたんだよ、叔父上が母上に掛けた催眠は、想いが強ければ強いほど強力に効くって話だったから。それなら、掛けられる側が術者よりも精神的に(まさ)っていれば掛かることは無いんじゃないかって」


 そうしているうちにアルフリードはついに、私がローランディスさんにされたみたいに、彼のことを壁際に追い詰めてしまった。


「母上が僕の弱点だと思って挑発したつもりだろうけど、もう好き勝手にはさせない。僕の大事なエミリアを奪って利用しようとして、タダで済むと思うなよ。さあ、これまで手を染めてきた事の罪を償うんだ」


 そう言ってアルフリードはローランディスさんに手を伸ばそうとした。


 アルフリード……カッコいいよ!!


 クロウディア様から永遠に愛情を受けられない、なんて言われて私の方が我慢ならなくて完全に挑発に乗ってたのに、彼は動じるどころかそれを逆手に取ってしまった。

 

 幼少期からの心の傷を克服できているのだとしたら、もしかして彼の笑顔も取り戻せてるんじゃ……


「ちょっと、何してんのよ!」


 急にルランシア様の叱責するような声が聞こえてそちらを見ると、彼女が持っていた茶色い方のビンを取り上げて、そのフタを開けているグレイリーさんの姿が目に映った。


「シルビアを死に追い詰め、この子をこうしてしまったのは全て私の責任だ……この量を一気に飲めば2度と目覚めることは無い。私が罪を償う!」


 そう言ってグレイリーさんは取り上げたビンに口をつけて飲み込もうとした。


 ルランシア様が持ってきた2つのビンのうち、あっちが仮死状態にさせる秘薬の方だったんだ!

 だ、だけど、このままじゃ彼が死んじゃう……


「グレイリー様、おやめください!」


 恐ろしい事態に顔が青ざめそうになっていると、そこに飛び込んできたのは、メイド姿のリリアナさんだった。


 グレイリーさんが持ってたビンを手ではたくと、それは窓ガラスが散らばっている床に落っこちて、パリンと音を立てて中に入っている液体が飛び散った。


「死んでは……死んではなりません……」


 そう言って彼女はしゃがみ込むと、グレイリーさんの足元に抱きついて泣き始めた。


「リリアナ……あんたもツラかったわね。知ってたわよ、子どもの頃からずっとグレイリーの事が好きだったってこと」


 そうルランシア様は優しく告げたのだけど……


 クロウディア様を想っていたグレイリーさんは、彼女と相思相愛だった公爵様との仲を引き裂こうとしていたけど、そのグレイリーさんの事はクロウディア様の召使いだったリリアナさんがずっと想い続けていた……?


 なんだか昼ドラ並みの複雑な愛憎劇を一気見してしまったような気分だよ。


 秘伝書を持ち帰ってしまったがために起こった数々の出来事は酷すぎたと思うけど、とりあえず一命は取り留めて良かったよ。



 そうして最悪なことにならずに済み、なんとなく張り詰めていた空気が少し変わった感じがしたところで、


「……あれは旦那様と坊っちゃまの馬ではないか!」


 離れた所から人の声と、何頭もの馬が駆けてくる地響きが聞こえてきた。


「団長め、やっと残しておいた道しるべを辿って迎えに来たか」


 公爵様が外の方を見ながらおっしゃった。


 もうここから一生、皆して出れないかと思った時にはどうなるかと思ったけど、その不安ともやっとおさらば出来そうだ。


「……ククッ、ハハハハ」


 すると今度は、乾いたような笑い声が聞こえてきた。


「何がおかしいんだ、ローランディス」


 笑っている相手にアルフリードは問いかけた。


「いくら応援がこようと、ねじ伏せる自信はあったけど、もうどうでもいいや。どうせ僕がコンサル業を辞めた所で、世の中の動きは変わらないだろうし」


 そう言って、ローランディスさんはペタンと胡座(あぐら)をかいてその場に座り込んだ。


「どういう事だ……?」


 怪訝な表情でアルフリードが聞くと、ローランディスさんは懐に手を突っ込み一枚の紙切れを取り出した。

 そこには上から下までビッシリと、何かのリストみたいなものが書かれていた。


 私もそこに近づいて、何が書いてあるのか覗き込んでみる。


 えーっと、まず……


 “ソフィアナ皇女 襲撃計画”


 ……はぁ?


 よくよく見てみると、皇女様だけじゃない。

 皇帝陛下の名前をはじめ、帝国の皇族の名前は全部載ってるし、キャルン国にナディクス国の王族の名前も入っている。


 それに帝都のテロ計画なんて文字も……


 こ、こ、これは一体……!?

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『皇女様の女騎士 番外編集』
本筋に関係ない短編など
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サイドストーリー
連載中『ラドルフとイリスの近況報告【改訂版】』
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