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124.彼に代わるもの

 次の日の朝。


 今日はクロウディア様とは違う部屋で睡眠をとった私は、朝の7時前に起き出した。


 この日もよく寝れなかったけど、公爵様とクロウディア様が初めて出会ったという花園のことを想いながら、目をつむる私のまぶたの裏には芦毛の愛馬であるフローリアの姿が浮かんでいた。


 私もあそこに初めて行った時にお花をたくさん摘んで、その後にまだ仔馬だったあの子に会ったから、フローリアって名前を付けたんだった。


 彼女のお腹の中には今ベイビーちゃんがいて、ヘイゼル邸にいるはずだ。


 そして、彼女の出産予定日は今月のはず。


 半年間、彼女には会ってない訳だけど、これからもずっとヘイゼル邸に行く事はないだろうし、彼女の赤ちゃんにも会える事もないんだろうな……


 私がアルフリードとの婚約を破棄しなければ、こんな未来が訪れる事も無かったはずなのに。


 いくら悔やんでも悔やみきれないけど、仕方のない事だ……



 そんな事を思いながら夜を過ごした私は起き出すと、リリアナさんが洗って乾かしてくれたっていう、ここに来る時に着ていた、クロウディア様がヘイゼル邸にいた頃に持ってた薄ピンク色の部屋着に着替えた。


「おはようございます、クロウディア様。朝食に行きましょう」


 クロウディア様のお部屋にお迎えに行くと、すでにキッチリと身支度を整えていた彼女とともに上の階へ上がった。


「今日は冷えますね……リリアナ、お屋敷の暖炉に火を入れておきなさい」


 確かに、春先とはいえまだ3月だと肌寒い時もある。

 今日はそんな日だった。


 美味しいリューセリンヌ風の朝食を頂きながら、昨日みたいにローランディスさん達が現れるんじゃないかと待ち構えていたんだけど、彼らはその時間帯には現れなかった。


 これから始まるお祈りの時間に向けて私は一口も残さずに朝食達を食し、クロウディア様とともにこの邸宅の花園に向かった。


 胸の前で手を組んでヒザ立ちをして、目をつむると私はこんなお祈りをした。


(フローリアが元気な赤ちゃんを産んで、彼女も旦那さんのガンブレッドと一緒にずっと元気に過ごせますように)


 それから暫くその状態で留まっていると、昨日ズキズキと感じていたヒザの痛みが再発をしたのだ。


「ううっ……うう、う」


 私はついに呻き声を漏らして、その場に顔から倒れ込んだ。


「エミリア、どうしたのですか?」


 お祈りに集中していたと思わしきクロウディア様だったが、さすがに隣りの私の異変を察知した様子で声をお掛けになった。


「ヒザが……ヒザがっ!」


 私がなんとも情けない声を発していると、クロウディア様はサッと私のスカートをめくってヒザを露わにした。


「ま、まあ大変……擦り切れて血が滲んでしまってるわ! リリアナを探して手当てをしてもらいましょう」


 そうしてクロウディア様はお屋敷の中へ戻って行ったのだが、私もなんとか立ち上がりヨタヨタと同じ方へと向かって行った。


 初めて来た時から、このお屋敷には全然人がいないんだけど、どうやらここで働いているのはリリアナさんしかいないようだ。


「どうしましょう、いつもお祈りの時間はリリアナがどこにいるか分からないから、全然見つからないわ」


 私がやっと風景画のある花園の入り口のところに辿り着くと、あたりをキョロキョロしながらクロウディア様が現れた。


「救急箱もいつもどこに保管してるのか分からないし……上の階は何も無いと聞いているけど、そちらにいるのかしら?」


 クロウディア様はちょっと薄暗くなっている、スミレ色をした絨毯が敷かれている階段の方へ向かった。


 足が丈夫な彼女は軽やかに階段を登っていく。

 私は足をひきずりながらも、ただジッとしているのも申し訳ないので、その後を追った。


 上の階に近づくとカチャ、カチャ、と何回も同じような音が聞こえてくる。


 やっと階段を登り切ると、そこはここの地下みたいに廊下にいくつも扉が並んでいて、クロウディア様が順番に開けてみて回っていた。


 そして、ある部屋の前に来てその扉を開けた時、それまで中を見渡したらすぐに閉めて次に行ってしまっていたクロウディア様が、扉を開けたままにして中へと入っていった。


 私もほどなくして、その中へ入ってみた。


 すると、そこまで広くはないけど、そこは客間のようで奥には縦長の窓が2つ備え付けられていた。


 そして、その間の壁に沿ってベッドが置かれていて、その横でクロウディア様がベッドの上を見ながら佇んでいた。


 私も近づいてそこをみやった時、思わず目を見開かずにはいられなかった。


 そこには、なんと……明るい金色をした肩らへんまであるカーリーヘアをした女性の姿……


「……ルランシア? ルランシアなの?」


 私と同じように、信じられないようなものを見る目をしながらクロウディア様は呟いた。


「どうして……? この子はお嫁に行ったと聞いたのに……なぜこんな所で眠っているの!!?」


 クロウディア様はものすごい勢いで叫んだ。


 私も……私もその訳を聞きたいよ!!!


 ルランシア様と最後にお会いしたのは、アルフリードがアル中になって、ヘイゼル家にたんまりと保管されてた彼女のお酒達を引き取りに来てもらった時のこと。


 そして、そのお酒達はローランディスさんの屋敷に運ぶと言っていたのだ。


 じゃ、じゃあ、もしかしてお酒を運びに来た時に何かが起こって、ここで眠り続けてるとか……?


「リリアナ! リリアナ!! これはどういう事なの!?」


 クロウディア様は怒ったように叫びながらお部屋を飛び出していった。


 私もパニック状態に陥りながらも、この邸宅で起こっている得体の知れない不穏さと、ともかく人を呼んできてこの状況を打開しなければという考えに駆られて、ヒザの痛みも忘れて一階まで降りると玄関から飛び出した。


 そして、そんな私の焦る心とは裏腹に穏やかな青空と雲が漂っている少し肌寒い中を必死になって駆け抜けた。


 邸宅を囲っている木立に入り、それでもずっと駆けていると。


 また、だった。


 夢から醒めたような、あの感覚がやってきて、私は目をつむっていたのだ。


 目をパチリ、と開くとそこはかなり天井が高めにできた部屋のようだった。


 そして壁側には、床から天井まで付く大きなガラス窓があり、さっき駆け抜けていたのと同じような穏やかな空が覗いていた。


 さらに、私のすぐ横からはパチパチという暖炉の音と、カサッという紙の音が聞こえてきた。


 横を向くとそこには、長い足を組んで猫脚(ねこあし)のソファに腰掛けて本を読んでいる男性がいる。


「ああ、気づきましたか。道に迷ったらどうするのですか? 勝手に飛び出しては駄目でしょう」


 本を閉じて小さな丸テーブルにそれを置きながら、白いスーツを着たローランディスさんはニコリと微笑んだ。


 私は彼の前の長椅子に横たえられていて、薄い毛布を掛けられていた。


 ムクリと上半身を起こすと、パッと毛布を体からどかして優雅にお茶を飲んでいるローランディスさんの方へ、私は詰め寄った。


「どうして、ここから出ようとすると私の意識が無くなるんですか? どうして同じことが私の家にあなたが来た時にも起こったんですか!? それにクロウディア様のことも……ルランシア様の事も……今度こそちゃんと説明して下さい!!」


 ローランディスさんは私を見上げると立ち上がって、すぐに私の方が彼を見上げる立場に逆転してしまった。


「答えなかったら、どうしますか?」


 彼はそう言いながら手を伸ばすと、私の長い髪の一房を手に取って、そこに口づけを落とした。


 その洗練された仕草に心臓がドキドキし始めたのを必死に無視しながら、掴まれた自分の髪を乱暴に引っ張った。


「触らないでください……私の質問に答えて!」


 すると、彼は私の方に一歩近づいた。

 私は圧迫を感じてそのまま一歩下がった。


 また近づいてきて、私もその度にジリジリと後ろに下がっていると、ついに背中には壁がついて追い詰められてしまった。


「以前にもお話しましたが……あなたが忘れられなかった、欲しかったから、連れ出して、ここから出られないようにしました」


 背が高くて、私のふた周りはありそうな体で迫られた私は咄嗟に体の前に両腕をクロスさせて、これ以上近づいてこないように遮った。


 すると、目の前の彼は私の手首を掴んだ。


 はっ……この体勢は……


 まだアルフリードと婚約破棄したばかりの頃、皇城の独身男性に襲われまくった時に、よくこんな体勢にさせられては、護身術を使って逃れていたものだった。


 私は掴まれていない方の手を目の前の人に伸ばして、その胸ぐらを掴んだ。


 そして、体をひねって彼の体を壁に叩きつけてやろうとしたのだが、いつの間にか自由だった方の手も掴まれてしまっている。


 しかも、両手首がまるで縛られてしまっているように、ローランディスさんの大きな手でまとめて掴まれていて、上に持ち上げられている。


「ど、どうして……」


 全く身動きがつかない状態で壁に押しつけられた私の目には涙が溢れ出した。


「帝国流の体術なら、リューセリンヌの騎士法を学んだ際に見切り方を習得済みですから、無駄ですよ」


 何をされるか分からなくて震え出した私の頬に、彼は手を添えてきた。


「今朝発表された事ですが、アルフリードの結婚の日取りが決まったそうです」


 彼は悪魔のように、私の耳元でそう囁いた。

 その言葉に私の中では、何かが崩れ落ちていくのを感じた。


「まだ、あなたは彼のことを想っているのですか? それだったら……僕が彼の代わりになってあげますよ。この髪を黒く染めて、彼があなたの事を抱き上げてた時みたいに、この世にあなたしか存在していないような表情で見つめてあげますよ」


 そう言って、私のすぐ目の前にいる彼は、控えめで爽やかで上品な、アルフリードにしか出来ないと思っていた私の大好きなあの笑顔を……放ったのだ。


 私はもう、抵抗するのをやめた。


 涙を流しながら目をつむって、その息遣いが近づいてくるのを肌で感じながら、その瞬間を待った。


 高く上げられて、壁に縫いとめられた両手首を掴んでいる大きな手のひらに一層、力が込められたのを感じた時……



 耳をつんざくような、ガラスが砕け散る音が部屋中に響き渡ったのだ。

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