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130.お茶会で行われてたこと

「それにはおおよそ現実に使えるとは思えない空想めいた事ばかりが書かれていた」


 グレイリーさんはうつむきながら話し始めた。


「何年かして、その本を自室に隠していたのも忘れていた頃、クロウディアにある事を聞かれた。花園で武器を手にした男たちが通り過ぎるのを見たと。その日は城近くの山で帝国の狩猟祭が行われていたから、その事を教えてやった」


 あれ……? もしかして、クロウディア様に見せてもらった日記にも書いてあった時のことかな。


「その時、彼女はこれまで見たことのない物思いにふけったような表情を浮かべて、ある名前とワシのような印象的な目をした者のことを語った。私はすぐに、それが何者であるか思い至った。帝国にはその優れた才覚が諸外国にまで(とどろ)く、同じ特徴と名前を持つ有名な貴公子がいたから」


 公爵様は少し口を開いて、神妙な面持ちでさっきまで対峙していた男性のことを見ている。

 その近くでアルフリードも怪訝な表情をしながら、額から頬に向かって一筋の汗を流していた。


「クロウディアがその者を忘れられずにいるのを私はずっと感じ取っていた。しかし、彼女とは生まれた時からの婚約者であったから、何も心配することはない。そう過ごしてきた。だが、リューセリンヌは帝国と仲違いし、期間は短くはあったが戦に突入。そして、敗れた」


 そこまで聞くと、私とつないでいたクロウディア様の手がスッと離れていった。

 クロウディア様の方を見ると、彼女は大きな焦茶色の瞳を見開いてカタカタと震えながら、その口を両手で覆った。


「私達は処遇が決まるまで城に留まることになった。そして、クロウディアが私の元から離れ、心に秘めていた者に奪われてしまうと分かった時、あの本の存在を思い出した。

 もうこれでクロウディアと会えるのが最後かもしれない。そんな時に私は本当に起こるかどうかも分からないまま、その本に書かれた方法に従って、彼女に(まじな)いをかけた」


 ま、まじない……?


「国王様が戻るまでずっとこの戦は終わらない。これから行く場所は危険から遠ざけるための、ただの避難場所……そして、戦が終われば私と一緒になるのだと」


 グレイリーさんが言い終わると、ルランシア様はバサバサッ! と持っていた本のページをものすごい速さでめくり始めた。


「まじない……というより、これかしら。思考を埋め込む術、相手の目を見て埋め込みたい事柄を唱えながら、こうした瞳の動きとまばたきを組み合わせる事により、この術は完成する……何よこれ、一種の催眠みたいなものじゃない!」


 ルランシア様はあるページでめくる手を止めて、その内容を飛ばし飛ばしで読み始めた。

 そして、呆れたような、とんでもない失敗を見てしまったようなシカメ面をして、頭に手をやった。


「グレイリー、何て事してくれたのよ……それじゃあ、お姉様がヘイゼル邸で過ごしている間、リューセリンヌのことを引きずっているように見えたのは、まだ帝国と戦争状態と思い込んでいたから。そういう事だっていうの!?」


 そう、クロウディア様は祖国の事が忘れられなくって、ヘイゼル邸では心を閉ざすように生活していたのだと、そしてそのせいでアルフリードにも愛情を向けなかったのだと……前にルランシア様から教えてもらったことがあった。


 それはグレイリーさんが公爵様にクロウディア様を取られたく無いがために、一か八かで掛けた呪い(まじな)だか催眠のせいだった……?


 そんな!! きっと祖国が滅んだことをクロウディア様は嘆き悲しんだには違いないと思うけど、花園でお互いに一目惚れしてしまったお2人は、そのままだったら仲睦まじくなっていたかもしれないよね?


 そして、アルフリードもお母様から冷遇されずに、お2人から愛情をたくさん注がれて幸せに過ごせたんじゃないかとも思うのだ。


 いくらクロウディア様の事を愛していたからといって、そんな手を使うなんて……

 私は湧きあがる怒りを抑え切れなかった。


「それから何年かして彼女に子どもが産まれ、その披露会に招かれ初めて公爵邸へ訪れた時だった。久々に再会した彼女は記憶のまま美しくはあったが……その横の揺りかごにいる赤子に誰もが祝福を贈る中、まるで他人事のように身動き1つ、表情1つ動かさずに彼女は固まって座っていた」


「……その時クロウディアは挨拶に来た君に向かって、こう言っていたな。お父様はまだ迎えに来ないのか、と」


 グレイリーさんに続いて声を発したのは公爵様だった。


「ええ……その時、あの本に書かれていた事が本物だったのだと悟ったのです」


 そう答えたグレイリーさんに向かって、今度はルランシア様が本を見ながら話し始めた。


「ええっと、なんだか注意書きみたいなのが色々書いてあるわ。術者の想いが強ければ強いほど、術の効果はより強力になる……それでお姉さまはアルのことを自分で産んだ子どもだとは認識していなかったっていうの……?」


 た、確かに。赤ちゃんを産むなんて、前の世界でも私は経験した事はないけど、想像しただけでも壮絶に痛そうだし、それまで何ヶ月もお腹にアルフリードを宿していたはずなのだ。

 それらの記憶すら凌駕するほどグレイリーさんの想いが強かった、という事なのか……はたまた、リューセリンヌの秘伝の術というのが相当、精巧にできているからなのか?


「あの術を使った時、クロウディアと離れたくないと強く想っていた事は確かだ。だが、彼女をこんな風にしたかった訳ではない! だから時折、公爵邸でお茶会を開いてもらっては、なんとか彼女に掛けた術を解こうとした……しかし、それが成功することは無かった」


「……少しでもクロウディアの心を解きほぐす事になればと、君たち家族やルランシアにはよく邸宅には来てもらっていたが……そんな事をしていたとはな」


 公爵様はグレイリーさんから顔を背けながら、吐き出すように言った。


 その横で、アルフリードは鞘に収めた剣を持ったまま、綺麗な顔を斜め下に向けて、静かにただただ彼らの話に耳を傾けているようだった。


 私の横にいるクロウディア様は、少し潤んだ瞳をしながら、お祈りをしているみたいに形のいいアゴに組んだ両手を当てながら、かすかに震えていた。


「それでまさか……お姉さまが亡くなったように見せかけて、ずっとここで(かくま)っていたっていうの!?」


「違う! ほんの出来心でした事が、こんなにも強力に掛かってしまうほど恐ろしいものなんだ、ここに載っている術というのは。なぜ、城の奥深くで隠されていたのか、私は痛感したよ。だから、私はクロウディアに掛けた術を解く以外には、この本を開くことはもうしなかった。それなのに、亡くなった次の日突然……彼女は、私の前に現れたんだ」


 そう言って、グレイリーさんは目をつむった。


 へぇ……?


 つまり、彼はクロウディア様が仮死状態にさせられた件には関わっていないってこと?


 じゃ、じゃあそこから先の事は全部……


「僕がやったんですよ」


 ここで口を開いたのは、ローランディスさんだった。


「父上はずっと僕が幼い頃からクロウディア様の幻影を追っていましたからね。8歳ごろのことだったかな……あの本を見つけてしまったもので、僕は父上を喜ばせようと、計画を立てたんです」


 彼は片手を腰に当てて、少し斜め上に顔を上げつつも、目線は下に向けながら話した。


「まず、そこに書いてある生死の秘薬っていうのを作って、お茶会に行くたびにクロウディア様のお茶に混入させて、徐々に効力が現れるようにしました」


 すると再び、バサバサーッと音がしてルランシア様が本のページをめくり始めた。


「あ……あったわ! 一度に服用する量によって、薬の効果が発揮される時期を調整することができる……」


 そう言いながら、彼女は再びふところをゴソゴソし始めた。


 そして、栓がしてあるビンを2つ取り出した。

 一方は茶色っぽくて、一方は全体が水色っぽくて中に濃い青色をした液体が入っている。


「この本が置いてあった所に、このビンもあったから持ってきたけど……もしかして、どっちかが秘薬だったりしないわよね」


 そう言いながら、ルランシア様が見比べていると……


「こちらの邸宅のことも叔母上がご存知とは思いませんでしたから、酒ビンをここに運び込もうとした時には、ついそれを使ってしまいましたが……まったく、余計な事ばかりしてくれますね」


 ローランディスさんはそう言ったのだが、やっぱりルランシア様の予想通り、あのビンのどっちかが生死の秘薬ってものらしい。

 そんなものの作り方が載ってるなんて……禁忌の書、略して禁書になるくらいの秘術を持ってたリューセリンヌって国は、これまで登場した国の中でも相当やばいし、恐ろしい感じがする。


「叔母上の場合は、1回で仮死状態に陥る分量で眠らせ、毎日少量ずつ服用させることで、その状態を維持させていました。クロウディア様の場合は、お茶会の度に1滴ずつ摂取して頂き、2年を掛けて効き目が現れたといった具合ですね」


 何の悪びれる様子もなくローランディスさんは種明かし、と言わんばかりに話を続けた。

 さっき彼は8歳ごろ本を見つけたって言ってたから、そんな幼い時にあの薬を1人でグレイリーさんにもバレず作り、クロウディア様に飲ませてたってこと?


 一体、どういう神経をしているのか……いくらお父様のためとはいえ、こんなのサイコパスじゃん……


「その本には父上が使ったような、記憶や行動を操作する催眠関連の術がけっこう載っているんですよ。だから、クロウディア様の葬儀が終わった翌日、僕は1人公爵邸に赴き、使用人やら騎士たちの記憶を奪い去り、僕に襲い掛からないよう催眠をかけました。花を摘み、管理室から霊廟のカギを取ってきて中に入ると調合した通りに、クロウディア様はちょうど目覚め始めた頃でした。そして、無事に彼女を父上に引き合わせ、ここでの生活が始まったという訳です」


 そう言って彼はマジで信じられないのだが、ニコリと微笑んだのだ……


 さらに続けて、


「ちなみに使用人たちに掛けた術の効力は5時間……これは思いのほか上手くいったから、エスニョーラの娘を連れ出す時にも同じ手を使わせてもらったよ」


 彼は私の方をチラリと見て言った。

 5時間、っていうのは私がエスニョーラ邸で記憶を失って、馬車で5時間かかるデュポン地域で意識を戻したっていう時間間隔とも一致する。


 だとしたら、私は1個、確かめたいことがある。

 H家 vs R家の対決から一言も言葉を発していなかったんだけど、勇気を振り絞って私はローランディスさんに問いを投げかけた。

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