114.2回目の観光ツアー
こっちの世界での正式名称がよく分からないソーセージの串刺しを食べ歩きしながら向かったのは、オシャレな洋服やアクセサリーがショーウィンドウに立ち並んだファッション街だ。
薄いオレンジ色をしたような石畳の続くこの通りに、初めて来た時はたくさんの女の子がひしめいてたものだった。
なんでかっていうと、ファンクラブまであるほどの帝都の人気者でめちゃくちゃ目立ってしまうエルラルゴ王子様と皇女様が2人してお買い物に来ていたからだ。
王子様から熱望されていた女騎士を志願する理由にしてしまってた捏造小説を渡したのも、あの時だったな。
アルフリードの大きな手を握って街を歩きながら、2年ほど前のそんな懐かしい光景がよみがえってきた。
あの時は彼に色んなものを買ってもらった。
今日持ってきてる伝統織のバッグもそのアイテムの1つだ。
そして、この中にはまだアルフリードによって握りつぶされて、グチャグチャに丸まってる婚約証が入ったままになっていた。
彼の中でこの紙がトラウマになってしまっているように、私もまたあの紙を見たくもないし、触りたくもなくなってしまっていた。
だけど、このバッグはお気に入りだったから、そんな物が入ったままの状態ではあるけど、今日はどうしても持って歩いていたかった。
「アルフリード、何か欲しいものある? 今日は私がプレゼントしてあげる!」
そう言って彼の腕に絡みつきながら、紳士向けのファッション用品が立ち並んでいるエリアへ向かってみた。
彼へのプレゼント……思いつきでそんなことを言ってみたけど、私から彼に何かをあげた事って、そういえば無かったかも。
皇女様のために彼から離れないといけない、出会った時からそう考えていたから、彼に期待を持たせるようなことは極力避けていたからだ。
それにしても、男性が喜ぶものってなんだろう……洋服に帽子、カフスなんかの宝飾品などなど。色んなお店のショーウィンドウを見たりしたけど、ピンとくるものが無いし、アルフリードも興味を示すような素振りもしない。
そんな状況の中、現れたのは乗馬グッズが置いてあるお店だった。
これだったら彼がガンブレッドに乗る時に役立つし、私にも知識があるから変なものを選んじゃったりしないかも!
そう思って中に入らせてもらうと、ガンブレッドやフローリアに付けさしたら、すっごく様になるようなカッコいい革製の鞍やベルトなんかのアイテムの数々。
ヘルメットやブーツ、シックで高級感のあるジャケットにキュロットなどの人間用のグッズもたくさん置いてある。
するとお店の中の一角でアルフリードが立ち止まり、あるものを手に取った。
それは、黒色をした革製の手袋で、他にも茶色などのものもいくつか並べて置いてあった。
……そうだ、彼はよくガンブレッドに乗ってて立ち止まったり降りたりした時に、乗馬用グローブを手首側から引っ張ってはめ直す癖があった。
確か1回目の観光ツアーの時も、うちに迎えにきてガンブレッドに乗せてくれた時に、そういう仕草をしていたはず!
それに、今日は私が急に彼をデートに連れ出したからか、手袋をはめていなかった。プレゼントにはもってこいだ。
「アルフリード、これでいい? あと……こっちは女性向けのなんだ。じゃあ、お揃いでこれも買っちゃお!」
彼が手に取っているグローブをお店の人にお会計をお願いすると、同じデザインで薄いピンク色の少し小さめにできたグローブも勧められたのだった。
「次は……劇場だね。あ、前の時と一緒でもう始まる時間だ! アルフリード、急いで!」
彼の手を引っ張って、街の中心部にあるオペラハウスへ慌てて駆け込んで個室ブースに行くと、ちょうど“伝説の女騎士”の舞台の幕が上がったところだった。
ワイヤーアクションやナイフを投げたり、火を吹いたり……以前と変わらないアクロバティックな演出に、その度にワーッという歓声が上がる。
けど、横を向いて隣りの席の男性を見ると、彼は肘掛けに肘を立てて頭をもたれかけ、目をつぶり、劇を楽しむことを完全に放棄してしまっている……
前はあっという間に終わったのが、なんだか倍以上の時間が掛かった様に感じながら、アクビをしているアルフリードの手を引っ張り、トボトボとガンブレッドのお迎えに再びスパへ訪れた。
「ガンブレッドちゃん、舐めグセも今日は出てませんでした。大人になって落ち着いたみたいですね~」
もうすぐパパになる自覚が芽生えたためか、前回も馬用サロンの担当をしてくれたお姉さんから、そんなお褒めの言葉をもらいながらガンブレッドを受け取った。
ヘイゼル邸の使用人さんによって、いつもピカピカしているガンブレッドの毛並みだけど、この馬用サロンでケアしてもらった後の彼は、格別にツヤッツヤで、とってもいい匂いがする。
「何度嗅いでも、いい匂い~」
私は彼の触り心地抜群な短い毛の中に顔を埋めて左右にゴシゴシしていた。
そして、前回は同じようにアリスによってケアされていた私の髪の毛の匂いを嗅いでスースーしていたアルフリードは……当然のごとく、そっぽを向いて私のことなど全く相手にしていない。
ひとしきりガンブレッドの匂いを堪能すると、さっき買ってきた2組の手袋を取り出した。
そして、アルフリードの手を少し持ち上げると、そこに黒い大きめの方の手袋をはめてみた。
「わぁ! ピッタリだ! もうお昼だから、今度は坂の上のレストランに行こう」
私もピンク色の手袋をはめて、すでにガンブレッドの上にいるアルフリードの前に横向きに座ると、街の高台を目指した。
今日の天気は、あの日と同じ様にどこまでも青空が続くような快晴で、石畳の上を歩く蹄のカツ、カツ、という音を聞いていると、右手の景色が開けてきて、下の方に帝都の街並みが広がり始めた。
坂の頂上にある、こじんまりとした1軒のレストランに到着すると、前回と同じ窓側の奥の席に通してもらった。
「あそこに見えるのが、陛下と公爵様が療養に行ってたエゲッフェルト山脈かぁ! アルフリードも公爵様のお見送りに行ってたんだよね? 私も一度、行ってみたいな~」
開け放たれた窓から遠くの方に見える、青くて中腹の方まで白い雪に覆われている山々。
席に座りながら私はそんな声を1人上げたけど、目の前に座っている彼は目線を下げて黙ったまま、手にしていた黒い手袋を外し始めた。
そして横を向きながらそれをズボンのポケットにしまっていると、店員さんがメニューリストを私たちの前に運んできた。
「初めて来た時は、定番の帝国料理が分からなくて全部アルフリードにお願いしちゃったけど、今回は私も一緒に選ぶからね。食べたいものがあったら教えてね?」
そう言ってみたものの、要望を伝えてくれそうな気配はないので、大方の注文を選びながらページをめくると……トゲトゲのウニみたいなイラストが出現した。
言うまでもなく、陛下と公爵様を死の淵に立たせたこの帝国名物リルリルを含まない注文を店員さんにお願いし、無言を貫き続けているアルフリードと向き合いながら、お料理たちが運ばれてくるのを待っていた。
アルフリードは出てくるお料理を以前の彼と変わらない、とっても綺麗な所作でナイフやフォークを扱いながら、静かに口に運んでいった。
という私も、王子様からマナーを教わった頃は食器から音を出しまくって、ちょっとした動作でもワタワタしてしまっていたけど……今では、自分で言うのもなんだけど公爵家にお嫁さんに行っても恥ずかしくない位にはなったと思う。
婚約も交わせないこの状況では、それがいつになるのかは分からないけど……
注文したメニューが全部運ばれてきて、デザートも食べて、紅茶を飲んでいるアルフリードを見て、あることを思い出した。
彼がカップをソーサーの上に置いたのを見計らって、私も自分の手をテーブルの上に伸ばした。
そして、引っ込めようとしている彼の手を引っ張って、手のひらをくっつけた。
「覚えてる? 初めてここに来た時、あなたのお屋敷に行きたいって言ったら、こういうふうにしてきたの」
私は彼のお気に入りの恋人繋ぎをしようと、手のひらをくっつけたまま、彼の指の間に自分の指を割り込ませてギュッと握りしめた。
「ただ普通にお話してるだけだったのに、私なんだか恥ずかしくなってきちゃって。あなたと目線も合わせられないくらいドキドキしてたの……あなたは、気づいてたかな……」
当時のことを思い出すと、私の胸はまたドキドキとし始めてきた。
オドロオドロしい幽霊屋敷と呼ばれていたヘイゼル邸。
これまで誰も寄りつかなかったのに、行きたいと言ったのは君が初めてだと喜んで目を細めて笑っていたアルフリード。
だけど、目の前の彼は……窓の方を向いている表情は憂いに満ちていて、まるで意識がここにない様に見える。
そして、彼の指がずっとギュッと握っている私の手を握り返してくることは無かった。
お店の外に出て、淡々とガンブレッドを繋いでいる手綱をほどいたりして、私を完全にスルーし続けているアルフリードの姿を見ていると、私の瞳からは自然と涙が溢れ出してきて、止まらなくなってしまった。
グスッグスッと鼻を鳴らしながら、焦りながら必死に涙を手で拭っていると、私の肩に手が添えられて、見るとアルフリードの端正な顔が突然近づいてきた。
そして、私の左の目尻のあたりに柔らかい感触が当たると、反対側にも同じことが起こった。
「君の涙は美味しいな……それに、泣き顔も美しいよ。もっと、もっと泣けばいいのに」
目の前に立っている彼は、冷たい笑みを浮かべながらそう言った。
一旦、無くなっていた私の涙は再び溢れ出していた。
こんなの……私の知ってる彼じゃない。
戻ってきて欲しいのは、こんな彼じゃないのに……
それでも私は希望を捨てきれず、すでにガンブレッドに乗り込んでいる彼の前にまた座ると、次の目的地へと向かった。
涙も収まった頃、たどり着いたのは帝都から少し離れた周りに野花が咲いて川が流れるピクニックスポットだった。
甥っ子のリカルドと家族ともたまに遊びに来たりする場所だ。
アルフリードは先にガンブレッドから降りてしまうと、スタスタと流れている小川の方へ向かっていった。
私も慌てて降りて彼のそばまで駆け寄ったけど、私が近づくと、川の前で片手を腰に当てて立ち止まっていたアルフリードは、再び背中を向けてガンブレッドの方へ歩き始めた。
「待って、アルフリード! 少しここでお散歩していこう。ほら、あそこに可愛いお花が咲いてるよ」
そう言いながら後ろから彼の手を取ろうとした所、パッと私の手は振りほどかれた。
ピリピリとした雰囲気に、もう一度触れるのがなんだか怖くなってしまって、その場で躊躇していると……振り返らないままのその人から、声がした。
「もう……僕の前から消えてくれ」